水無瀬村-(17)
さて、みさきさんから助けてという言葉を受け取った私はかなり暗くなってしまいましたが神社を見渡します。社殿にあるわずかな灯りが三人を照らしています。
「早速ですが、他の方が来る前に実験を始めましょう!」ヨルが黙らせた村の人達はまだ神社に来る気配はありませんが、早く済ませるべきでしょう。そう思い努めて明るく声を上げます。その勢いにみさきさんはしばらく経ってから思い出したかのように何度も頷きます。
「ヨルも異論はないですよね?生贄としてマーキングされたままでは私も安心して帰れないですからね」狡い言い方ですが、こうでも言わないと説得は難しいのです。実際、かなり危ない目にあってるわけですからね。
「…刀屋 みさきのことはどうでもいいが、不安は解消するべきだな…」ヨルは牽制するようにジロッとみさきさんを見た後、私を見て息を短く吐きました。
「では髪を用意しましょう…私のリュック、何処か知りませんか?」リュックにはこんなこともあろうかと探偵の秘密道具が入っているのです。
「雨さんのリュックなら…そちらに…」みさきさんが指差す先。真っ赤な鳥居の近くに無造作に置かれているリュックがあります。実に都合が良いですね!テンポ良く行けて助かります。
私は駆け寄ってリュックの前にしゃがみ込むと中から十徳ナイフを取り出して立ち上がります。そしてリュックを背負うと二人の元に戻りました。
「これで髪を準備できますね!」パチンと鋏を出すとニヤッと笑います。灯りに鋏が妖しく光ります。
「雨、切った後はどうするんだ、ただ湖に捨てるだけか?」ヨルが疑問を投げ掛けてきます。
「それについてはですね、儀式を行いましょう。実際に生贄に捧げる時と同じ儀式を」
「……騙すなら形から、ということだな」納得してもらえたようです。
「みさきさんもそれで良いですよね?」
「はい、やりましょう…!」意思がまとまるのを感じた私達は頷き合いました。成功させましょう!
「これくらいで良いですかね」私は鋏の部分を握ると刃を無造作に前髪に当てます。
ジョキン!という音と共に髪が断たれました。
「…前髪を…躊躇なしで…」みさきさんは少し引いています。必要な犠牲なので、引かないで欲しいです。
「雨…無事に帰ったら散髪行こう」ヨルにまで心配されてしまいました。あれ、そんなに酷いことになっているんですか?ヨルを見ますが目を逸らされました。
ちょっと変な汗が出てきて、切った前髪を指で撫でます。ええい…切ってしまったのです。もうどうしようもありません。私はコホンと咳払いをすると切った髪をゴムでまとめるとみさきさんに渡します。
「次は生贄を捧げる儀式ですね…」髪を受け取った彼女は社殿の前に行き、ゆっくりとした動作で地面に置いて、数歩下がります。
「……始めます」しばしの沈黙の後、そう言うと彼女が雰囲気が変化しました。
厳かに、そして何処か後ろ暗く。
彼女の口から放たれる理解の出来ない祝詞。
気のせいでしょうか?誰かがぼそぼそと話すような声が聞こえています。
横に立つヨルを見ますが、難しい顔で静かに聞いています。
「ヨル…何か来ていますか…?」小さく聞いてみます。
「…ああ…いや、何も」ヨルの返事はなんとも煮え切らないものでした。
「それより、キョロキョロしないで儀式に集中しておけ」そう言うとそれっきり黙り込んでしまいました。
反応がないなら私も黙る他ありません。喉に小骨が引っかかったような感覚を覚えながらも儀式に集中することにしました。
そして、祝詞が終わり、辺りに静寂が戻ります。
みさきさんは僅かに震えた手で髪を拾い上げるとこちらを振り返りました。
「これで儀式は終わりました。後は湖まで行って投げ込むだけです…」
「見事な儀式、お疲れ様でした!では湖に行きましょうか!」みさきさんは喜んで良いのか微妙な顔をしました。手放しに喜べるものではなかったですね…。
みさきさんはもう一度、社殿を向くと灯りを手に取ります。私達は頷き合うと湖に向かう山道に歩き出しました。
「…成功するでしょうか」みさきさんは誰ともなしに呟きました。
「正直、わかりませんが…ダメなら他の手を考えます。成功するまで何度でも」
「ありがとうございます…」私は微笑みで返事をしました。
程なくして私達は湖に到着しました。
湿った空気の匂い。
寄せては返す水の音。
風は一切ないのに水面は揺れています。
「あそこに生贄を運ぶために用意していた舟があります」妄想する暇もなく、みさきさんがすぐ近くを指さしました。
「…行きましょう」舟まで向かおうとしたとき、ヨルが言いました。
「…後は湖の中央まで行って放り込むだけだな?俺かが行くから二人は待っていてくれ」ヨルは依代となった髪を掴むとサッと止める暇もなく舟に向かいます。 私達も後を追いかけます。
「良いんですか…?」舟に乗り込み、オールを手にしたヨルに声をかけると「ああ…湖から何か出たとしても俺ならどうとでも出来るしな」と、こちらを振り向くことなくそう言いました。
「何かが出るんですか…?」
「恐らく大丈夫…念の為だ……雨に危険なことはさせられないしな」
「なんて言いました?」最後にボソッと呟いていましたが、よく聞こえませんでした。
「気にするな、なんでもない……刀屋 みさき…妙なことはするなよ?」ヨルが振り返って鋭い目でみさきさんを見ました。まだ疑っているようです。
「ヨル!みさきさんは何もしませんよ!そうですよね?」ヨルの視線に気圧されたのか何度も頷きます。
「ほら!嬉しいですが、ヨルは心配しすぎですよ!」
「はぁ…雨は人が良すぎる…わかったよ…じゃあ行ってくる」ジッとヨルを見ると納得してくれました。そして手にしたオールを軽々と扱って、水を掻き分けて進んでいきました。水の抵抗とか結構大変だと思いますが…私では行って戻ってしていたら体力が尽きていたかもしれませんね…。
「……私には無理です」隣で舟を見ていたみさきさんも同じように思っていたようでした。
かなり小さくなったヨルと舟。
舟に灯りはないため月明かりでしかヨルを確認出来ませんが、中央辺りに到着したのがぼんやりと見えました。
「止まりましたね…あの辺りが中央なんでしょうか…?」正直、目印になりそうなものもないため、全くわかりません。
「…はい、問題ないと思います」どうやら大丈夫なようです。ヨルが見ているかわかりませんが、手で大きな丸を作っておきます。
そのとき―。
木々の隙間から。水中から。ざわざわと声が聞こえました。何かを品定めしているような。相談するような。嘆くような。苦しむような。怨むような。
途端に水面の揺れが激しくなり、月が歪みます。
私の体を何かが通り抜けたような気がしました。
…いえ、通り抜けただけでは正確ではないかもしれません。
通り抜けた何かと一緒に私の中から抜け出して行ったと言う方が良いでしょう。冷たいのか暖かいのかも定かではない何かが。
ただ、大切なものを喪失した…それだけは漠然とわかりました。
同時に、成功したと感じました。
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