水無瀬村-(16)
「待たせたな」
低い声と共に私は自由を取り戻しました。
縄が落ちる音は神社にやけに大きく響きました。
「ヨル、ありがとうございます」
後ろを振り返って声の主を確認すると少し埃を被ったヨルが、当然だと言った顔で頷いてくれました。
「雨、俺の後ろに下がっていてくれ」
私を庇うように前に立つと、冷たい目でみさきさんを睨みます。瞬間、彼女の顔が引き攣りました。
「…ど、どうして…下には…」みさきさんは狼狽えるように後ろに一歩下がります。
「村人ごときに俺が止められるわけないだろう」村の人達に阻まれていたようです。
「ヨル…怪我をさせたりしてないですよね…?」
「………当然だ」ヨルの目が泳いでいます。
「…嘘はついていないですよね?信じますよ?」ジトっとした目で彼を見ます。本当に頼みますよ。怪我人はいない方がいいんです。
「い、急いでいたからな…多分、大丈夫だと…思う…」疑わしいですが信じましょう。話も進まないですからね。もう挙動不審なヨルは無視してみさきさんに向き直って話し掛けます。
「さて、私はこれから水無瀬村から逃げようと思います。みさきさんも来ませんか…?」彼女に向けて手を伸ばします。
「な、にを、言っているんですか…」
「おい、雨!」ヨルもびっくりした顔をしています。
「…この村から出るんですよ。お役目なんて辞めて」
「だからっ!何を言ってるんですか!そんなことできるわけない!私が辞めたら村は…!」
「本当にですか…?私は思うんですよ。夢を見た末の黒いシミも生贄になるなのであれば、みさきさんがわざわざ儀式を行う必要はないんじゃないかなって」
「そ、れは…」
「少なくてもみさきさんが逃げても水無瀬村は続きますよ。それでも不安なのであれば…」一度、言葉を区切ります。みさきさんもヨルも続きを待っているようです。
「私の妄想を聞いてくれませんか?」高らかにタイトル回収をします。
「妄想…?」みさきさんの理解が追いついて、反応がありますが、先程までの勢いは伺えません。一方でヨルは完全に呆れた顔です。
「みさきさん。あなたの髪を一つ私にください」私の要望を伝えますが今度は反応してくれませんでした。
「…聞いたことありませんか?髪には魂が宿ると言う話」言葉の意味をはかりかねているのか眉を顰めています。
「…それが何だと言うんですか?」問われたので説明しましょう!
「髪に魂が宿るのであれば、それを代わりに湖に沈める。そうすることで生贄が捧げられたと水神様を勘違いさせよう、という話ですよ!」我ながら名案だと思います。チラッとヨルを見ますがもう聞いていないようでした。
「勘違い…そんなこと出来るわけ…」みさきさんは懐疑的な目でこちらを見ています。
「もちろん、検証は必要と思いますが、神様なんていう存在は人間一人一人をハッキリと区別して認識はしていないはずです」そうですよね?とヨルにも同意を求めます。
「ん?ああ…そうだな」何とも適当な返答でした。
「でも…仮にどうやって雨さんの目論見が成功したか確認するんですか…」煮え切らない態度でも関心は寄せてくれているようでした。
「それについても考えがあります…まずは私の髪の毛で実験してみましょう!村の人達と同様に私も夢によってマーキングされているので、夢を見なくなったらマーキング…生贄候補ではなくなったと考えられます!」そう言い切る私の前でみさきさんが俯いて何かを考えていました。
「…上手く行ったとして…どうしてそこまで…」そして呟くように言いました。
「ダメでしょうか…?」私はその声に応えます。
「わ、私はあなたを生贄にしようとしたんですよ!?どうして助けようとするんですか!」勢いよく顔を上げて声を荒げます。
「……あなたが私の依頼人だからですよ」様々な感情が交差している瞳を、私は真っ直ぐに受け止めて答えます。
「依頼人…だから…?でもそれは、雨さんを…」みさきさんは納得しかねてはいますが瞳は揺れていました。
「はい、私を生贄にするための偽りの依頼…ですが、みさきさんは心の何処かで現状を変えたいと思っていたんじゃないですか?」夢の調査…可能であれば夢を誰も見ることのないように解決して欲しかったと。
「それは…」みさきさんの言葉は行き先を見失ってしまいました。
「私はあなたを守り、助けますよ。探偵ですからね」そう言って私はニコッと笑います。
長い沈黙の後、みさきさんは小さな声で私に言いました。
「助けてください」と。