第10話 朝帰り
窓の外から差し込む太陽の光で、長い夜が終わったことを知らされた。
結局、ずっとキスしてたな……キスしてたら徹夜してたって、自分でも意味がわからない。
貴重な経験だったような気もするが、案外楽しい一日だったかもしれない。
まぁそれ以上に、寝不足でツラいのだが。
寝不足で頭がぼーっとしているのは彩紗もそうらしい。ソファーに深く座り、うとうとし始めた。
そんな彩紗を起こさないように俺はそっと離れ、窓を開けて外を確認した。
台風通過直後の澄んだ空気が一気に室内に入ってきて、一晩中閉じこもっていて汚れた空気と入れ替わる。
ああ、爽やかな気分だ。
……窓から見える風景が、いつもとどこか違うような気がした。
間違い探しをするように目を凝らし、注意深くチェックすると、向かいにある木が折れていることに気が付いた。
あれはたしか、昨日の昼にものすごい揺れていた木だ。あの時点での強風でも苦しそうだったが、その後の暴風には耐えられなかったか……。
そして、その折れた枝が風下の電線に直撃したらしい。電線がひどいことになっているのも、窓から見えた。
なるほど、あれが停電の原因か。
見た目はかなりおそろしいことになっているが、あそこだけの問題なら、きっとすぐ復旧するはず。
洗面所に行き歯を磨いていると、ぼんやりとした目の彩紗もやって来て、ふたりで並んで歯を磨いた。
「………………」
「………………」
会話なく、鏡と向き合い歯を磨くだけの時間が流れる。
そこに映っている俺たちは、寝不足のせいで結構ひどい顔。昨日は風呂も入れていないし。
人前に出られるような姿じゃないな。
でも、そんな姿を見せてもいい相手がいるというのが、たまらなく嬉しい。
★★★
歯を磨いた後、冷蔵庫から飲み物を取り出し、グラスに注いだ。
少し温くなり、汗をかいているが、冷蔵庫の中はまだ冷気を保っていた。
それを飲みながら、昨日の残りのピザとチキンを食べる。スコーピオンではない。
チーズが固まっていて、生地もひんやりしていて硬い。
電気があれば、レンジで温めなおすところなのだが、しかたない。
「今日はどうする?」
食べながら、彩紗がそう言った。
「そんなに遅くはならないだろうけど、電気の復旧にはまだ時間かかるだろうなぁ」
「そうだね。一度お互い家に帰って、直った頃に再集結って感じでどう?」
「そうするか」
ここでもう一日過ごすにしても、ただ待つより、家に帰って風呂に入って、一度ベッドで眠ってからの方が有意義だろう。
★★★
家に戻ると、ちょうど妹が起きて来たところだった。
「兄ちゃん……昨日は姿が見えなかったけど、まさか、今帰って来たのか?」
なぜか顔を真っ赤にしている。
「そうだが?」
「そうだがって……朝帰りってやつじゃん。まさか、彩紗姉ちゃんとずっと一緒にいたのか? いや、違うよな? どっかの男友達の家だよな?」
「台風が来てる時に普通の友達の家に行けるかよ。どんな迷惑なやつだ」
「じゃあ姉ちゃんと一緒にお泊りデート……兄ちゃん、大人の階段をついに」
ついにってなんだよ。
ワンルームの部屋でほぼ毎日何時間も一緒にいて、そんなのも上ってないわけないだろ。
……とは言えないなぁ。
まだ中一の妹に、あまり余計なことは吹き込みたくない。
妹にはとりあえずドヤ顔をしておいて、まずは風呂に入った。
それからベッドでひと眠り。
昼近くになって目を覚まし、さて昼はどうしようかと悩む。
家で食べるか、203号室で食べるか。
彩紗に連絡すると、電気が復旧してない場合が面倒だから、食べてから集合ということになった。
食後、アパートに向かう途中、少し道を外れてホームセンターに寄ってみた。
電気がいらない暖房器具を買った方がいいんじゃないかという話を思い出したからだ。
石油ストーブ、充電式の着る毛布、ガスヒーター……結構いろいろあるんだな。予算的にもそれほど厳しくない。
どれがいいか……。
「あれ?」
売り場を見ながら、いろいろ考えていると、彩紗が現れた。
「まさかこんなところで会うとは」
「ねぇ、結構意外。でも、嬉しくない? 昨日から、待ち合わせしてないのにあちこちで遭遇して」
たしかに。まるで心が繋がっているみたいで、何とも言えぬ温かな気持ちになる。
まぁ半分同じ家に住んでいて、生活圏が同じだけなのだが。
「暖房ってどういうのがいいのかな? 無難に石油ストーブ? こっちのカセットガスストーブは、ガス缶でいけるみたい。だとすると、灯油を買って持っていくより楽よね」
「待て。ガス缶って普通は料理に使う物だろ? あんなんで本当に部屋を温められるのか? 結構寒いんじゃ。それに何時間使える?」
「あ、そっか……こういうのはちゃんと調べてから買った方がいいね」
ということで、この日は別になにも買うこともなく、ただホームセンターを見て回り、おもしろそう物をメモするだけに留めた。
まぁつまり、あまり何もしていないのだが、それでも俺たちは満足した気分になった。
だって、普通の高校生カップルなら、こういうデートはしない。
あまりに生活臭が漂い過ぎているというか、日常感がありすぎるというか……デートらしい感じはしない。
でも、だからこそ、俺たちならではのデートという気がする。
すでに生活を共にしている者同士というのが、こういうところににじみ出ているような気がして……何気ないからこそ、特別に思える。
ホームセンターを出たら手を繋いで――どこかに行くのではなく、同じ家に帰る。
本当にちょっとしたこと。
でも、そんなちっぽけな幸せが、俺は大好きだ。
そしてこれからも、こんな小さな幸せがずっと続いていくことを願っている。




