犬井は星を守りたい
「犬井さんって、ほんっと番犬だよね」
クラスメイトの女の子が、去り際にそう囁いた。
その瞬間、私はまた守ってしまったんだと気づく。
……星遥輝を。
星遥輝は完璧だ。
テストは常に学年トップ、運動会ではリレーのアンカー。廊下を歩けば誰もが振り返るほど整った容姿で、少し口角を上げるだけでため息がもれる。
でも、それは本人が口を開かなければの話だ。
「あ、あのっ、星くん! 今度一緒に帰らない?」
教室の真ん中で女の子が叫んだ。
星は目を白黒させて固まっている。
「あ、ありがとう。けど、えと、その......」
歯切れ悪くそう言って俯いた。答えにすらなっていない。
赤くなった耳を見て、相手の子は脈ありとでも思ったのだろう。頬を染め、さらに押してくる。
……見てらんないな。
私は席を立った。
犬井叶。星とは幼稚園の頃からの幼なじみだ。
「わりぃな。星はこういうの苦手だから」
割って入ると、女の子は笑顔のまま「そっか」と引き下がった。
その笑顔の奥にある「また邪魔して」という視線も、「犬井さんって、ほんっと番犬みたいだよね」という去り際の毒づきも、もう慣れた。……慣れたけど、やっぱムカつく。真っ正面から来るならまだいい。陰でこそこそ言われる方が嫌だ。直接来いよ、って思う。
「僕のせいで叶が嫌われちゃう……」
放課後の教室。窓辺に腰掛けた星は、心底しょんぼりしたような顔をする。
けれど、その長い睫毛の奥の瞳が、一瞬だけ別の光を宿したように見えた。気のせいか。
やれやれ、私の幼なじみは可愛いんだから。守ってあげたくなる要素が詰まってる。
「誰に嫌われたって、私には星がいるだろ」
いつものように言い切ると、星はふにゃりと笑った。その笑顔は、教室で誰にも見せない柔らかい顔だった。
……その笑顔を見られるのは私だけだ。そう思うと少しだけ、ふにゃっとした気持ちになる。
私は可愛くないけど、可愛い彼を守ってあげられる。
星が私のそばにいてくれる限り。
***
その夜、星遥輝はベッドに横たわり、昼間の叶の言葉を反芻していた。
「私には星がいるだろ」
世界中が叶の敵になっても、きっと彼女はそう言うだろう。
だから僕は、彼女を守りながら、同時に追い詰めている。そんな自覚が胸の奥で心地よく疼く。
やっぱり叶は可愛いな。ツンツンしているくせに、僕の前では尻尾を振る。そうやって僕だけを見ていてほしい。
犬が星をまもる。本来は高望みの喩えだ。
けれど僕にとっては当たり前の光景。彼女が頑張って僕を守ろうとするのが可愛くて、周りに嫌われてもいいと思ってしまう。それどころか、彼女が孤立することを望んでる。
嫌われて、嫌われて、周りが敵ばかりになった叶は、星である僕が守ればいい。僕だけが助けてあげられるんだ。
叶は僕を守っているつもりで、僕は叶を繋ぎ止めている。
……だって、叶は僕の犬だから。