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水無瀬村-(3)

「さて、本題に入りましょうか」

 私の言葉にみさきさんは背筋を正しました。

「数日間、聞き込みをしましたが、やはりみさきさんの言う通り、村の人達は皆さん同じ”夢”を見ているようですね…とは言っても同じ夢を共有している訳ではないようでした」当然ですが、夢単体はその個人のものと言う事ですね。私は一口、お茶を飲んで喉を潤しておきます。猫舌なので少しずつですが。

「…夢の内容も、わかりましたか…?」

「ええ…曰く、湖畔に立って、ジッと美しい湖の中央辺りを見続けるだけの夢だと、ただ湖畔に立っている位置は人それぞれで決まっている訳ではなさそうでした」夢の内容を聞いて、みさきさんの顔が一瞬だけ強張ったように見えました。

「…正直言って私はそう思わないのですが、皆さん口を揃えて、縁起が良い夢だと語っていました。なんでも、水神様のご加護がこの村にあるからこそ、この夢を見る事が出来る。そして水神様を身近に感じる事が出来る夢なんだとか」そう話す村の人達の顔を思い出します。皆、笑顔でとても幸せそうな顔をしていたのが印象に残りましたね。

「村の人達は見ているのに、どうして私だけ見ないのでしょう…」

「みさきさんは同じ夢を見たいのですか?」純粋な疑問です。

「あ、いえ…そう言う訳ではないのですが、夢を見る事が水無瀬村の一員なんじゃないかって思えてしまって…」みさきさんは思い詰めるような表情に変わります。

「疎外感と言う事ですか…?確かに他の人と同じでありたい。右へ倣え、果ては集団心理と言う事ですかね」その感情には私も覚えがあります。安心はありますが手放しに良いとも言えませんね。

「私が村の人に避けられているから…きっと水神様という存在も私が同じ村の人間って認めて貰えてないんです…」そう言ってみさきさんは黙り込んでしまった。私は掛ける言葉を探します。


「なるほどな…」その時、私の隣で静かに座っていたヨルが呟きます。ぽつりと溢したはずなのに、やけに客間に響きました。

「何がなるほど、なんですか?」私はヨルの方に向き直って言葉の続きを促します。

「俺が刀屋 みさきを気に入らない理由がわかったんだ。お前のその自分で何かしようとせず、おどおどと他人を伺うような態度がムカつくんだ」吐き捨てるように放つ、失礼すぎる言葉に私は慌てます。

「な…!なんて事言うんですか、ヨルは!」すぐに黙らせようとしますが、ヨルは止まりません。

「だが、雨だってそう思っているだろう?こんなバカみたいな話、探偵を雇ってまで調べるような話じゃない。避けられているから?認められていない?本当に気になって、知りたくてしょうがないなら自分から他人に聞く事だってできるだろう?」厳しい顔をしたヨルの瞳の中にはみさきさんが写っています。そしてヨルは言葉を続けました。

「お前はただ周りに目には見えない壁を作って、引き篭もっているだけだ。ウジウジと悩んでいる暇があったら自分から動けばいいだろう。1日でダメなら3日、それでダメならもっと時間を掛ける。そうやって距離を縮めていけばいい話だろう」

「さっき反省したと思ったらすぐに…!思った事を言うのは悪い事ではないですが、相手を傷付けるような言動は控えるべきですよ!そこで居住まいを正しなさい!!」吐き捨てるように言った後、太々しい顔で胡座をかいているヨルを叱ろうとします。

「…いい、先に出ておく。雨、外で待ってるからな」ヨルはそれだけ言うとスッと立ち上がって客間から出て行ってしまいました。

「あ!待ちなさい!ヨル!」私の静止も虚しく行ってしまいます。静寂。恐る恐る目の前のみさきさんの反応を伺いますが、ポカンと口を開けて座っているだけで、ヨルの言葉に理解が及んでいないようにも見えました。

「みさきさん、申し訳ありません。うちのバカが…」

「………あ、いえ…ヨルさんの言うことは最もだと思います…こんな事、自分で調べたら良い話です…雨さんもそう思ってますよね…」

「…いえ、そんな事ないですよ。この出来事を知る機会を与えてくださって感謝しています」本心で答えます。こんな面白そうな話なんです。幾らでも妄想が出来ます。知らなきゃ損というやつです。

「……私、この村が好きなんです………もう水無瀬村じゃなきゃ生きていられないくらいに」みさきさんはポツポツと続けますが、最後の方はよく聞き取れませんでした。

「確かにこの村は良い村ですからね。自然も多いし、御飯も美味しいです。気候も暑過ぎず、寒過ぎず丁度いいですからね」

「え…?あ、そうですよね。雨さんもそう思いますよね」思わぬ言葉だったのか、虚を突かれたような顔をした後、みさきさんはニッコリと微笑みます。私も同じく笑顔で返しました。

「とりあえず、後2日程ですが…皆が同じ夢を見る原因についても引き続いて調査しますね」

 水無瀬村での調査は6日間の予定でしたので何としても原因解明まで辿り着きたいものです。探偵としても妄想家としても。

「はい、お願いします」みさきさんは嬉しそうに笑いました。


 少しの間、他愛もない話をしました。話の内容は秘密ですよ。そうして宿に帰るには良い時刻になったので”けいしょう”に戻ろうと思います。

「さて、そろそろお暇しますね」会話の途切れにそう言って私が立ち上がるとみさきさんも頷いて同じく立ち上がります。

「色々とお話ありがとうございます。とても楽しかったです」その表情には充実感が見えます。

「私も楽しかったですよ。それでは、また何かわかれば報告しに来ますね」私は客間の出口に足を運び、玄関の方に向かいます。みさきさんも玄関まで着いてきてくれるようです。玄関で靴を履いている時、みさきさんに尋ねられました。

「…あの、えっと…雨さんは…夢を見たりしていませんよね…?」控えめな声色でしたが、明確な答えを求めているような気がしました。

「夢というのはもちろん、あの夢の事ですよね…?」私は記憶を辿るように顎に指を当てて考えます。

「覚えている限りは見ていませんね。…先程、みさきさんが言っていたように夢が住民の証だとするなら、水無瀬村の人間ではない私が見ることはないと思いますよ」そう、覚えている限りは。勿論、村人しか見ないという保証もないですし、夢は起きた時に忘れてしまうという可能性もあるとは思いますが。

「そう、ですね。安心しました…」

「安心ですか……?何か思い当たる事でもあるんですか?」振り向いてみさきさんの顔を見ます。安心した顔。振り向く瞬間、目が笑っていないように見えました。

「いえ、ごめんなさい。特に意味はないんです、ただ何となく気になったので…」本当に何にもないように見えます。気のせいだったのでしょうか。

「…そうですか、また何か気になったなら言ってください。何かのヒントになるかも知れないですしね」

「はい。雨さん、帰り道。お気を付けて」みさきさんが微かに微笑んで手を振ってくれました。

「この先何かあっても、ヨルが何とかしてくれますよ。それでは、また」私も微笑んで玄関の戸を開けます。太陽は一番高い場所に。お昼なのでお腹が空いてきましたね。


 お屋敷の門を潜ると出てすぐのところでヨルが1人で私を待っていました。

「雨…遅かったな…」私を見つけてヨルが歩み寄ってきます。結構待ったはずですが、涼しい顔をしています。

「お待たせしました」ヨルに頭を下げて待たせた事を謝罪しました。

「…で、どうだった…?」合流してそのまま宿に向かう道を歩きながら私達は話をします。耳を打つのはヨルの声と葉の擦れる音、それに水が流れる音だけでした。

「……やはり、みさきさんは何かを知っているのではないかと思います…私達の知らない何かを。ヨルの揺さぶりに対しても、特に響いていない、というより他人事という印象を受けました。最初は思考が追いついていないだけかと思いましたが、後々の反応や言葉には引っ掛かります」お屋敷でのみさきさんの行動、言動を思い出します。

「…帰る間際、彼女は私が夢を見ていないかを確認したんです。その言葉には何か意味があるはずです。みさきさんは村人の証と言っていましたが、そんな事は関係なく夢を見る可能性、方法があるのかも知れません」

「その何かには、まだ辿り着けていないみたいだな」ヨルは腕を組んだまま難しい顔をしています。

「もう少し、ヒントがあればいいのですけどね」そう言ってお屋敷に目をやります。あ、視界に何か映り込みました。私は立ち止まります。

「んん…?あれは…」お屋敷の奥。そこから真っ直ぐ、山の上の方に目を凝らします。そこに浮かび上がる赤。記憶を手繰り寄せます。

「神社の鳥居…ですか?お屋敷の奥にあったんですね」確かにどちらも同じ方向だったので、位置関係としては確かにあってもおかしくないですが、神社からはお屋敷が見えなかったので気が付かなかったですね。ですが反対側からならあの赤色が目に留まると言う事ですか。

「何か見つけたのか、雨」ヨルも立ち止まると私の目線を追って顔を向けています。

「いえ、この位置から神社が見えるんだなと」私は鳥居と思わしき赤色を指差します。

「ヨルは行った事ないですよね?後で一緒に行ってみますか?」隣のヨル尋ねてみます。

「今じゃなくても良いのか?」

「たくさんお話をしたので、お腹が空いてしまいました…空腹のままでは思考も鈍ってしまいますからね」志乃さんが作る料理は非常に美味しいので早く食べたいのですよ。

「…それで良いのか、雨」呆れた顔のヨル。解せません。ヨルもお腹空いてると思うんですが。

「良いのですよ…!神社は逃げませんが、御飯は逃げます…!」私は神社の方角に背を向けて歩き出すとヨルも追いかけてきます。そして、私達は予定通り、宿に向かう道を歩く事になりました。

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