灯を奪い合う村
本作は『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』の外伝ですが、単体でも読める作品にしています。
ただし、もし少しでも「灯とは?」「記録官とは?」
と気になる部分がありましたら、本編でより深く描いています。
興味を持っていただければ、ぜひこちらからどうぞ。
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乾いた風が、赤い髪をふわりと揺らす。
スカルの指先で、ナイフが軽く鳴った。
チリ……。
刃を指の上で遊ばせながら、スカルがわずかに首を傾ける。鋭い目がフレアを値踏みするように細められた。
「森の獣、ねぇ……」
口元が歪む。
「言うじゃあねえか」
ナイフがくるりと回る。
「――だったら、これはかわせるか!」
次の瞬間。
――ドンッ!
砂が爆ぜた。
黒い影が、フレアを捉えたまま横へ弧を描いて駆け出す。
獲物を囲む獣のような疾走。
フレアは弓を引く。
瞳が影を追い、左右へ素早く動いた。
右。
影が消える。
左。
また消える。
スカルの足が砂を蹴るたび、細かな砂煙が舞い、視界を曇らせる。
照準が合わない。
フレアの唇が、ほんのわずかに噛まれる。
次の瞬間、フレアは弓を背へ払い上げた。
肩の動きに合わせて赤い髪が跳ね、腰のベルトからナイフを引き抜く。
「しゃあッ!」
黒い影が、銀色の刃を閃かせながら真横から跳ね上がる。
砂煙を裂いて、スカルの顔が現れた。
口元が大きく吊り上がっている。
ギィィンッ!!
フレアはナイフを逆手に構え、素早く横へ滑らせた。
刃と刃が噛み合い、火花が弾ける。
衝撃が腕を痺れさせる。
「くっ……!」
だが、スカルは止まらない。
刃が次々と角度を変えて走る。
ギィンッ!
ギィンッ!
ギィィンッ!
フレアの腕が忙しく動き、そのすべての刃を紙一重でいなしていく。刃が頬の横をかすめ、髪が揺れ、砂が跳ねる。
壇上でユリウスは、その様子を見ながら口髭を撫で、静かに言った。
「グレイブ君、どう見ますか?」
グレイブが鼻を鳴らす。
「ああ……驚いたが、あの娘。
弓だけではなく、近接戦の筋もいいな」
視線が試合場をなぞる。
「だが力じゃあの男、スカルが上だ」
ユリウスは小さく頷いた。
「さて、その力量差を彼女はどう埋めるか。
興味深いですね」
志願者たちの輪にも、低い声が漏れる。
「赤髪のやつ……全部受けてる!」
「……どっちも速いが、速さはフレアの方が上だろ」
ネレクは無言で試合を見つめている。
その隣で、踞っていたフォルドは目を見開き、唇を震わせた。
「何だよ……何なんだよ……。
これが村人同士の戦い、なのか……?」
フレアの視線が弾かれたように左右へ走る。
ナイフを握る手が、徐々に速さを増していく。
その手捌きを見て、スカルの笑みがゆっくり広がった。
「……へぇ」
喉の奥で、小さく笑う。
スカルは勢いのまま身体を沈め、片手を砂に突く。
低く唸るような声とともに身体が回転する。
「はっ!」
靴先に仕込まれた刃が跳ね上がり、鋭い弧を描く回転蹴りがフレアの上段を薙ぐ。
フレアは反射的に腰を反る。
ザッ。
赤い髪が数本、宙に散った。
「まだまだぁーッ!」
スカルは着地と同時に距離を詰める。
速度を殺さず飛び込み、横薙ぎの脚がフレアの胴を狙って走る。
フレアはナイフを叩きつけ、蹴り上がる刃を弾いた。
だがスカルの回転は止まらない。
蹴り足が地面を掠めた瞬間、その勢いのまま身体が跳ね上がる。
次の脚が、今度は上から落ちてくる。
「っ!」
フレアはとっさに左手でピッケルを引き抜き構える。
ガンッ!!
重い衝撃が腕に走る。
砂が大きく弾け、フレアの身体が後方へ吹き飛んだ。片膝が土を抉り、踏み止まる。
ナイフは構えたまま、ピッケルを地に着け、肩で荒く息をついた。
離れた場所でシンが腕を組み、小さく呟く。
「……耐えたか」
ジェミルがにこりと笑い、シンの背中へ声を投げる。
「いいですね、彼女。流石です」
一拍。
「なかなか可愛いですしね」
シンは腕を組んだまま、視線を試合場から外さない。
「……戦いを見ろ」
ジェミルの口元が、さらに楽しそうに歪んだ。
スカルは低く着地すると、スッと起き上がる。肩を揺らしながら愉快そうに笑った。
「はっは、久々に楽しくなってきたぞ、フレア」
フレアは眉をひそめる。
そして赤い髪を鬱陶しそうに払い、吐き捨てる。
「お生憎様。こっちは、暴走突撃ヤローにうんざりしてる」
スカルの眉がわずかにしかめられる。
「……お前も同じ村人なら分かるだろう?
記録官たちは俺たち村人から搾取してるだけなんだよ」
フレアの眉がぴくりと動く。
ほんの一瞬、視線が揺れた。
「だからって……
ミックをあそこまでやる理由にはならない」
砂の上に、その声が強く響く。
「記録官の息子だからだ」
フレアの眉がきつく寄る。
「それだけで?」
一歩、踏み出す。砂が小さく鳴る。
「記録官だって、村人だって、おんなじ人だよ!
善い人もいれば、悪い人もいる!」
スカルの目が、ぴくりと動いた。
ほんの一瞬だけ、口元が歪む。
笑ったような――
それでいて、どこかひび割れたような笑みだった。
やがて、その表情が消え、低く吐き出すように言う。
「……甘いんだよ」
スカルは再びナイフを構え、地を蹴った。
ガキィィンッ!
フレアは真正面からそれを受け止める。刃と刃が押し合い、二人の顔がすぐ近くで向かい合う。
「うぐぐ……!」
フレアの歯がきしむ。
「……お前の村は、優遇されているようだな。
だからそんな綺麗事が言える」
砂の上に、スカルの低い声が落ちる。
「……俺の村はな――」
腕はフレアの身体を押さえつけたまま動かない。
「周りの村より、作物の出来が悪い」
フレアは押し返そうと足に力を込めるが、スカルの体重を受け止めるだけで精一杯だった。
スカルは続ける。
「西の湿地帯にある、ぼろい村だ」
スカルは視線を逸らさない。
フレアの目をじっと見たまま、言葉を続ける。
「そういう村じゃ、灯の配給はな……」
わずかに肩をすくめる。
「年々、少しずつ減らされていく」
志願者の輪のどこかで、小さなざわめきが揺れた。
スカルは、そのざわめきを押し流すように深く息を吐いた。
「灯が減ればどうなると思う」
フレアは片手に持ったピッケルを、無理やり肩の後ろへ振り上げる。
だがスカルは腕に体重を乗せ、ぐっと押し返した。
「……ッ」
フレアの身体がわずかに後ろへ揺れる。
靴が砂を削り、足が半歩滑る。
歯を食いしばり、ぐっと踏み止まった。
スカルはその様子を見下ろし、冷たい目で言った。
「村人は灯を求めて争う。
強い奴が灯を持っていく。弱い奴から干からびる。
まるで餌に群がるクソ虫だ。
……力がなきゃあ、生き残れねぇんだよ」
フレアは何も言わない。唇をわずかに結び、視線だけを返す。
スカルはその目を見て、ほんのわずかに目を細める。
「そんな村が、記録官に納めるものと言えば……」
視線が、フレアを突き刺す。
「お前、わかるか?」
沈黙。
フレアは言葉を探す。
だが、答えは出てこない。
スカルの口元が、ゆっくり歪んだ。
目の前で自分を険しい顔で見つめる少女。
その赤い髪の奥で揺らぐ瞳を見た瞬間、
ほんの一瞬だけ言葉が途切れる。
だがすぐに、舌打ちでその違和感を押し殺した。
「は……」
乾いた笑いが漏れる。
「お前みたいなしょんべん臭ぇガキが、分かるわけがあねぇ……」
スカルの目が、ぎらりと光る。
指先で回していたナイフを、カチリと握り直す。
「俺は村を救うために塔に入って、
クソみてぇな記録官から灯を奪い取る!
逆らう記録官は、全部ぶっ殺す!」
壇上。
グレイブが肩をすくめ、呆れたように鼻を鳴らした。
「おいおい……」
口元を歪め、隣のユリウスへ顔を向ける。
「誰だ、あんなやつを面接通したのは?」
ユリウスは口髭を撫でながら、首を振った。
「私ではありません」
二人の視線が、同時にその先へ向く。
「……」
ヴァルターは椅子に腰掛けたまま微動だにしない。
二人の視線に気にも留めず、
その目は、ただスカルだけを静かに追い続けている。
鋭い瞳が、わずかに細められる。
フレアはスカルの言葉に、静かに首を振った。
「……わからない。でも……」
スカルの眉がぴくりと動く。
「は?」
フレアは胸を上下させながら、言葉を続けた。
「それでも人を傷つける理由にはならないと思う」
スカルの表情が、ふっと止まった。
フレアは続ける。
「ミックのこと見ればわかる。
あんた、力はあるのに弱い者に当たるタイプだ」
スカルの目が細くなる。頬の筋肉がぴくりと動いた。
「……てめぇ」
フレアは一歩、踏み出した。
「村のためとか言ってるけど、そんなに強いんだったら、どうして弱い人たちを守ろうとしないの!?」
沈黙。
スカルの口角が、ぴくりと引きつる。
フレアはさらに言葉を重ねる。
「灯が減ったからだけじゃない。
あんたみたいに、力を驕って使うやつが、村をダメにしてるんだ」
スカルの歯がぎり、と鳴った。
「黙れ」
低い声。
フレアは止まらない。
「村が壊れたのは、あんたが――」
その瞬間、スカルが怒鳴った。
「黙れッ!!」
――ドンッ!!
足が地面を叩きつける。
砂が爆ぜ、地面が揺れる。
スカルの瞳の奥で、血が一気に駆け上がる。
「俺は守ろうとした!!
だから――殺してやったんだ!!」
拳を握り締め、叫ぶ。
「あのクソ記録官たちをよお!!」
その瞬間――
誰も、声を出さなかった。
風が、砂を転がす。
空気が、凍りついた。
衝撃が、波のように広がる。
壇上で、ヴァルターが眉間に皺を寄せ、静かに顔を上げた。
細い目がギラリと光り、鋭くスカルを射抜く。
隣でユリウスが顔を押さえ、言葉を失ったまま椅子にもたれ掛かる。
グレイブはドン、と足を踏み鳴らした。
ネレクは顎をわずかに上げ、
その目が、ほんの少し見開かれる。
隣で、フォルドが思わず口を開けた。
シンは腕を組んだまま、じっとスカルを睨みつける。
その背後で、ジェミルだけがふっと小さく息を漏らした。
「おい……今、何て……?」
「殺したって言ったか……」
ざわめきが一気に膨らむ。
その中で、ヘルモーズはさっと振り返り、
いつもの柔らかな笑みを浮かべたまま、手を軽く上げる。
「……皆様、ご静粛に。ご静粛に」
周囲の澱んだ声に、スカルの目が揺れた。
呼吸が一瞬止まる。
握っていた拳が、わずかに緩む。
今、自分が何を言ったのか。
その事実が、遅れて胸に落ちた。
志願者たちの視線。
記録官たちの視線。
壇上の視線。
すべてが、突き刺さるように自分へ向けられている。
スカルの喉が、ごくりと鳴った。
「……ちっ」
視線が、追われるようにあちこちへ泳ぐ。
フレアの口から、思わず声が漏れた。
「あんた……何で……!」
フレアは荒い息を整えようとする。
握ったピッケルの柄に、指がきゅっと食い込む。
肩が小さく上下する。
その瞳だけが、まっすぐスカルを捉えている。
怒りと――わずかな困惑。
スカルの視線が、その目とぶつかった。
時間が止まったように、互いの視線が絡み合う。
フレアは目を離さず腰を上げる。
ナイフを握る右手。
ピッケルを握る左手。
鼓動を落ち着かせるように、静かに構え直す。
スカルの目が、ぎろりとフレアを睨みつけた。
歯がむき出しになる。
「……てめぇ」
低い声が、喉の奥から絞り出される。
肩が、小さく震えた。
「てめぇが……余計なことを言うからだろうが」
スカルのナイフを握る手に、力が戻る。
ギリッ、と柄が軋む。
「全部……」
呼吸が荒くなる。
「全部、てめぇのせいだ!」
唾を飛ばすように吐き捨てる。
血走った目がぎろりとフレアを睨みつけ、頬の筋肉がひくひくと痙攣する。
フレアはその殺すような視線を受け止めたまま、小さく息を吐いた。
その瞳には、もう怒りも恐れもない。
ただ、静かな覚悟だけが、澄んだ光となって宿っていた。
スカルの身体がスッと沈む。
「……いいぜ」
唇の端が、ぐにゃりと歪む。
「そこまで言うならよお」
右手のナイフが、ふっと下がった。
カチン――。
刃を鞘に収める音が、妙に小さく響く。
フレアの目が、わずかに細まる。
「……?」
その瞬間――
スカルの左手が、腰の奥へ滑った。
シュッ。
短い音とともに、異形の刃が抜き放たれる。
カチリ。
指の間で止まったそれは、奇妙な形をしていた。
一本の柄から、左右へ裂ける二本の刃。
湾曲した牙のようなその異形は、刺さり、引けば、肉を抉り取る。
スカルが、低く嗤う。
「こいつの名は――髑髏の牙」
刃先が、ぬらりとフレアへ向いた。
「クソ記録官たちと同じように、
お前もこいつで黙らせてやるよ!」
さっきまでとは質の違う殺気が、場に溢れ出す。
砂の上の空気さえ、ぴんと張りつめたようだった。
フレアは、小さく息を吐いた。
一瞬の静寂。
そして、静かに言い放つ。
「……来なよ。
あんたの罪を、私が終わらせてあげる」
その言葉が落ちると同時に、砂がひと粒こぼれ落ち、きらり、と光が弾ける。
地面に突き立つスカルのナイフ。
その鋭い刃の中で、
向かい合う二人の姿が、淡く揺れていた。
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