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灯を奪い合う村

本作は『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』の外伝ですが、単体でも読める作品にしています。


ただし、もし少しでも「灯とは?」「記録官とは?」

と気になる部分がありましたら、本編でより深く描いています。


興味を持っていただければ、ぜひこちらからどうぞ。

→https://ncode.syosetu.com/n5378ky/

乾いた風が、赤い髪をふわりと揺らす。


スカルの指先で、ナイフが軽く鳴った。


チリ……。


刃を指の上で遊ばせながら、スカルがわずかに首を傾ける。鋭い目がフレアを値踏みするように細められた。


「森の獣、ねぇ……」


口元が歪む。


「言うじゃあねえか」


ナイフがくるりと回る。


「――だったら、これはかわせるか!」


次の瞬間。


――ドンッ!


砂が爆ぜた。


黒い影が、フレアを捉えたまま横へ弧を描いて駆け出す。

獲物を囲む獣のような疾走。


フレアは弓を引く。

瞳が影を追い、左右へ素早く動いた。


右。

影が消える。


左。

また消える。


スカルの足が砂を蹴るたび、細かな砂煙が舞い、視界を曇らせる。


照準が合わない。


フレアの唇が、ほんのわずかに噛まれる。


次の瞬間、フレアは弓を背へ払い上げた。

肩の動きに合わせて赤い髪が跳ね、腰のベルトからナイフを引き抜く。


「しゃあッ!」


黒い影が、銀色の刃を閃かせながら真横から跳ね上がる。


砂煙を裂いて、スカルの顔が現れた。

口元が大きく吊り上がっている。


ギィィンッ!!


フレアはナイフを逆手に構え、素早く横へ滑らせた。


刃と刃が噛み合い、火花が弾ける。

衝撃が腕を痺れさせる。


「くっ……!」


だが、スカルは止まらない。

刃が次々と角度を変えて走る。


ギィンッ!

ギィンッ!

ギィィンッ!


フレアの腕が忙しく動き、そのすべての刃を紙一重でいなしていく。刃が頬の横をかすめ、髪が揺れ、砂が跳ねる。


壇上でユリウスは、その様子を見ながら口髭を撫で、静かに言った。


「グレイブ君、どう見ますか?」


グレイブが鼻を鳴らす。


「ああ……驚いたが、あの娘。

 弓だけではなく、近接戦の筋もいいな」


視線が試合場をなぞる。


「だが力じゃあの男、スカルが上だ」


ユリウスは小さく頷いた。


「さて、その力量差を彼女はどう埋めるか。

 興味深いですね」


志願者たちの輪にも、低い声が漏れる。


「赤髪のやつ……全部受けてる!」


「……どっちも速いが、速さはフレアの方が上だろ」


ネレクは無言で試合を見つめている。


その隣で、踞っていたフォルドは目を見開き、唇を震わせた。


「何だよ……何なんだよ……。

 これが村人同士の戦い、なのか……?」


フレアの視線が弾かれたように左右へ走る。

ナイフを握る手が、徐々に速さを増していく。


その手捌きを見て、スカルの笑みがゆっくり広がった。


「……へぇ」


喉の奥で、小さく笑う。


スカルは勢いのまま身体を沈め、片手を砂に突く。

低く唸るような声とともに身体が回転する。


「はっ!」


靴先に仕込まれた刃が跳ね上がり、鋭い弧を描く回転蹴りがフレアの上段を薙ぐ。


フレアは反射的に腰を反る。


ザッ。


赤い髪が数本、宙に散った。


「まだまだぁーッ!」


スカルは着地と同時に距離を詰める。

速度を殺さず飛び込み、横薙ぎの脚がフレアの胴を狙って走る。


フレアはナイフを叩きつけ、蹴り上がる刃を弾いた。


だがスカルの回転は止まらない。

蹴り足が地面を掠めた瞬間、その勢いのまま身体が跳ね上がる。


次の脚が、今度は上から落ちてくる。


「っ!」


フレアはとっさに左手でピッケルを引き抜き構える。


ガンッ!!


重い衝撃が腕に走る。

砂が大きく弾け、フレアの身体が後方へ吹き飛んだ。片膝が土を抉り、踏み止まる。


ナイフは構えたまま、ピッケルを地に着け、肩で荒く息をついた。


離れた場所でシンが腕を組み、小さく呟く。


「……耐えたか」


ジェミルがにこりと笑い、シンの背中へ声を投げる。


「いいですね、彼女。流石です」


一拍。


「なかなか可愛いですしね」


シンは腕を組んだまま、視線を試合場から外さない。


「……戦いを見ろ」


ジェミルの口元が、さらに楽しそうに歪んだ。


スカルは低く着地すると、スッと起き上がる。肩を揺らしながら愉快そうに笑った。


「はっは、久々に楽しくなってきたぞ、フレア」


フレアは眉をひそめる。

そして赤い髪を鬱陶しそうに払い、吐き捨てる。


「お生憎様。こっちは、暴走突撃ヤローにうんざりしてる」


スカルの眉がわずかにしかめられる。


「……お前も同じ村人なら分かるだろう?

 記録官たちは俺たち村人から搾取してるだけなんだよ」


フレアの眉がぴくりと動く。

ほんの一瞬、視線が揺れた。


「だからって……

 ミックをあそこまでやる理由にはならない」


砂の上に、その声が強く響く。


「記録官の息子だからだ」


フレアの眉がきつく寄る。


「それだけで?」


一歩、踏み出す。砂が小さく鳴る。


「記録官だって、村人だって、おんなじ人だよ!

 善い人もいれば、悪い人もいる!」


スカルの目が、ぴくりと動いた。

ほんの一瞬だけ、口元が歪む。


笑ったような――

それでいて、どこかひび割れたような笑みだった。


やがて、その表情が消え、低く吐き出すように言う。


「……甘いんだよ」


スカルは再びナイフを構え、地を蹴った。


ガキィィンッ!


フレアは真正面からそれを受け止める。刃と刃が押し合い、二人の顔がすぐ近くで向かい合う。


「うぐぐ……!」


フレアの歯がきしむ。


「……お前の村は、優遇されているようだな。

 だからそんな綺麗事が言える」


砂の上に、スカルの低い声が落ちる。


「……俺の村はな――」


腕はフレアの身体を押さえつけたまま動かない。


「周りの村より、作物の出来が悪い」


フレアは押し返そうと足に力を込めるが、スカルの体重を受け止めるだけで精一杯だった。


スカルは続ける。


「西の湿地帯にある、ぼろい村だ」


スカルは視線を逸らさない。

フレアの目をじっと見たまま、言葉を続ける。


「そういう村じゃ、灯の配給はな……」


わずかに肩をすくめる。


「年々、少しずつ減らされていく」


志願者の輪のどこかで、小さなざわめきが揺れた。


スカルは、そのざわめきを押し流すように深く息を吐いた。


「灯が減ればどうなると思う」


フレアは片手に持ったピッケルを、無理やり肩の後ろへ振り上げる。

だがスカルは腕に体重を乗せ、ぐっと押し返した。


「……ッ」


フレアの身体がわずかに後ろへ揺れる。

靴が砂を削り、足が半歩滑る。

歯を食いしばり、ぐっと踏み止まった。


スカルはその様子を見下ろし、冷たい目で言った。


「村人は灯を求めて争う。

 強い奴が灯を持っていく。弱い奴から干からびる。

 まるで餌に群がるクソ虫だ。

 ……力がなきゃあ、生き残れねぇんだよ」


フレアは何も言わない。唇をわずかに結び、視線だけを返す。


スカルはその目を見て、ほんのわずかに目を細める。


「そんな村が、記録官に納めるものと言えば……」


視線が、フレアを突き刺す。


「お前、わかるか?」


沈黙。


フレアは言葉を探す。

だが、答えは出てこない。


スカルの口元が、ゆっくり歪んだ。


目の前で自分を険しい顔で見つめる少女。

その赤い髪の奥で揺らぐ瞳を見た瞬間、

ほんの一瞬だけ言葉が途切れる。


だがすぐに、舌打ちでその違和感を押し殺した。


「は……」


乾いた笑いが漏れる。


「お前みたいなしょんべん臭ぇガキが、分かるわけがあねぇ……」


スカルの目が、ぎらりと光る。

指先で回していたナイフを、カチリと握り直す。


「俺は村を救うために塔に入って、

 クソみてぇな記録官から灯を奪い取る!

 逆らう記録官は、全部ぶっ殺す!」


壇上。


グレイブが肩をすくめ、呆れたように鼻を鳴らした。


「おいおい……」


口元を歪め、隣のユリウスへ顔を向ける。


「誰だ、あんなやつを面接通したのは?」


ユリウスは口髭を撫でながら、首を振った。


「私ではありません」


二人の視線が、同時にその先へ向く。


「……」


ヴァルターは椅子に腰掛けたまま微動だにしない。


二人の視線に気にも留めず、

その目は、ただスカルだけを静かに追い続けている。


鋭い瞳が、わずかに細められる。


フレアはスカルの言葉に、静かに首を振った。


「……わからない。でも……」


スカルの眉がぴくりと動く。


「は?」


フレアは胸を上下させながら、言葉を続けた。


「それでも人を傷つける理由にはならないと思う」


スカルの表情が、ふっと止まった。


フレアは続ける。


「ミックのこと見ればわかる。

あんた、力はあるのに弱い者に当たるタイプだ」


スカルの目が細くなる。頬の筋肉がぴくりと動いた。


「……てめぇ」


フレアは一歩、踏み出した。


「村のためとか言ってるけど、そんなに強いんだったら、どうして弱い人たちを守ろうとしないの!?」


沈黙。


スカルの口角が、ぴくりと引きつる。


フレアはさらに言葉を重ねる。


「灯が減ったからだけじゃない。

あんたみたいに、力をおごって使うやつが、村をダメにしてるんだ」


スカルの歯がぎり、と鳴った。


「黙れ」


低い声。


フレアは止まらない。


「村が壊れたのは、あんたが――」


その瞬間、スカルが怒鳴った。


「黙れッ!!」


――ドンッ!!


足が地面を叩きつける。

砂が爆ぜ、地面が揺れる。


スカルの瞳の奥で、血が一気に駆け上がる。


「俺は守ろうとした!!

 だから――殺してやったんだ!!」


拳を握り締め、叫ぶ。


「あのクソ記録官たちをよお!!」


その瞬間――


誰も、声を出さなかった。


風が、砂を転がす。


空気が、凍りついた。


衝撃が、波のように広がる。


壇上で、ヴァルターが眉間に皺を寄せ、静かに顔を上げた。

細い目がギラリと光り、鋭くスカルを射抜く。


隣でユリウスが顔を押さえ、言葉を失ったまま椅子にもたれ掛かる。

グレイブはドン、と足を踏み鳴らした。


ネレクは顎をわずかに上げ、

その目が、ほんの少し見開かれる。

隣で、フォルドが思わず口を開けた。


シンは腕を組んだまま、じっとスカルを睨みつける。

その背後で、ジェミルだけがふっと小さく息を漏らした。


「おい……今、何て……?」


「殺したって言ったか……」


ざわめきが一気に膨らむ。


その中で、ヘルモーズはさっと振り返り、

いつもの柔らかな笑みを浮かべたまま、手を軽く上げる。


「……皆様、ご静粛に。ご静粛に」


周囲の澱んだ声に、スカルの目が揺れた。


呼吸が一瞬止まる。

握っていた拳が、わずかに緩む。


今、自分が何を言ったのか。


その事実が、遅れて胸に落ちた。


志願者たちの視線。

記録官たちの視線。

壇上の視線。


すべてが、突き刺さるように自分へ向けられている。


スカルの喉が、ごくりと鳴った。


「……ちっ」


視線が、追われるようにあちこちへ泳ぐ。


フレアの口から、思わず声が漏れた。


「あんた……何で……!」


フレアは荒い息を整えようとする。

握ったピッケルの柄に、指がきゅっと食い込む。

肩が小さく上下する。


その瞳だけが、まっすぐスカルを捉えている。


怒りと――わずかな困惑。


スカルの視線が、その目とぶつかった。


時間が止まったように、互いの視線が絡み合う。


フレアは目を離さず腰を上げる。


ナイフを握る右手。

ピッケルを握る左手。


鼓動を落ち着かせるように、静かに構え直す。


スカルの目が、ぎろりとフレアを睨みつけた。

歯がむき出しになる。


「……てめぇ」


低い声が、喉の奥から絞り出される。

肩が、小さく震えた。


「てめぇが……余計なことを言うからだろうが」


スカルのナイフを握る手に、力が戻る。

ギリッ、と柄が軋む。


「全部……」


呼吸が荒くなる。


「全部、てめぇのせいだ!」


唾を飛ばすように吐き捨てる。

血走った目がぎろりとフレアを睨みつけ、頬の筋肉がひくひくと痙攣する。


フレアはその殺すような視線を受け止めたまま、小さく息を吐いた。

その瞳には、もう怒りも恐れもない。

ただ、静かな覚悟だけが、澄んだ光となって宿っていた。


スカルの身体がスッと沈む。


「……いいぜ」


唇の端が、ぐにゃりと歪む。


「そこまで言うならよお」


右手のナイフが、ふっと下がった。


カチン――。


刃を鞘に収める音が、妙に小さく響く。


フレアの目が、わずかに細まる。


「……?」


その瞬間――

スカルの左手が、腰の奥へ滑った。


シュッ。


短い音とともに、異形の刃が抜き放たれる。


カチリ。


指の間で止まったそれは、奇妙な形をしていた。


一本の柄から、左右へ裂ける二本の刃。

湾曲した牙のようなその異形は、刺さり、引けば、肉を抉り取る。


スカルが、低く嗤う。


「こいつの名は――髑髏スカル・ファング


刃先が、ぬらりとフレアへ向いた。


「クソ記録官たちと同じように、

 お前もこいつで黙らせてやるよ!」


さっきまでとは質の違う殺気が、場に溢れ出す。

砂の上の空気さえ、ぴんと張りつめたようだった。


フレアは、小さく息を吐いた。


一瞬の静寂。


そして、静かに言い放つ。


「……来なよ。

 あんたの罪を、私が終わらせてあげる」


その言葉が落ちると同時に、砂がひと粒こぼれ落ち、きらり、と光が弾ける。


地面に突き立つスカルのナイフ。


その鋭い刃の中で、

向かい合う二人の姿が、淡く揺れていた。

『灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜』を読んでいただき、ありがとうございます。


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