第13話 リバウンド
それからダイエットの日々が始まった。
基本的な日課はこうだ。
朝、それぞれの家で食事をする時、食べた物を写真に撮って相手に送る。
この時、弁当を用意してもらっているなら、それも写真に撮る。
だいたいの摂取カロリーを把握するため。それに、見られていると思えば、暴食はしにくくなる。
学校では今まで通り。
学校が終わって203号室に着くと、まず運動をする。
腕立て伏せ、腹筋、スクワット。
回数は決めていない。できる限りたくさん……だ。
彩紗は割と早くあきらめ、回数は増えるどころか日を追うごとに減っていくのだが、俺は順調に伸びている。
彩紗の、
「すごーい! 理希くんカッコいい~!」
という雑なおだてに見事に乗っかり、特に腹筋などはガンガン回数が伸びている。
普通の腹筋運動では物足りなくなり、腹筋ローラーを買ってしまったほどだ。これが思ったよりもキツイ。
自重の腹筋運動がたくさんできても、ローラーではそれほど回数をこなせるわけではない。
ちなみに、彩紗は一回もできなかった。
筋トレが終わったら、今までのようにのんびりと過ごす。
お茶を飲みながら、ゲームをしたり映画を観たり。たまには宿題もする。
コーヒーはあまり飲まなくなった。砂糖は原則禁止、ミルクは一応可能だが量に制限をかけているからだ。
そういう制限があると、緑茶を飲むことが自然と多くなる。
帰宅のためにアパートを出る時間を少し早め、遠回りしてウォーキングをしながら帰る。
歩く場合、ジョギングの倍の距離を歩けば消費カロリーは同じらしい。
余談だが、時速七キロを超えて歩くと(片足を常に地面に着けていると)、同じ速度でジョギングするよりもたくさんのエネルギーを使うらしい。アキレス腱を有効活用できないから――という理屈をネット見たが、感覚的に言うと神様が見落とした人体構造のバグらしい。
そして各自の家に帰ったら、朝や昼と同じように食べた物を写真に撮って相手に送り……その後は、間食をしないように我慢しながら過ごす。
こうして一日が終わるのだ。
そんな生活を続けること一か月半。
短いようだが、この期間は意外と長かった。なにせ、常に軽い空腹と戦い続けていたのだ。
「空腹は脂肪の断末魔」
の格言を頼りに、この期間を耐え抜いた俺に、神様はちゃんとご褒美をくれた。
★★★
「どうだ、この見事な腹筋」
ある日、俺は203号室で上半身裸になり、見事に割れた腹筋を彩紗に見せつけた。
腹筋だけではない。腕立て伏せのおかげか、胸筋も上腕筋も一ヶ月半前よりだいぶ大きくなっている。
途中から家で懸垂も始めたので、もしかしたら背中も少しはたくましくなっているかも。
運動部から見ればたいしたことない体だろうが、以前の俺と比べればかなり立派になっているはずだ。
さぞ彩紗が熱い視線を向けてくれうと思ったのだが……、
「へぇ、よかったね……」
なんかテンションが低い。
あれ、おかしいな。こんなに冷たい目で見られるとは。
「それで、肝心の体重は何キロ落ちたの?」
「二キロ」
「目標未達成じゃん」
「体脂肪が減っただけでなく、筋肉も増えたから思ったほど数字が落ちなかっただけで……大事なのは見た目だろ?」
「でも数字が落ちてないじゃん。それで勝ち誇られても」
勝ち誇るって……あれ、おかしいな。
別に勝負なんてしてなくて、二人でがんばろうって話だったんじゃ?
……そう言えば、ここ最近、彩紗の進捗状況を聞いていないぞ?
「彩紗はどんな状態? 何キロ?」
「秘密。いくら理希くんでも体重は教えられない」
「腹はどんな感じ? 引っ込んだ?」
「……うん、かなりいい感じ」
「見せて」
「……エッチ」
なるほど、どうやら見せられない状態らしい。
しかし、それは本当か? 彩紗が普段食べている物をチェックしてきたが、あの内容なら、運動しなくてもそこそこ落ちそうなくらいにしっかりしていた。
たとえば、俺が知る限り、彩紗はここ一ヶ月で揚げ物を一度も口にしていない。
砂糖も調味料として使われている物以外は食べていないし、米やパンにも気を遣っていたはずだ。
それで体重が落ちないなんてことあるだろうか?
もしかしたら、すでにそこそこ痩せているのに「もっと痩せたい」って欲が出てきて、今の成果じゃ満足できなくなってるのかもしれない。
高みを目指すのはいいが、あんまりハードルを上げ過ぎて、終わりのないダイエット沼にハマるのはよくない。
というか、俺もそろそろダイエットに疲れてきたし。そろそろ気を抜いた日々に戻りたいんだが。
よし、彩紗をほめちぎって、「これでいいか」って思わせてみるか。
「彩紗、お腹見せて」
「イヤッ! マジでヤバいから!」
「大丈夫、彩紗はいつも最高にキレイだよ。だから」
「本当にムリ! ダメだから!」
彩紗は俺の手を払いのけ、部屋の端まで逃げた。
これは……ちょっと違うかもしれない。ダイエット沼にハマったのではなく、もしかしたら本当に見せられない状態なのかもしれない。
しかし、一体どうして?
とにかく、まずは真実をこの目でたしかめなくては。
彩紗を部屋の角に追い込み、逃げようとするところを抱きかかえ、服の上から腹を触る。
「おや?」
そこにあったのは、さて記憶にあるよりもずいぶんと立派に育ったお腹だった。
「ねぇ、彩紗さん? なんで逆に太ってるんですか?」
「……………………」
彩紗は無言で抵抗の意志を示していたが、俺はさらに詰め寄る。
「どうしてあの食事内容で、運動もしてて、体重が増えるんですか? ありえないと思うんですが?
」
「………………違うの。太ったんじゃなくて」
「なくて?」
「………………に、妊娠?」
「本当にそうなら俺に隠しちゃダメだと思うんですが?」
「………………すみません、妊娠はウソです」
それはわかってる。その辺はちゃんと注意しているから。
「で、どうしてこうなったんですかね?」
「…………食べたから」
「ほう?」
「写真に撮った物以外にも、ちょっと食べてたから」
「ちょっと?」
「………………たくさん。食べちゃいけないと思うほど、家に帰って晩ご飯食べて、寝るまでの間しか食べる時間がないと思うほど、つい……」
食後に菓子を食べていたのか。
しかも、この増え方からすると、ちょっとやそっとじゃないな。
「俺は写真に撮って彩紗に見せた物以外は、マジで水しか口にしていないっていうのに。彩紗は……」
「ご、ごめんなさい。これからちゃんとするから、だから嫌いにならないで」
「こんなことで嫌いにならないけどさ」
「良かった……やっぱり理希くんはやさしい」
「でも許しはしない。ちゃんと彩紗にも痩せてもらわないと」
「……やさしいけど甘くはない」
そりゃそうだ。一緒にがんばろうと巻き込まれて、一人だけお菓子を食べていたなんて、さすがに笑って見逃してはあげられない。
「さて、どうやって体重を落とすか。基本的に、今までのやり方から、食後のお菓子を抜けばいいはずなんだが」
「が、がんばります」
「信用してないので決意表明しなくていいです」
「ひ、ひどい」
自業自得だろ。
「う~ん……そうだな。結局のところ、監視の目がなくなると気が緩んで歯止めがかからなくなるってことだよな? よし、わかった。常に監視することにしよう」
「え? いや、いくら理希くんでも、私の部屋にカメラをつけてずっと監視するのはどうかと……さすがに私たちの関係であってもプライバシーってものが」
「さすがにそこまではしない。っていうか、別に部屋じゃなくても、お菓子を食べるのなんてどこでもできるからな。じょぎんぐに行くって言って、コンビニに寄って買い食いされたら、どうしようもないし」
「私のことどんだけデブキャラだと……」
さすがに今はそんなことはしないだろう。
だが、このまま放っておくと本当にそうなりかねない。
ここでしっかりダイエットを成功させておかないと。
「よし、彩紗。これから毎日、自撮り写真を俺に送ってくれ」
「………………エッチなやつ?」
「そういうのじゃなくていいけど、腹だけはずっと出しておいてくれ。腹の肉を指でつまんでるポーズで」
「ま、マニアック……」
「腹の肉は別に好きじゃないぞ。でも、以前の体重に戻るまでこれをずっとやってくれ。そうすると、食べたら腹の肉が増えたのがバレるから気を抜けないだろ」
「悪魔みたいなことを考えるね……」
「あと、二の腕とか太ももとかも追加してくれ」
「本当にそれ趣味じゃなくて⁉ っていうか、私が痩せられない期間が長引くほど、黒歴史が理希くんのフォルダに増えていくってこと?」
「そうなる。何かの拍子に流出した時、彩紗が日に日に太っていく姿がどこかに公開され、どこかの誰かの笑い者に……」
「絶対に痩せてやる! フリー素材のネタ画像になんてなってたまるか!」
彩紗が元の体重に戻ったのは、それからわずか三週間後のことだった。
やればできる子なのだ。




