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責任と覚悟

本作は『灯の断章 〜ココと記録の塔〜』の外伝ですが、単体でも読める作品にしています。


ただし、もし少しでも「灯とは?」「記録官とは?」

と気になる部分がありましたら、本編でより深く描いています。


興味を持っていただければ、ぜひこちらからどうぞ。

→https://ncode.syosetu.com/n5378ky/

挿絵(By みてみん)



フォルドの目が血走り、剣先を何度も突きつけて叫ぶ。


「おい、聞こえてんのか!? 跪いて謝れ!

 負けを認めろって言ってんだよ!」


カチ、カチ。


「……」


フィオナは答えない。

視線も上げず、連結棍リンク・タクトの繋ぎ目を、静かに、さらに引き伸ばしていく。


「……まだやる気か。仕方ねぇ!」


フォルドは歯を鳴らし、剣を構え直した。

剣先が、すっと沈む。


粗雑さは依然として消えない。

だが、迷いと遊びはない、必死の踏み込み。


「痛い目、見せてやる!」


剣は一直線に、フィオナの肩口を狙って走った。


だが、フィオナは退かない。

棍を、横一線に構える。


ガンッ――!


鈍く重い音。


連結棍リンク・タクトの金属節が剣を受け止め、衝撃が両腕を貫く。

指先が痺れ、肘が抜けそうになる。


「……くっ……!」


歯を食いしばるフィオナの喉から、かすれた声が漏れた。


「このまま、押し切ってやるよ!」


フォルドは体重を預けるように、さらに力を乗せる。

棍が、じりじりと押し戻され、二人の距離が否応なく詰まっていく。


「くっ……」


フィオナの指が、棍の中央へと滑った。


グリ、グリ……。


「諦めろって……!」


腕が震える。

掌に汗が滲み、握りが甘くなりそうになる。


それでも――退かない。


ググ……。


フォルドの荒い息が、頬にかかる。


――今だ。


手首を捻る。

引く。


ガチンッ。


乾いた金属音とともに、

リンク・タクトは、真ん中で二つに分かれた。


「何っ――!?」


フォルドの声が裏返る。


周囲の志願者たちが、思わず一斉に身を乗り出した。


支えを失った剣が滑り、踏み込みの勢いのまま、フォルドの身体が前に流れる。


次の瞬間――


ドンッ!!


脇腹に、鈍い衝撃。


「ぐっ……!?」


フィオナは低く身を落とし、分離した右手の棍を振り抜く。

間髪入れず、左が続く。


ガッ!


剣を握る手首を叩かれ、

剣が、乾いた音を立てて地面に転がった。


「ちっ……このっ……!」


フォルドが、よろめくように後退る。


フィオナは、その隙を逃さない。

靴底を捻り、左手の棍に引かれるまま、身体を回転させる。


ガンッ!!


背を打たれ、フォルドの膝が地に落ちた。


「ぐはっ……!!」


低いざわめきが、抑えきれずに広がる。

誰もが、ほんの一瞬前まで劣勢だったはずの少女を、信じられないものを見る目で追っていた。


壇上でユリウスは、筆を持つ手で一度だけ口髭を撫でる。

感情を挟まず、そのまま筆を降ろし、メモ帳の上を静かに走らせた。


フレアは、はっと息を呑んだ。

握った拳が、無意識に突き上がる。


「フィオナっ!! いけ……! 今……!」


フィオナの左の棍が、フォルドの肩へと振り抜かれる――


「……これで……!!」


だが。


ガッ!


動きが、止まった。


フォルドの両手が、寸前でフィオナの腕を掴んでいた。

指が、食い込む。


「……舐めんじゃ、ねぇ!!」


次の瞬間、

フィオナの身体が、逆さに宙を舞う。


「――っ!」


地面に叩きつけられる直前、

フィオナは身体を丸め、そのまま転がって距離を取った。


砂を蹴り、フォルドは即座に剣を拾い上げ、踏み込む。


ガキィィン!


剣と棍が絡み、弾き合う。

互いの呼吸が、荒く乱れる。


「謝れって言ってんだろ! この……クソ女がっ!」


「嫌……! ここで一勝だけでも……

 あなたに勝って……私の責任と覚悟を示す……!」


「はっ……責任? 覚悟?

 何様だよ、お前!」


フォルドは、吠えるように踏み込む。


「俺はなぁ! 記録官の“息子”だぞ!

 お前らみたいな村の連中の覚悟なんて知らねえよ! 記録に残らねぇもんは、存在しねぇのと同じだ!」


剣が振り下ろされる。

フィオナは片方の棍で受け、もう片方で払う。


「記録官に殉ずる人が……

 何も知らないまま、踏みにじるんですか……!!」


ドゴッ。


蹴りが横腹に突き刺さり、息が詰まる。


「ぐっ……!」


「俺が!

 俺がここで負けたらどうなると思ってんだ!?」


バシッ。


棍が、フォルドの頬を打つ。


「ちっ……!」


次の瞬間、

剣の柄が、フィオナの頭を打ち抜いた。


ゴンッ。


「ああっ……!」


フィオナの視界が、白く弾ける。


「立場ってもんがあんだよ!!

 俺はお前みたいな女に負けて、

 笑われるわけにはいかねぇんだ!!」


「……それでも……!」


こめかみから血を流しながら、フィオナは立つ。

足取りはふらつき、視線も揺れる。


「それでも……あの子たちが……

 いなくていい理由にはならない……!!」


「黙れ!!」


ドン。

バキッ。

ガッ。


優雅さも、理屈もない。

ただの、殴り合いだった。


フィオナの視界が、赤く濁る。

膝が、折れかける。


それでも――立つ。


連結棍リンク・タクトを振る。

当たる。

痛みを与える。


だが、力が――続かない。


呼吸が、追いつかない。

腕が、上がらない。


フォルドも限界だった。

肩で息をし、動きは重い。


二人は、ほとんど掴み合うような距離にいる。

泥に足を取られ、剣も棍も、もはや綺麗な軌道を描かない。


ユリウスは壇上で、

ただ目だけを細め、二人の距離と、呼吸と、足運びの乱れを追う。


周囲の志願者たちは、完全に静まり返っていた。


――どちらが勝つか、ではない。

――どちらが、先に崩れるか。


フィオナの視界が揺れる。

耳鳴り。

重たい頭。


それでも、前を見る。


最後に――

連結棍リンク・タクトを、振り上げる。


だが、その腕は――

途中で、止まった。


力が、抜ける。


「……あ……」


世界が、傾く。


フォルドの剣が、振り上げられる。


「……」


その瞬間、

フィオナの身体は前に崩れ――


ドサッ。


地面に倒れた。


ざわり、と周囲が揺れる。


紫の髪が、砂の上に静かに広がる。

フィオナは、微動だにしない。


「おい、大丈夫か!?」


審判の記録官が駆け寄り、咄嗟にフォルドの前に手を伸ばす。


フォルドは、剣を振り上げた姿勢のまま、ぴたりと止まっていた。

呼吸が荒く、肩が大きく上下する。


一拍。

二拍。


「……気を失っている」


記録官の声が、ようやく場に落ちる。


「勝負あり! 勝者――フォルド!」


宣告は乾いていた。

歓声は、どこにもない。


フォルドは、ゆっくりと剣を下ろした。

肩を落とし、その場に立ち尽くしたまま、倒れたフィオナを見つめている。


勝った。

確かに、勝った。


だが――


胸の奥に、

何か硬いものが引っかかったまま、動かない。


「……はぁ……」


短く息を吐き、フォルドは何も言わずに剣を鞘に収めた。


その背中を、

誰も、笑えなかった。


フレアは、気づけば歯を強く食いしばっていた。


赤い髪が揺れ、奥歯が、きし、と鳴る。

握りしめた拳が、抑えきれずに震えている。


一歩、踏み出したい。

けれど、足が動かなかった。


「……フィオナ……」


声は、掠れていた。

怒鳴ることも、駆け寄ることもできない。


ただ、記録官に抱えられ、運ばれて行く小さな肩から目を逸らせなかった。


拳をゆっくりと開く。

指先に残る震えを、振り払わず、そのまま受け入れるように。


少し離れた場所で、

シンは静かに目を伏せる。


壇上。


ユリウスは、無言のままその光景を見下ろしていた。


視線は、倒れたフィオナから、

次にフォルドへ、

そして志願者たちへと、ゆっくり巡る。


「……」


声はない。

だがその沈黙は、この試合が、単なる勝敗では終わらないことを、はっきりと告げていた。


「……フォ、フォルド……」


戻ってきたフォルドに、ミックは戸惑った表情で声をかける。


「……ちっ」


フォルドは構いもせず、地に唾を吐き、腰を降ろした。


ネレクは視線を合わせず、

ただ無表情のまま、空を仰いでいる。


しばらくして、

フォルドが小さく、誰にともなく呟いた。


「……こんなはずじゃねぇ」


――


向かいの円。一組・第四回戦。


ドォォォォォォンッ!!


衝撃音が、空気を叩き潰す。


「ぐああっ!!」


男の身体が弾き飛ばされ、砂を巻き上げて地面を転がった。


カラン――。


砂埃の中で、背の高い影が佇む。

三又の長槍が淡く光を放っている。


男は荒い息を吐き、必死に身体を起こそうとする。

震える指先が、落とした剣へと伸びた。


その瞬間――


バチッ。


「うっ……!?」


指が触れる寸前、走った衝撃が腕を貫き、痺れが肩口まで一気に駆け上がる。

男の顔が歪み、苦悶と驚愕が入り混じった表情に変わった。


次の瞬間には、

鼻先すれすれに、冷たい槍先が突きつけられる。


カチャリ。


金属が噛み合う、乾いた音。


「……な、なんだこいつ」


男は喉を鳴らし、息を呑む。


「身体中が……ビリビリする……」


砂塵が引き、槍の主が姿を現す。


逆立つような金色の髪が、

風を受け、わずかに揺れる。


整った顔立ち。

凛とした眼差し。


その佇まいは気品すら漂わせながらも――同時に、戦いを愉しむ武人のそれだった。


槍を構えたまま、ガイウスは男を見下ろす。

視線に、迷いも、憐れみもない。


「勝者――ガイウス・バルナーク!」


宣告が響いた瞬間、周囲がざわめいた。


「……今の、見たか?」


「一瞬、何か光ったぞ……」


誰もが、その存在感に息を呑む。


ガイウスはゆっくりと槍を引き、胸を張った。

そして、自然と視線が壇上へと向く。


そこには、腕を組んだ男――グレイブがいた。

彼は満足そうに口元を緩め、わずかに頷いてみせる。


だが、その隣。


父、ユリウス・バルナークは、無表情のまま椅子に座り、

視線を手元のメモ帳に落としていた。


さらさら、と筆が走る。


ガイウスのその視線に、相変わらず、応えようとする素振りすら見せない。


ガイウスは小さく息を吐き、視線を切った。


「……ふっ」


何事もなかったように長槍を肩へ担ぎ直すと、

背筋を伸ばしたまま、静かに志願者の輪へと戻っていった。


その背中を、

少し離れた場所から、巨漢の男が見つめていた。


岩を削り出したような体躯。

肩から腕、首筋にかけて盛り上がった筋肉には、

浮き出た血管が縄のように走っている。


分厚い唇が裂けるように歯を剥き出し、

低く、喉の奥から笑い声が漏れた。


「ぐはははっ……」


ウルグニル――

自称、石の心臓を持つ男の視線は、

野獣が獲物を見定める時の眼差し。

そのものだった。

『灯の断章 外伝 〜赤い髪のフレア〜』を読んでいただき、ありがとうございます。


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