第17話 ボールプール
メイド喫茶を出た後、さらにショッピングモールでのデートを続ける。
彩紗曰く、キススポットがいろいろあるらしい。
基本的に人通りが多く、賑やかな場所ばかりなので、そんなスポットないと思うのだが……あったとしても、ネットで調べて見つかるようなことはないはずだ。
彩紗は昨日、用事があると言って午前中は203号室に来なかったが、まさか一人で来て調査していたのだろうか? 並々ならぬ執念を感じる。
まずやってきたのは、キッズ用の遊び場。壁がガラス張りで、中はボールプールになっている。入れるのは子どもだけで、親は外から見ている……という仕組み。
「外にいる親たちは子どもしか見てない。つまり、隣にいる人は完全な死角」
と、彩紗はなにやらとんでもないことを言う。
理屈はわからないでもない。たしかに、そこは隣の人からは死角だろう。
だが、たぶん中にいる子どもたちからは、視覚でもなんでもない。遊びながら、ふと親の方を見れば、親の隣でキスをしてる高校生たちがいる――かなり衝撃的なシーンを見せることになってしまわないか?
「子どもは案外気にしない……と思う」
そう言う彩紗は、少し顔を赤らめている。
なんか安全な相手であれば、見られてもいい……いや、見られたいと思っているような気配が。
日曜日の昼間だけあって、ボールルームの前には、やはり結構な人数がいる。
これだけ人がいれば、バレる確率はそれだけ上がる……いや、少ないよりは逆に目立たないか?
ボールルームの外側は、今子どもが中で遊んでいる親たちがいる。時間になり、子どもが出てくるのに合わせて入れ替わる。
そのタイミングで、さっと割り込み、何食わぬ顔でガラスの横を確保する。
ガラス壁一枚を隔てた向こうで遊ぶ子どもたちは、皆とても楽しそう。
俺も小さい頃はボールプールで遊ぶのが大好きだったし、というか嫌いな子どもなんてまずいないだろう。
子どもたちが楽しそうなのはいいが、どこの誰かもわからない子どもたちが遊んでいる様子は、別に見ていておもしろいものではない。
退屈なものを見せられた時、人の頭はどこかに飛び立つらしい。
授業中に、どうでもいいことを考えるのと同じように、俺の頭は見えている光景とは違う場所を描き始めた。
今から十年くらい未来――今日と同じように、彩紗と一緒にここに並んでガラスの向こう側を見ている光景。
ただし、その時は、二人きりではない。ボールプールで遊ぶ子どもがいる。俺たちはその子が笑って遊ぶ姿を見守っているのだ。
きっと彩紗もその光景を想像してくれているはず。そう思って手をそっと握ると、強く握り返してくれた。
俺たちは妄想まで同じなんだなぁ……と思っていると、彩紗が耳打ちしてきた。
「今ならチャンスだよ」
俺が幸せな家庭を想像している時に、彩紗はキスのタイミングのことばかり考えていたようだ。
まぁさすがに妄想までは同じとはいかないか。
「ってことで」
そのまま彩紗はキスをしてきた。
直後、どこかから視線を感じた。
ボールプールで遊ぶ子どもが、じーっとこちらを見ている。思いっきり気付かれたな。
その子があまりに長くこっちを見るものだから、親の方もこっちに関心を持ってしまった。
すると他の親たちもこちらを気にするようになり……まぁ、この辺が潮時だろう。
俺たちは手を握ったままその場を後にした。
★★★
それからモール内の様々な場所でキスをして、合計十か所以上回った。
これだけハイペースであちこちでキスしていると、外ですることに抵抗がなくなってきたような気がする。
さて、次はどこでキスしようかな? あそこか、それともあっちか――と、むしろ俺から提案したい気分だ。
「次は今日の集大成とも言える場所だよ」
「へぇ、そりゃ楽しみだ。あ、その前にトイレ行ってくる」
そうしてトイレに行き、用を済ませて手を洗っている時だった。
スマホに彩紗から通話がかかってきた。
出てみたが、彩紗はなにも言ってこない。
話し声のような雑音が聞こえてくるが……操作ミスか? それとも、なにかあったのか?
トイレから出て、さっき別れたところに行く。
その途中、彩紗が数人の男女に囲まれているのが見えた。
変なのに絡まれた、助けないと――と慌てる必要はない。
どれも見覚えのある顔だ。
学校で彩紗とよく一緒にいる一軍の連中。
俺からすればただのクラスメイト以上でも以下でもないが、彩紗にとっては友人たちだ。
俺と一緒にいるところを見られると面倒になるかもしれないので、合流を遅らせたい――あの通話は、そういう合図だったのだろう。
彩紗の意図を汲み、彼らに見つからないように少し離れたところを移動し、近くの店に入った。
そこの棚越しに、彼らの話を聞くことにした。




