第11話 ダイエット
「それじゃ、お疲れ!」
今日の最後の授業が終わると、彩紗は一軍の友人たちにあいさつし、足早に教室を去った。
いや、足早というより、もはやダッシュといった方がいいかもしれない。
すごい迫力ある帰宅風景だ。
何か理由があるのかな?
しかし、思い出そうとしても、何も思い当たる節がない。用事があるとは聞いていないはずだ。
もしかしたら、家族と何か用事があり、今日は203号室に来ないかもしれない。
そう思いながら、俺はいつものように203号室に向かった。彩紗がいなければ、適当に一人でゲームでもして、それから帰ろう。
「ただいま」
玄関のドアを開けると、
「おかえり〜」
と彩紗の声が返ってきた。
靴もあるし、幻聴ではなさそう。
部屋に入り、リビングに荷物を置くが、そこに彩紗の姿はない。キッチンにもいない。トイレか?
しかし、トイレのドアは開けっ放しだった(うちでは、使用していない時はドアは開けておくルールだ)。
「あれ、彩紗どこ?」
「お風呂だよ〜」
風呂?
珍しいな。夏場なら、学校終わりは必ずシャワーを浴びて汗を流すが、それ以外の季節は、ここではあまり風呂に入らないんだが。
まぁ今日は体育があって、すごいがんばってたみたいだからな。汗を流したくもなるだろう。
彩紗が出たら、俺も入ろうかな。若い男女が二人きりの部屋で、さっぱり汗を流したら、次に始まるのは汗をかく激しい行為。
ふふっ、楽しみだな。
期待しながら待っているのだが、彩紗はなかなか風呂から出てこない。
のぼせてるってことはないよな?
「彩紗、ずいぶん長いけど大丈夫?」
「大丈夫、のぼせてたりしないよ。ぬるま湯だし湯船の半分にしかお湯入れてないから。今半身浴してるの」
「へぇ、半身浴……なんで急に?」
「……………………った」
「え?」
「太った。昨日の夜に久しぶりに体重計ったら、人生史上最高体重を大幅に更新してた」
「…………なるほど」
「この前のピザパーティーで好き勝手飲み食いして、それが楽しかったから食べ過ぎる癖がついたのかもしれない。今日から本気でダイエットするから、理希くんも協力して」
「うん、わかった」
こういう時は「太ってないよ」と言って慰めるのが定番なのかもしれないが、体重が過去最高になったのは客観的事実だ。なにより彩紗がそれを気にしてる。
止めるのではなく、応援するのがパートナーとしての正しいあり方なのではないだろうか。
「理希くんにおねがいがあるんだけど?」
「なに?」
「私がお風呂に入ってる間に、ここにあるお菓子を全部理希くんのバッグにしまって。で、今日それを持ち帰って」
「……わかった」
女の子は砂糖でできている、という言葉があるが、彩紗も例に漏れずお菓子が大好きだ。
この部屋も常にお菓子のストックがあるくらいなのだが……それを撤去するってことはかなり本気だな?
お菓子は主に部屋のお菓子入れの箱や冷蔵庫にしまわれている。それらを片付け、他にもないかとチェックし……よし問題なし。
時計を見ると、俺がここに来てからすでに三十分くらい経っている。
彩紗はその前から半身浴を始めたはず。どれくらいやるつもりなんだろう?
「まだいける、体力的に余裕」
訊いてみたらそんな答えが返ってきた。
「半身浴ってやればやるだけ痩せるものなの?」
「知らないけど、そうに決まってる。だって、体が熱くなってきてるし、汗もたくさんかいてる。痩せてる証拠だよ!」
「汗の成分って水分と塩分なんじゃないっけ?」
「…………え? どういうこと?」
「どれだけ汗かいても水飲んだら元通りじゃないこ、ってこと」
「………………」
顔が見えなくてもわかる。彩紗が現実と向き合い葛藤している。
「で、でも、体が熱くなってきてるよ? 熱ってカロリーでしょ? これはつまり、体がカロリーを消費してるってことに……」
「その熱ってお風呂のお湯からもらった熱でしょ。それで痩せるなら、夏は餓死を心配しないといけないほど痩せると思うけど、そんなこと人生で一度でもあった?」
「あっ、あっ…………」
なんか思った以上にショック受けてるな。
「もう半身浴やめた。ちょうど飽きてきてたし」
いら立ちを隠さぬ声がして、彩紗が風呂から出る音がした。
その艶めかしい肢体から天の恵みを思わせる水音を流しながら、脱衣所に向かって歩いてくる。
しかし、ドアを開けない。
「どうしたの?」
「脱衣所にいないで、部屋に行って」
「あ、うん。わかった」
俺たちの関係であっても、着替えをじろじろ見るのはマナー違反かな?
「でも今さらじゃない? 彩紗の裸は見慣れて……」
「デブになった私は見慣れてないでしょ!」
「え、いや、デブってほどじゃ……」
「理希くんが思ってるより太ってるの! 私は理希くんにはかわいいところしか見せたくない、理希くんにキレイって思ってもらいたい人生なの! だからこんな姿見せられない! 見ないで! 部屋に行っててってば!」
なんだこのかわいい怒り方。
そんなこと言われたら、何も言い返せないじゃないか。
あぁ、本当にうちのお嫁さんは天使だなぁ。
こんなかわいいことを言ってもらえるのなら、申し訳ないが少し太ってしまったのも、むしろありがたく思えてしまう。
…………ん、待てよ?
痩せるまで裸を見せてくれないってことは、それまでは、恋人同士のあれやこれらはお預けってことか?
今日はそういうことをしたい気分だったんだが……。
ダイエットが成功しない限りは、ずっとできないってこともあるのか?
それは困る。非常に困る。
よし、彩紗のダイエットが成功するように、俺も全力で協力しよう。
二人でこの危機を乗り越えるんだ!




