第16話 メイド喫茶にて
「メイド喫茶でキスをする?」
「うん、そう」
聞き間違いではなかったか。
間違いであってほしかったのに。
「この辺にメイド喫茶なんてあったんだな」
「結構古くからある老舗らしいよ。昔乱立して、その後どんどん減って生き残ってるのはここだけとか」
「それで、なんでそこでしたいの?」
「わからない?」
意外そうな顔で聞き返された。
そんなわかりやすい理由なのか?
「全然わからない」
「だろうね。だからだよ」
と、彩紗が勝ち誇った顔をする。
「この日に向けて、友達何人かに訊いてきました。『自分や恋人の家以外でキスするならどこ?』と。そうしたら映画館やカラオケという答えが多数を占めました」
まぁそうだろうな。
暗くて周囲から見られない、あるいは個室。
そんな邪魔が入らない空間が選ばれるはずだ。
「そういう場所が選ばれる理由はわかるけど、なんか初心者向けだなって」
「は? 初心者向け?」
「私って、初めて遊ぶゲームでも、とりあえ選べる中で一番難しい難易度選ぶでしょ?」
「まぁそうだな」
「今回のも初心者向けは避けて、あえて高難易度からスタートしようかなって」
ゲーム感覚……。
「ハードモードで死にまくって最終的にいつも難易度落とすくせに」
「そのままクリアする時もあるもん! ってことで今回もハードモードから始める。その中でもメイド喫茶なのは、アンケートの中に、漫画喫茶のカップルシートっていうのがあったから、〇〇喫茶の中で一番難しそうなところを選んだ!」
なるほど……思ったよりも理由らしい理由ではなかったな。
「あと、メイド喫茶って一度行ってみたかったし」
「あ、それはわかる」
「ってことでしゅっぱ~つ!」
★★★
駅からほんの数分。五階建ての大型ショッピングモールの五階に、そのメイド喫茶はあった。
家族連れからお年寄りまで集まるショッピングモールにメイド喫茶というのは、もしかしたら異様な光景かもしれない。
しかし、集客力のある施設が限られている地方都市では、こういう大型モールに何でもかんでも入ってしまうのは、案外よくあることだ。
この一角はちょっとしたカフェ街らしく、右隣には猫カフェ、左隣には爬虫類カフェ、その隣には全国展開しているチェーンのカフェがある。
どれもカフェだが、それぞれジャンルは違うので客の奪い合いは起きなさそうだ。しかし、相乗効果も特になさそう。
「爬虫類カフェってなんだ? うおっ、すげぇデカい亀がいる。八十キロもあるカメと触れ合えるんだってよ。なぁ彩紗、あっちに行ってみないか? ヘビにも触れるんだってよ?」
「亀はともかくヘビは怖くて触るどころか近づきたくないんだけど。とにかく、今日はそっちじゃありません」
外国産の三メートルくらいありそうなヘビにすごい興味を惹かれたのだが、彩紗は俺の手を引きメイド喫茶へ強引に連れ込んだ。
「おかえりなさいませご主人様〜」
店に入ると、メイド服を着た店員さん――メイドさんと言うべきだな――が、お出迎えしてくれる。
本当に言うんだ、おかえりまさいませって。ちょっと感動。
家族連れも多いショッピングモールだからか、メイド服のデザインは、ロングスカートとおとなしめ。ガーターベルトが見えたりはしない。
席に案内され、メニューを見る。わかっていたけど、やはりお高め。
まぁテーマパークみたいなもんだからな。しかたない。
時刻はちょうど昼時だからか、ランチメニューがプッシュされている。
メイドさんがケチャップで絵を描いてくれるオムライスや、メイドさんとじゃんけんをして勝てばチェキ撮影がてきるオムライス、メイドさんが魔法をかけてくれるオムライスなど……オムライスばかりが並んでいる。
フードが実質オムライスしかないんだか?
仕入れロスが出にくい手堅い商売だな。
飲み物もコーヒーを中心に、たぶん同じマシーンで淹れられる物しかない。飲食物に対しては徹底的なコストカットの跡がうかがえる。
これが市内で唯一の生き残りのメイド喫茶? こだわりを捨て、低予算で回るようにしたから生き残ったのか、低予算経営だから生き残ったのか?
なんにせよ、あまり期待はできなさそうだ。
注文を済ませ、料理が届くのを待つ間、たまにメイドさんがやって来て話しかけてくれる。
「ご主人様とお嬢様はお付き合いなされているのですか? 本日は大切なデートに当店を選んでいただきありがとうございます」
というような話題を振って来て、待ち時間を退屈させない。
見れば、他のテーブルにもメイドさんがたまに来て、何かしら話題を振っている。
そのためか、かなりの人数のメイドさんがいるように見える。
なるほど、料理でぼろ儲けしている分、人件費を増やしているのか。
メイドさんの年齢は高校生から大学生くらい。
接客用とはいえみんな笑顔で、衣装でバフがかけられていることもあり、かなりかわいく見えてしまう。
冷静に考えれば、彩紗以上にかわいい人など、たとえ世界のどこを探しても見つからないのは明白だ。
しかし、目新しさや場の雰囲気もあり、目が自然とメイドさんを追いかけてしまう。
「理希くん、ちょっとメイドさんばっかり見すぎ」
彩紗がぷぅ~と頬をふくらませる。
「自分でメイド喫茶に連れてきておいて、それは理不尽……」
「たしかに理不尽かもしれない。メイド喫茶に来たのにメイドさんを堪能しないのももったいない……でも、私のこともちゃんと見て!」
ヤキモチかぁ、かわいいなぁ。
普段は、おうちデートって言葉が使えなくなるくらい家過ごすことが多い。一緒にいる時に他の女性に目が行くなんてことほぼないから、こういうヤキモチは新鮮。
いつもとは違うカタチで愛されてるって伝わってくる。あぁ、今日は来てよかった。
「理希くん、もっとこっち向いて。メイドさんより私を見て」
彩紗は俺の顔を掴み、ムリヤリ自分の方を向かせる。
そうして正面から見つめ合った後、おもむろに唇を押しつけてきた。
少し前から、狙っている気はしていたが……本当にやるとは。
「ここに来た目標達成。どう、ハードモードの店内キスもクリアできたでしょ?」
と胸を張ってドヤる。
「うん……誰かに見られてないかな?」
「みんなメイドさんに夢中だから気付いてないよ。ね、なんかこういう隠れてするのってドキドキしない? 初めての時を思い出す」
「初めての時のドキドキはこういう類じゃなかった気がするけど……」
「今日のことも、後で振り返ると青春の甘酸っぱい一ページになっているはず」
甘酸っぱい思い出って、もうちょっとピュアなイメージあるけど。
人の多い場所で、バレるかバレないかドキドキしながらキスするのは、少し汚れていないだろうか?
まぁ、彩紗が楽しそうだからいいか。
★★★
しばらくして、メイドさんがオムライスを持ってきた。
運んで来たのは、ほかのメイドさんよりも少し年上。学生のバイトではなく、社員ぽい感じのオーラのある人だった。
堂々たる立ち居振る舞いで、メイド服が体の一部というほど似合っている。思わずメイド長と呼びたくなる。
メイド長は、ケチャップでやたら上手な富嶽三十六景を描いてくれたり、「おいしくなぁれ」と照れなどとっくの昔に失ったとばかりにこなれた様子で魔法をかけてくれたりした後、俺たちに小声でそっと言った。
「デート場所に当店を選んでいただいたのは光栄ですが、節度を持っておねがいします」
と、かなりまじめなトーンで言われてしまった。
思いっきり見られていたらしく、急に恥ずかしくなってしまった。
すみませんと謝り、ここからは彩紗が暴走しないように気をつけようと心に誓った。
しかし……その誓いはなんの意味もなかった。
★★★
実質メニューがこれしかないオムライスは、意外とおいしかった。中はとろっとしていて、チキンライスもやさしい味付けで、家庭ではなかなか再現できないレベル。
予想外のクオリティに満足しながら、話をしながら食事をした。
食べ終わったタイミングで、彩紗が何か良からぬことを思いついた顔をした。
「あ、理希くん、顔にケチャップついてるよ?」
棒読みで彩紗は紙ナプキンを手に取り、身を乗り出して俺の頬を拭こうとした。
ケチャップが顔につくなんて、そんなわんぱくな食べ方してないと思うんだが……。
これはたぶん、狙ってるよな?
展開を読みつつも、しかし誘惑に抗えず乗っかることにした。
彩紗は俺の顔を拭き、しかし座り直さず、さらにもっと身を乗り出してきた。
手どころか顔がくっつきそうな距離まできて……ちゅっ♡ と音を立てて唇にキスしてきた。
「よし、二回目クリア」
彩紗は小さくガッツポーズする。
「また怒られるぞ?」
「さすがに今回はバラてないでしょ? ちゃんと見られてないかチェックしてたから。ふふっ、一度バレて警戒されてると、ベリーハードモードになったみたいで盛り上がるね」
「やっぱゲーム感覚なんだよなぁ……」
とはいえ、彩紗がキスしようとしているのを察知しつつ、止めなかったのほ事実。
警戒をくぐり抜けキスできたら、いろんな意味で気持ちいいってわかりきってたからな。
……なんというか、俺たちは悪い部分まで似たカップルなんだなぁ。




