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20/22

砂を踏み鳴らせ

本作は『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』の外伝ですが、単体でも読める作品にしています。


ただし、もし少しでも「灯とは?」「記録官とは?」

と気になる部分がありましたら、本編でより深く描いています。


興味を持っていただければ、ぜひこちらからどうぞ。

→https://ncode.syosetu.com/n5378ky/

挿絵(By みてみん)



乾いた風が吹き抜け、フォルドの叫びの余韻は、

やがて砂に吸われるように沈んでいった。


審判役のヘルモーズのもとへ、一人の記録官が小走りで駆け寄った。耳元に口を寄せ、低く何かを告げると、記録官はそそくさと立ち去る。


ヘルモーズは志願者たちへ向き直り、

皺の刻まれた口元に、いつもの柔らかな笑みを浮かべながら言った。


「――ご静粛に」


ざわめきが、少しずつ静まる。


「第十四回戦の志願者が、まだ席を外してございます。先に、もう一人をお呼びいたしましょう」


ヘルモーズは手元の記録板をちらりと見下ろし、

わずかに声を張る。


「――スカル!」


その名が響いた瞬間、

志願者たちの輪の中で、空気がわずかに動いた。


フードを深く被った影が人垣を割り、怠そうに歩み出る。

ヘルモーズの前で立ち止まると、頭ひとつ以上高い背丈が、腰を折るように身をかがめた。


フードの影の奥から、鋭く光る目がヘルモーズを覗き見る。だが、ヘルモーズはその視線を受けても、表情を変えない。


「おい、ジジイ」


スカルの口元が歪む。


「俺の相手は、あんたでもいいんだぜ?」


言いながら、わざとゆっくりと腰のナイフへ手を伸ばす。


その指先が柄に触れた瞬間、

周囲の空気がぴんと張り詰める。


だが、ヘルモーズは、微笑みを崩さなかった。


「謹んで、お断りいたします」


穏やかな声で答えると、目尻の皺を少しだけ深くしてわずかに肩をすくめる。


「ところで……」


ヘルモーズはゆっくり首を傾けた。


「恐縮ですが――

 何故記録官を嫌うあなた様が、こんな試験に志願されているのです?」


その問いに、スカルの表情がすっと消える。

舌打ちをひとつ落とし、肩を揺らした。


「ふん……。そんなもん……

 村を助ける。それでいいだろ」


ヘルモーズは、ふむ、と小さく頷く。

だが、その目は静かにスカルを見据えていた。


「果たして、そうでしょうか?

 あなた様の言動や行動には、矛盾点が多い。

 短気は損気とも言います。目的を、見失わぬ様に」


スカルの眉がぴくりと跳ねた。


「何が言いたい?」


ナイフの柄を、ぎり、と握る。


だがヘルモーズは、くすりと笑った。


「いえいえ、何でもございません」


わざとらしく両手を軽く広げる。

そして、ふと思い出したように言葉を付け足した。


「それと、ジジイとはいささか早計ですな。

 私はまだ壮年でございます」


踵を返し、にこやかに声を張る。


「皆様、しばしお待ちを。先方がいらっしゃらなかった場合は、スカル様の不戦勝とさせていただきます」


志願者たちの輪から、低い悪態がこぼれた。


「おいおい、冗談だろ」


「あの赤髪、早く来いよ……」


スカルはその声に、ゆっくりと顎を上げる。


フードの影の奥の目が、そこに現れるはずのフレアの姿を探していた。


――


フリージアの衛生室を出て、短い回廊を進む。


革靴が歩く度に、

コン……コン……カッ……と、石床を叩く。

壁に取り付けられた青白い灯が、その音に呼応するように淡く揺れ、床に落ちる影を長く引き伸ばしている。


回廊の先にある、だだっ広い広間。 


整然と並べられた長机。

その脇を抜けると、書き物をする記録官や、

話し込んでいた記録官の家族らしい人々が、

足音に、ふと振り向く。


長机の列が途切れると、

塔の外へ通じる通路がまっすぐ伸びていた。


通路の突き当たり――


巨大な鉄門の前で二人の記録官が、壁にもたれて立っていた。赤い髪に気づくと、片方が体を起こす。


「志願者のフレアだな?」


少女がこくりと頷くと、記録官は顎で門を示した。


「門を開く。急げ、次は君の試合だ」


扉の向こうから、歓声とも怒号ともつかない音が押し寄せていた。


血の匂い。砂の匂い。

そして、誰かの恐怖が焦げた匂い。


太い鎖が引かれる。


……ギギ……ギギギギ……


鉄が石を擦る重たい音が響き、門がゆっくりと動き始めた。


フレアは、矢筒の口に指を添え、矢尻を撫でる様に数える。弓の握りを確かめると、軽く弦を弾いた。


ビィィィィン――。


乾いた音が、静かな通路に細く響く。


やがて、門がわずかに押し開かれた。

その隙間から、眩しい白い光が流れ込む。


視界が一瞬白に染まり、フレアは思わず目を細めた。

外の熱気とざわめきが、一気に流れ込む。

地鳴りの重低音が、胸の鼓動を打つ。


ドンッ……ドンッ……バンッ……!


門をくぐると、背後で声がした。


「……おい」


振り返ると、記録官の男が

にやりと笑って親指を立てていた。


フレアは一瞬、きょとんとする。

それから小さく笑い、同じように、親指を立てて返す。


背筋を伸ばし、石の階段をゆっくり降りていくと、

横の壇上が視界に入った。


ヴァルターは椅子に腰掛けたまま、一度だけ振り向く。鋭い視線は、フレアをまっすぐと射抜いた。


その隣で、ユリウスが口髭を上げ、軽く片手を上げる。さらにその横でグレイブが、にっと歯を見せ、顎を前にしゃくった。


フレアは目を瞬かせながら軽く頭を下げ、

再び視線を前へ戻す。


砂の上に降りた、その時――


ドンッ!!


鈍い音と風圧が押し寄せ、第一・ニ班の円から一人の志願者が弾き飛ばされた。男の身体が砂を転がり、砂煙がぶわりと舞い上がる。


志願者の輪の中で、ウルグニルが腹を揺らして手を打ち鳴らし、その先で、槍がすっ、と持ち上がる。


円の中央で振り向きざま、ガイウスは顎を上げ、

フレアの姿を認めると、逆立つ金色の髪が、ぴり、と風に震えた。


フレアは腕を上げて風圧を避けると、第三・四班の円へと視線を向けた。


乾いた土の上を、まっすぐ歩く。


ザッ……ザッ……ドン。


張り詰めた空気を裂き、靴底が砂を踏み鳴らす。


その音に気づいた志願者たちが、次々と顔を上げた。


「あ……」


強張った表情が、ふっと緩む。

小さく息を吐く者。

口がほころぶ者もいる。


誰もが身を引き、まるで、無言の合図でも交わしたかのように、道がゆっくりと開いていく。


誰かが、すれ違いざまにフレアの肩を軽く叩く。

フレアは肩を撫でながら、その度に、わずかに身を引き、口元に苦笑を浮かべる。


横から記録官が腕を広げ、志願者たちの腕を押し返した。まるで盾になるように、フレアの進む道を確保する。


ざわめきが、次第に大きくなる。

その音の奥で、ヘルモーズが声を落とす。


「――おや」


記録板を覗き込んでいたヘルモーズが、ゆっくり顔を上げた。志願者の影の向こう、揺れる赤い髪を捉える。


口元の笑みが、ほんのわずか深くなる。


「どうやら――お待たせしたようですな」


スカルがゆっくりと振り向く。

それにつられるように、志願者たちの視線も一斉に同じ方向へ向いた。


ネレクが顎をわずかに上げ、隣で蹲っていたフォルドは、おずおずと顔を覗かせた。


ヘルモーズは軽く頷き、声を張った。


「第十四回戦、もう一人の志願者――」


わずかに間を置く。


「フレア!」


その名が落ちた瞬間。

ざわめきが、ドッと膨らんだ。


誰かが手を打ち鳴らす。

志願者たちの足が、次々と地面を踏み鳴らしていく。


「フレア! フレア!」


「やれー!赤髪!そいつをぶっ倒せー!」


「フレア!さっきの化け物を倒した弓、

 また見せてくれよ!」


フレアは歩みを止めない。


鼓動のような地響きに、訳がわからず足が弾む。

小さく肩が揺れ、両腕を曲げて軽く踊る。

思わず笑みが溢れる。


離れた場所でシンは、ふっと目を見開き、その無邪気な笑みを、思わず目で追う。

その後ろで、ジェミルが愉快そうにくすりと笑い、同じように肩を揺らした。


フレアは赤い髪をふわりと振り、

笑みを残したまま、砂の円へ足を踏み入れた。

中央に立つスカルをまっすぐ見据える。


スカルはフードを脱ぐと、眼前に立つ戯けた少女を見下ろした。口元が、苛立たしげにわずかに歪む。


「随分と人気者じゃあないか」


顔はそのまま、視線だけ、周囲の志願者たちをちらりと見回す。


「まるで――もう記録官になったつもりか?」


フレアは小首をかしげた。


「あは……? さぁ。何でだろ?」


両手を軽く振り、肩をすくめてみせる。

その仕草は、まるで世間話でもしているようだった。


だが、次の瞬間。


赤い髪がぴたりと止まり、

フレアの視線が、すっと鋭くなる。


「でも、わかってることが二つある」


スカルの目が、フレアを睨む。


「あんたがミックを――」


フレアは一歩、踏み出す。


「ぼこぼこになるまで痛めつける、

 陰険なやつってこと」


わずかな沈黙。


そしてフレアは、口元に小さく笑みを浮かべた。


「それと――」


肩から弓を外し、手に取る。

靴底がズッと鳴り、砂が散る。


「私があんたを、ぶっ飛ばすってこと!」


スカルの口角が、歯が剥き出しになるほど持ち上がった。


「くっくっく……」


肩が揺れる。

やがてスカルは、腰のナイフを引き抜き、

指先でくるりと回した。


刃が空気を裂き、銀の弧を描く。


「やってみせろ!赤髪のフレア!」


その声を皮切りに、ヘルモーズが腕を振り上げる。


「第十四回戦、フレア対スカル。始め!」


――ドンッ!


砂が爆ぜ、スカルが踏み込む。


一歩、二歩――

次の瞬間、スカルの身体がふっと消えた。


フレアの目が、わずかに横へ走る。


ギィィンッ!


その瞬間、砂煙の中で乾いた金属音が響いた。

火花が散り、鋭い刃の腹を、フレアの弓が弾き返す。


「――っ!」


フレアの眉がわずかに寄る。

赤い髪が風圧に煽られて、ばさりと揺れた。


黒い影が地を這い、一直線に伸びた脚の先、仕込みナイフが弾丸のような速さでフレアの腹を掠めた。


だが、スカルは止まらない。


伸び切った脚のまま地面に片手をつく。

その瞬間、身体が回転し、砂がぶわりと舞い上がる。


もう片方の脚が大きく弧を描いた。


「おっと!」


フレアは反射的に後ろへ跳ぶ。

刃が鼻先をかすめ、風が頬を叩いた。


スカルの口角が、にやりと持ち上がる。


回転を止めたスカルが、ぐっと上半身を起こした。

鋭い目が、獲物を逃すまいとフレアを捉える。


「まだ終わりじゃねぇぞ!」


右手のナイフが閃く。


「速いけど――まっすぐすぎ!」


フレアの目が、きらりと光った。


彼女の手が、スカルの腕をガシッと掴む。

そのまま刃をかわし、その腕の横に身体を滑り込ませた。


引き寄せた勢いで、身体がくるりと持ち上がる。


「とおっ!」


赤い髪がふわりと舞い上がり、

フレアの身体が、逆さまのままスカルの肩口をかすめ、宙へ跳ね上がった。


「何っ!?」


スカルは思わず目を見開き、空を仰ぐ。


空中でフレアの手が矢筒へ走る。

一本の矢を掴み、そのまま弓に番える。


ヒュンッ!


鋭い風切り音。


カンッ!!


スカルの手元で火花が弾けた。

ナイフが弾き飛ばされ、くるくると回りながら砂へ突き刺さる。


志願者たちの輪が、どっと揺れた。


「今の見たか!?」


「速え……! 人間かあれ!?」


ざわめきが一気に膨らむ。


フレアが着地する。

わずかによろめき、靴底がザッと砂を削った。


「……とっと」


弓をくるりと持ち直し、にっと笑う。


スカルは振り返り、喉を鳴らした。


「俺の腕を踏み台にし、

 矢を射る時間と距離を稼ぐとはな……」


口元が歪む。


「いい反応だ」


スカルは腕を腰のベルトへ伸ばし、鞘から二本目のナイフを抜き出した。

刃が冷たい光を散らし、獲物を測る獣のように、目を鈍く光らせる。


すぐには踏み込まない。


フレアは肩の力を抜き、矢筒から矢を抜くと、指の中で軽く持ち直した。


赤い髪の奥で、瞳がすっと細くなった。


「あんたもだいぶ喧嘩慣れしてるみたいだけど――」


フレアは弓を、ゆっくり構えた。


「こっちも森の獣たちに、死ぬほど鍛えられてきたんだよね!」

『灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜』を読んでいただき、ありがとうございます。


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