第18話 一軍
彩紗たちとは棚越しで、距離は一メートルもない。会話は細部まではっきりと聞こえた。
「みんな揃ってこっちまで来てたんだ? あれ〜、もしかして私ハブられた〜?」
彩紗は茶目っ気を出しつつそう訊く。
俺と話す時とは声のトーンが少し違う。余所行きの声という感じがする。
「ハブったわけじゃなくて、前に誘ったろ? 今日バスケの試合があって、無料招待券あるから観に行こう、って。そしたら今日はこの日は予定があるからダメって断ったじゃん」
と、一軍の男子が言う。
「あ、あぁ〜……たしかに前に誘われた事あったっけ。アレって今日で、しかもここだったのかぁ……完全に忘れてた」
「彩紗は今日は何の用でここに来たの? もしかして彼氏とデート?」
と、友人の女子が言う。
この前、彩紗と一緒にのぞきをしていた藤巻さんだ。
「え、あ、いや、それは……」
「あれ、井納って彼氏いたの? なんだぁ、そういう話しないから、フリーなんだと思ってた。結構ガチで狙ってたんだけどなぁ」
男子が聞き捨てならぬ事を言う。
俺の前で彩紗を口説くんじゃねぇ。いない場所ならいいとかでもないけど。
「い、いや、いないはいないけど……」
彩紗は対外的には彼氏はいないことにしている。
いると言えば、写真を見せろだの、話を聞かせろだの言われ、どこでボロが出るかわからないから。
「井納くらいかわいかったら彼氏いない方が不自然だと思うけど、なんで?」
「なんでと言われても……なんでだろ?」
「マジでオレとかどう? すでに友達だし気心知れてるだろ?」
「いやぁ、そういう軽い感じで来られるのはちょっと……みたいな? もう少しまじめな人の方が好みかなぁ」
彩紗は笑いながらかわしていく。
うまくこなしているように見えるが、中学時代に告白を断るのに失敗して他の女子から恨まれた過去がある。
きっと心臓はバクバク言っているだろう。
「え〜、オレ、結構まじめなのになぁ? ま、それはそれとして、ヒマならバスケ観に行かね? 招待券まだ余ってるから」
「ごめん、今日は家族と来てるから」
「そつまか、じゃあ、せめて三十分くらいでどっかで話でもどう? 試合までまだかなり時間あるからさ。まぁ井納の家族の様子次第だけど」
「えっと……ちょっと訊いてみる」
直後、俺のスマホにメッセージが届いた。
彩紗:少し面倒なことになってる。
理希:近くにいて話は全部聞いてる。
彩紗:どうしよ? 強く断るのも不自然な気がするんだけど。
理希:少し話して来たら? その方が後で面倒にならないだろ?
彩紗:うん、ごめん。すぐに戻って来るから。
理希:どっかで適当に時間潰してる。
彩紗たちの声が遠ざかるのを確認し、俺は隠れていた店から出て、反対方向へ歩き出した。
心がぎゅうっと締め付けられる感じかする。
さっきまであんなに楽しかったのに……。
★★★
適当にぶらぶらとして時間を潰す。
モールには店はたくさんあって、数十分程度の暇潰しならいくらでも可能……なのだが、どうにも気分が乗らない。
今日は俺とのデートなのに、友達とばったり出会ってそっちについて行ってしまったのだから、腹が立つのも当然だ。
もちろん事情はわかっている。
他のやつと遊ぶなと言っているわけでもない。学校での友人たちとたまに外で会っているのも知っている。
相手が男ばかりならちょっとイヤだが、今日のように女子も一緒ならそこに男子がいてもとやかくは言わない。
束縛するのは趣味じゃない。それなりに寛容な彼氏であるつもりだったが……いざ置いて行かれる現場に立ち会ってしまうと、こうもダメージが大きいのものか。
途中であるくのもしんどくなって、イスに座って待つことに。
三十分を過ぎても連絡は来ない。
四十分、四十五分と過ぎても来ない。
まさかあいつらとバスケを観に行くことになってしまったんじゃ……と不安に形そわそわしていると、ようやくメッセージが来た。
彩紗:やっと解放された。どこで合流する?
よかった、取り越し苦労だったようだ。
合流場所を決めそこで落ち合う。まだ一時間も経っていないのに、ずいぶん久しぶりに会えたような気がする。
「ねぁ、理希くん。そろそろ帰ろうか?」
「帰る? まだだいぶ早い時間だけと」
「うん、でもまた知ってる人に会って邪魔されたくないし。知らない人にならキスを見られてもまぁいいかで済むけど、学校の人に見つかったらさすがにそうはいかないでしょ?」
「それはそうだな」
「今日はケチがついたから出直しってことで、どう?」
「せっかくのデートだけど、まぁそうするか」
この時の俺の気持ちを分析すれば、残念が半分、安堵が半分ってところだ。
楽しかったデートが中途半端に終わるのは消化不良だが、さっきみたいなことがまた起きたら、これまでの楽しい気持ちが全部吹き飛んでしまいそうだ。
まだプラスが残っているうちに撤退した方が良さそうだ。
知り合いに会わないことを祈りながらモールを出て、地下鉄の駅へ。
そして、本当に運が悪いことに、そこでも知っている顔に遭遇した。
用心して、手を繋いだりしていなかったため、俺たちが一緒にいるとは見做されなかったようだが、間一髪の危ないところだった。
離れた場所とはいえ、市内は市内。完全圏ではないようだ。
★★★
地下鉄に乗り地元に戻り、いつものアパートへ。
「ふぅ……」
と息を吐く。
ここには俺たち以外の誰も来ない。邪魔者は一切いない二人だけの世界だ。
「彩紗……」
俺は玄関を閉めるとそのまま彩紗にキスをして、抱きしめた。
「理希くん……外であれだけしたのに、足りなかった?」
「足りる足りないじゃなくて……彩紗が遠くに居るみたいでさみしかった」
「さみしい? ふふ、そっか」
「なにかおかしいか?」
「ううん、嬉しかっただけ」
そして今度は彩紗からキスをしてきた。
でも、さみしいと思ってしまった気持ちはキスくらいじゃ収まらなくて、俺は彼女をソファーまで連れて行き、押し倒した。
★★★
「ねぇ、理希くん」
彩紗は俺の腕に抱かれながら、俺を強く抱きしめたいる。
「デートくらいもっと堂々とできたらいいのにね」
「……うん」
「ごめんね、私が臆病だから。もっと勇気があれば、クラスメイトの視線とか気にしないで私たちの関係を公表できるのに」
「……いいよ、別に、公表なんてしなくても。誰かに認めてもらいたいから彩紗と一緒にいるわけじゃない」
クラス公認の仲になんてならなくていい。
究極のところ、俺たちがそれでいいと思えていれば、誰に認められなくてもいい。
そりゃ家族にさえ反対されると言うなら問題だが、俺たちは家族からは認めてもらえている。
これ以上、誰かの許しをもらう必要はない。
……でも、コソコソ付き合っているみたいなのは、ちょっとイヤかもしれない。
今までこんなこと考えたことなかったけれど……外でキスをたくさんしたからだろうか? 今日初めて思った。
この部屋の中だけの関係でいたくないな、と――。




