水無瀬村-(14)
「少し、急ぐぞ」
そう言ったヨルは私の手を握ったまま進みます。
「ヨル、何か分かりそうですか?」前を歩くヨルに声を掛けると声だけが返ってきました。
「ああ…確かに雨の言う通り、微かに臭うな…あの腐ったような」声しか聞こえませんでしたが、ヨルの眉間に皺が寄っているのがわかりました。
「であれば、それを辿れば外に続く道があるはずですね」私は確信しました。ただ、その後も何もなく脱出出来れば良いのですが…。
私達しかいない蔵は静かな筈なのですが、次第に何かが軋む音や囁くような音が聞こえました。その度に目線をやりますが誰も見当たりません。
道中はヨルは集中しているのか、気付いていないようで無言で歩いています。なのでこの音は、私だけに聞こえているのか、本当に鳴っているのか、わからなくなってしまいます。
唐突にノイズのような水音が飛び込んできました。
そして、ノイズに呼応するようにスマートフォンのライトが消えます。
「あれ……?」電源が落ちたのでしょうか?バッテリーはまだ十分残っていた筈なのですよね。私が画面を覗き込むと画面にはホーム画面が表示されています。そして1人でにカメラモードが起動します。
「わっ!」私はスマートフォンを落としそうになりました。
「どうした?」ヨルが立ち止まり振り返ります。
「…ライトが消えて、カメラが……」ヨルに画面を見せます。スマートフォンからピントが合わさるような音が聞こえています。この暗闇の中に何かがいると言うのでしょうか?
ヨルは目を細めて画面に顔を近づけています。しばらくそうした後に「雨、目を閉じていてくれ」と言われました。私は素直に従います。
目を閉じると今まで感じていた不安や多くの雑音はヨルと繋がった手の温もりの前に霧散していきます。手の力を強くすると、ヨルも握り返してくれたので更に安心出来ました。
「何か見えたんですか?」私は一応尋ねますがヨルは「…気にするな、行こう」と答えて手を引いて、再び歩き始めました。
幸いにも何かに遭遇する事はありませんでした。何か出てきた方が良かったですか?そう言わないでください。お化けなどは苦手ではありませんが、出ないに越した事はないんですよ。
「ここで途切れているな…」ヨルが立ち止まりました。どうやら到着したようですが、真っ暗で見えません。ヨルが言うにはこの場所には雑多に積み上げられた書物や荷物しかないようです。
「……ふむ。もしこの場所に隠し通路のようなものがあると仮定するならば…」私はヨルを見上げました。
私の視線を受け止めると頷いて「下か」と足元を確認しました。私は地面に膝をついて、空洞がないかを叩いてみます。それを見てヨルも同じように動いてくれます。
2人とも無言のまま、地面を叩く音だけが蔵の中に響いていきます。何度目かの打撃を地面に叩き込んでいるとわずかに音が違う場所がありました。
「この下が怪しいです」ヨルがこちらに来て同じように叩きます。
「流石に突き破るのは無理そうだな…」と呟きました。なんだかまた物騒な事を言っています。
「こういうのは何処かにスイッチがあるのが定番なんですよ?」放っておくと何をするかわからないので先に牽制しておきましょう。
「ヨル、この辺りにスイッチかそれに当たる何かがないか探して欲しいです」スマートフォンのライトが使えないので。お願い、と両手を合わせます。
「……わかった、だが俺の近くにいてくれ」頷くと近くを探索してくれるようでした。
「んー…それっぽいものはなくないか…?」探索を初めて15分程は経過したでしょうか。元より広い蔵です、そう簡単には見つからない気はしていました。
ヨルは腕を組んで近くに置いてある棚に寄りかかっています。目が慣れてきて少しは見えるようになった私も一緒に探していましたが、本当にスイッチやカモフラージュされたものは見当たりません。
「だからと言って諦める訳にはいかないですよ…閉じ込められているのですし、ここに居ても状況が改善するとは思えませんからね」
「そうだな…」と頷くヨル。
状況を打開するために私は考えます。恐らく、この下には通路があるはずです。素材の違いや継ぎ目など一見しても判別できないように作られてはいるようですが、存在しているのであれば開ける方法があるはず。一方通行…という可能性はあります。私が考えている事が正しいのであれば、その方が造りとしては都合は良いですしね。ううん…折角かっこよく、この場所まで来たのに間違っていたとは言い難いです…どうしよう。
私は顔を逸らすように下を見ると、いつの間にか足首まで水に浸かっていることに気が付きます。冷たさはすっと骨に芯まで届くようで、思わず息を吸い込んでしまいます。ヨルが隣で何事もないように立っているのが、一層不気味に感じました。
「ヨル!足元に水が!」叫ぶと、彼は怪訝そうに足元を見下ろします。
「水……?そんなもの、見えないぞ」
その瞬間、青白い指先が水面から勢いよく伸び、私の足首を締め上げました。冷たい、だけでは説明がつかない、腐った海水のようなぬめりと張りつく感触。傷だらけの指先はどす黒く、爪や皮膚が剥がれているようでした。
「ひっ…!」思わぬ事態に悲鳴が喉を震わせました。「離してください!」足を振り払おうとする度に、無数の手が私の脚を這い上がり、絡みつき、体を氷のように冷たく締め上げて、骨が軋むような錯覚に陥ります。
助けを求めるようにヨルを見ますが、彼もまた無数の手に掴まれていました。
「ヨル、手に掴まれています!」
「くそっ…!雨、何が起きている!」水と同様に手も見えていない様でしたが、何とか手を伸ばしてくれるヨル。私も何とかヨルの方に手を伸ばそうとします。
お互いの指先がほんのわずか触れようとした瞬間、私を掴む手の力は驚くほど強く、足裏から膝へ、膝から腰へと重く、スローモーションのようにゆっくりと、ですが勢いよく押し沈めました。水面はすぐに目の高さに届いて、波紋が広がるとヨルの顔が薄れて遠ざかっていきました。
肺の中に冷たい水が入り込み、耳の奥で泡立つ音が響きます。
視界も意識も、冷たい闇と水に呑まれていきました。
私、意識を失い…す…ぎ……。
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