責任と覚悟
本作は『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』の外伝ですが、単体でも読める作品にしています。
ただし、もし少しでも「灯とは?」「記録官とは?」
と気になる部分がありましたら、本編でより深く描いています。
興味を持っていただければ、ぜひこちらからどうぞ。
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フォルドの目が血走り、剣先を何度も突きつけて叫ぶ。
「おい、聞こえてんのか!? 跪いて謝れ!
負けを認めろって言ってんだよ!」
カチ、カチ。
「……」
フィオナは答えない。
視線も上げず、連結棍の繋ぎ目を、静かに、さらに引き伸ばしていく。
「……まだやる気か。仕方ねぇ!」
フォルドは歯を鳴らし、剣を構え直した。
剣先が、すっと沈む。
粗雑さは依然として消えない。
だが、迷いと遊びはない、必死の踏み込み。
「痛い目、見せてやる!」
剣は一直線に、フィオナの肩口を狙って走った。
だが、フィオナは退かない。
棍を、横一線に構える。
ガンッ――!
鈍く重い音。
連結棍の金属節が剣を受け止め、衝撃が両腕を貫く。
指先が痺れ、肘が抜けそうになる。
「……くっ……!」
歯を食いしばるフィオナの喉から、かすれた声が漏れた。
「このまま、押し切ってやるよ!」
フォルドは体重を預けるように、さらに力を乗せる。
棍が、じりじりと押し戻され、二人の距離が否応なく詰まっていく。
「くっ……」
フィオナの指が、棍の中央へと滑った。
グリ、グリ……。
「諦めろって……!」
腕が震える。
掌に汗が滲み、握りが甘くなりそうになる。
それでも――退かない。
ググ……。
フォルドの荒い息が、頬にかかる。
――今だ。
手首を捻る。
引く。
ガチンッ。
乾いた金属音とともに、
リンク・タクトは、真ん中で二つに分かれた。
「何っ――!?」
フォルドの声が裏返る。
周囲の志願者たちが、思わず一斉に身を乗り出した。
支えを失った剣が滑り、踏み込みの勢いのまま、フォルドの身体が前に流れる。
次の瞬間――
ドンッ!!
脇腹に、鈍い衝撃。
「ぐっ……!?」
フィオナは低く身を落とし、分離した右手の棍を振り抜く。
間髪入れず、左が続く。
ガッ!
剣を握る手首を叩かれ、
剣が、乾いた音を立てて地面に転がった。
「ちっ……このっ……!」
フォルドが、よろめくように後退る。
フィオナは、その隙を逃さない。
靴底を捻り、左手の棍に引かれるまま、身体を回転させる。
ガンッ!!
背を打たれ、フォルドの膝が地に落ちた。
「ぐはっ……!!」
低いざわめきが、抑えきれずに広がる。
誰もが、ほんの一瞬前まで劣勢だったはずの少女を、信じられないものを見る目で追っていた。
壇上でユリウスは、筆を持つ手で一度だけ口髭を撫でる。
感情を挟まず、そのまま筆を降ろし、メモ帳の上を静かに走らせた。
フレアは、はっと息を呑んだ。
握った拳が、無意識に突き上がる。
「フィオナっ!! いけ……! 今……!」
フィオナの左の棍が、フォルドの肩へと振り抜かれる――
「……これで……!!」
だが。
ガッ!
動きが、止まった。
フォルドの両手が、寸前でフィオナの腕を掴んでいた。
指が、食い込む。
「……舐めんじゃ、ねぇ!!」
次の瞬間、
フィオナの身体が、逆さに宙を舞う。
「――っ!」
地面に叩きつけられる直前、
フィオナは身体を丸め、そのまま転がって距離を取った。
砂を蹴り、フォルドは即座に剣を拾い上げ、踏み込む。
ガキィィン!
剣と棍が絡み、弾き合う。
互いの呼吸が、荒く乱れる。
「謝れって言ってんだろ! この……クソ女がっ!」
「嫌……! ここで一勝だけでも……
あなたに勝って……私の責任と覚悟を示す……!」
「はっ……責任? 覚悟?
何様だよ、お前!」
フォルドは、吠えるように踏み込む。
「俺はなぁ! 記録官の“息子”だぞ!
お前らみたいな村の連中の覚悟なんて知らねえよ! 記録に残らねぇもんは、存在しねぇのと同じだ!」
剣が振り下ろされる。
フィオナは片方の棍で受け、もう片方で払う。
「記録官に殉ずる人が……
何も知らないまま、踏みにじるんですか……!!」
ドゴッ。
蹴りが横腹に突き刺さり、息が詰まる。
「ぐっ……!」
「俺が!
俺がここで負けたらどうなると思ってんだ!?」
バシッ。
棍が、フォルドの頬を打つ。
「ちっ……!」
次の瞬間、
剣の柄が、フィオナの頭を打ち抜いた。
ゴンッ。
「ああっ……!」
フィオナの視界が、白く弾ける。
「立場ってもんがあんだよ!!
俺はお前みたいな女に負けて、
笑われるわけにはいかねぇんだ!!」
「……それでも……!」
こめかみから血を流しながら、フィオナは立つ。
足取りはふらつき、視線も揺れる。
「それでも……あの子たちが……
いなくていい理由にはならない……!!」
「黙れ!!」
ドン。
バキッ。
ガッ。
優雅さも、理屈もない。
ただの、殴り合いだった。
フィオナの視界が、赤く濁る。
膝が、折れかける。
それでも――立つ。
連結棍を振る。
当たる。
痛みを与える。
だが、力が――続かない。
呼吸が、追いつかない。
腕が、上がらない。
フォルドも限界だった。
肩で息をし、動きは重い。
二人は、ほとんど掴み合うような距離にいる。
泥に足を取られ、剣も棍も、もはや綺麗な軌道を描かない。
ユリウスは壇上で、
ただ目だけを細め、二人の距離と、呼吸と、足運びの乱れを追う。
周囲の志願者たちは、完全に静まり返っていた。
――どちらが勝つか、ではない。
――どちらが、先に崩れるか。
フィオナの視界が揺れる。
耳鳴り。
重たい頭。
それでも、前を見る。
最後に――
連結棍を、振り上げる。
だが、その腕は――
途中で、止まった。
力が、抜ける。
「……あ……」
世界が、傾く。
フォルドの剣が、振り上げられる。
「……」
その瞬間、
フィオナの身体は前に崩れ――
ドサッ。
地面に倒れた。
ざわり、と周囲が揺れる。
紫の髪が、砂の上に静かに広がる。
フィオナは、微動だにしない。
「おい、大丈夫か!?」
審判の記録官が駆け寄り、咄嗟にフォルドの前に手を伸ばす。
フォルドは、剣を振り上げた姿勢のまま、ぴたりと止まっていた。
呼吸が荒く、肩が大きく上下する。
一拍。
二拍。
「……気を失っている」
記録官の声が、ようやく場に落ちる。
「勝負あり! 勝者――フォルド!」
宣告は乾いていた。
歓声は、どこにもない。
フォルドは、ゆっくりと剣を下ろした。
肩を落とし、その場に立ち尽くしたまま、倒れたフィオナを見つめている。
勝った。
確かに、勝った。
だが――
胸の奥に、
何か硬いものが引っかかったまま、動かない。
「……はぁ……」
短く息を吐き、フォルドは何も言わずに剣を鞘に収めた。
その背中を、
誰も、笑えなかった。
フレアは、気づけば歯を強く食いしばっていた。
赤い髪が揺れ、奥歯が、きし、と鳴る。
握りしめた拳が、抑えきれずに震えている。
一歩、踏み出したい。
けれど、足が動かなかった。
「……フィオナ……」
声は、掠れていた。
怒鳴ることも、駆け寄ることもできない。
ただ、記録官に抱えられ、運ばれて行く小さな肩から目を逸らせなかった。
拳をゆっくりと開く。
指先に残る震えを、振り払わず、そのまま受け入れるように。
少し離れた場所で、
シンは静かに目を伏せる。
壇上。
ユリウスは、無言のままその光景を見下ろしていた。
視線は、倒れたフィオナから、
次にフォルドへ、
そして志願者たちへと、ゆっくり巡る。
「……」
声はない。
だがその沈黙は、この試合が、単なる勝敗では終わらないことを、はっきりと告げていた。
「……フォ、フォルド……」
戻ってきたフォルドに、ミックは戸惑った表情で声をかける。
「……ちっ」
フォルドは構いもせず、地に唾を吐き、腰を降ろした。
ネレクは視線を合わせず、
ただ無表情のまま、空を仰いでいる。
しばらくして、
フォルドが小さく、誰にともなく呟いた。
「……こんなはずじゃねぇ」
――
向かいの円。一組・第四回戦。
ドォォォォォォンッ!!
衝撃音が、空気を叩き潰す。
「ぐああっ!!」
男の身体が弾き飛ばされ、砂を巻き上げて地面を転がった。
カラン――。
砂埃の中で、背の高い影が佇む。
三又の長槍が淡く光を放っている。
男は荒い息を吐き、必死に身体を起こそうとする。
震える指先が、落とした剣へと伸びた。
その瞬間――
バチッ。
「うっ……!?」
指が触れる寸前、走った衝撃が腕を貫き、痺れが肩口まで一気に駆け上がる。
男の顔が歪み、苦悶と驚愕が入り混じった表情に変わった。
次の瞬間には、
鼻先すれすれに、冷たい槍先が突きつけられる。
カチャリ。
金属が噛み合う、乾いた音。
「……な、なんだこいつ」
男は喉を鳴らし、息を呑む。
「身体中が……ビリビリする……」
砂塵が引き、槍の主が姿を現す。
逆立つような金色の髪が、
風を受け、わずかに揺れる。
整った顔立ち。
凛とした眼差し。
その佇まいは気品すら漂わせながらも――同時に、戦いを愉しむ武人のそれだった。
槍を構えたまま、ガイウスは男を見下ろす。
視線に、迷いも、憐れみもない。
「勝者――ガイウス・バルナーク!」
宣告が響いた瞬間、周囲がざわめいた。
「……今の、見たか?」
「一瞬、何か光ったぞ……」
誰もが、その存在感に息を呑む。
ガイウスはゆっくりと槍を引き、胸を張った。
そして、自然と視線が壇上へと向く。
そこには、腕を組んだ男――グレイブがいた。
彼は満足そうに口元を緩め、わずかに頷いてみせる。
だが、その隣。
父、ユリウス・バルナークは、無表情のまま椅子に座り、
視線を手元のメモ帳に落としていた。
さらさら、と筆が走る。
ガイウスのその視線に、相変わらず、応えようとする素振りすら見せない。
ガイウスは小さく息を吐き、視線を切った。
「……ふっ」
何事もなかったように長槍を肩へ担ぎ直すと、
背筋を伸ばしたまま、静かに志願者の輪へと戻っていった。
その背中を、
少し離れた場所から、巨漢の男が見つめていた。
岩を削り出したような体躯。
肩から腕、首筋にかけて盛り上がった筋肉には、
浮き出た血管が縄のように走っている。
分厚い唇が裂けるように歯を剥き出し、
低く、喉の奥から笑い声が漏れた。
「ぐはははっ……」
ウルグニル――
自称、石の心臓を持つ男の視線は、
野獣が獲物を見定める時の眼差し。
そのものだった。
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