水無瀬村-(11)
「あ、雨さん!ちょうど訪ねようと思っていたんですが!夢について、わかったかもしれません!」そう言ったみさきさんの顔は何処かすっきりした表情でした。
「私達もみさきさんに話があります」私の声にみさきさんは姿勢を正すと「では、一度こちらにどうぞ」と私達をお屋敷の中に入れてくれました。靴を脱いで上がります。
先程の言葉。夢について何がわかったのでしょうか?内容によっては説得の一助になるかもしれませんし、私達の得た情報と合わせると更に謎が解けるかもしれません。移動中、誰も喋る事なく廊下を進んでいきます。
「どうぞ。私はお茶を用意してきますね」客間を開けて中を示します。
「あ、お構いなく」と私は伝えましたが、「喉が渇くかもしれないですから、気にしないでください」とサッと行ってしまいました。確かにこれからの話には喉を潤すものが必要かもしれません。そう思って私は客間に入りました。
私達はお馴染みになった座布団に座って、私は「ふぅ」と息を吐きました。
「説得がうまく行くと良いのですが…」
「何とかなるさ」独り言のように溢した言葉にヨルが反応します。それより、とヨルが続けました。
「夢の原因でもわかったんだろうか?」
「私にも見当はつきませんが、あり得ない話ではないですね」と話しているうちに、「お待たせしました」とみさきさんがお茶を運んできました。
それぞれ湯呑みを受け取ると改めて座り直します。
「雨さん。話と言うのは…?」早速、みさきさんが私に尋ねます。
「いえ、私の話は後で構いませんので、みさきさんの夢について、わかった事を教えていただきです」そう私が返すとみさきさんは頷いて「…わかりました」と顔を緊張させました。
「その前に一つ、話しておかないといけない事があります」とみさきさんは言葉を挟みます。
「話しておかないといけない事、ですか…?」みさきさんは少し目を伏せると話を続けます。
「…大昔の水無瀬村。この村の為に人が殺されたと言ったら信じられますか?」そう語る目は真剣そのものでした。私は昨日、追体験した事を頭に思い浮かべて、目を逸らす事なく肯定するように頷きます。
「雨さんは水無瀬村の神社の上に…大きな湖があるのを知っていますか?」湖という単語にドキッとする。
「ええ…昨日神社に行った時に知りましたよ」私の返答を聞くと話を続けました。
「あの湖は水質が悪く、水を綺麗にする技術もなかった為、生活用水にする事さえ出来ずに水不足に悩まされていたそうです。山には湧き水もあったようですが、村人が生きる上で十分な量を確保する事も難しく、僅かな水を巡って争い、死者が出た事もあったらしいです」
「死者が…?」私は当時の事を想像します。村の人達が水を奪い、争い、殺し合うような、今の水無瀬村とは考えられないくらい殺伐とした村を。
「そのような日々が続く中、1人の村人が夢を見たそうです。その人をAさんとしましょう。夢の内容は、理解の範疇を超えた大きな存在が語りかけてくる夢だったそうです。その存在はこのまま争いを続けていては、水無瀬村の存在が消えてしまうだろう。湖の近くに私の社を用意すれば、私が争いの種を解決し水無瀬村を護ろう、と言った内容だったそうです。そして夢から覚めたAさんは他の村人達に協力を仰ぎました」大きな存在…それが皆さんが言う水神様と言うのでしょうか?
「すぐに協力を得て、あの神社を建築したのですか?」普通であれば信じられない話ですよね。とは言え、村の存続が掛かっているのであれば信じないわけには行かない状況です。藁にもすがる思いですね。
「最初は断られたようですが、繰り返し頼むうちに1人、2人と協力者が現れて、無事に建てる事が出来たそうです」
「そして、その何者かが争いの種を無くしたと…それだとこの村の為に人は殺されていませんよね…?争いで亡くなった方以外は」私の言葉にみさきさんがその通りだと頷きます。
「はい、そうですね…なので、この話には続きがあります。無事に建築された神社。その後、どれだけ経っても村人達の願いは叶いませんでした」
「それでは、村人達はAさんに詰め寄ったのではないですか?」夢の話が本当であるのならば、協力した村人にとって当然の疑問ですよね。みさきさんは肯定しました。
「ですので、困ったAさんは言ったそうです。供物が…生贄が必要だと」
「……それが村の為に殺された人という事ですね…そして、生贄として殺した事で、偶然だったのか願いも叶ってしまったと…」私が体験したのはその時の様子だったのですか…。
「みさきさんはその事をどうやって知ったんですか?」情報の出所が気になる話です。
「…すいません。何もないと思っていたんですが、うちの蔵に今の話についての記録を見つけたんです」みさきさんは少し言いにくそうにしています。
「謝る事では…むしろ私が気付くべきでした」蔵なんてわかりやすい何かを残しておきそうな場所です。まず見ておくべきでした…。そう考えていた時、ヨルが声を発しました。
「…生贄で願いがかなったのなら、誰も定期的に生贄を捧げようとは思わなかったのか?」ヨルの言葉にみさきさんはビクリとして「…まだ全ての記録を読んだわけではないのですが、定期的に生贄を捧げたという事は記されていませんでした」みさきさんが読んだ記録は後で見に行かないといけませんね。ですが、その前にヨルの言葉について考えなくてはいけません。
「生贄により、願いが叶った。一見、因果関係があると判断されそうですよね。であれば生贄を捧げない場合、また以前に戻るかもと恐怖心が芽生える可能性はあります。もし、その後も生贄の風習が…あ」急に言葉を止めた私にみさきさんは「どうかしましたか、雨さん?」と尋ねました。
「みさきさんは村の人達が見ている夢の末路をご存知ですか?」
「末路ですか…いえ……何かあるのですか?」唐突な質問に怪訝そうな顔をしています。
「私達も今日それを知ったのですが…」私は一口お茶を飲んで話を続けます。ほのかに香ばしい味が妙に舌に残りました。
「けいしょうの道向かいに老夫婦が住んでいるお宅がありますよね?」みさきさんは小さく頷きます。
「そのお宅に今日、大勢の人が集まっていたんです。事情を聞きに行くと、私達は中に通されました」先程の事だったので鮮明に思い出せます。
「そして辿り着いた部屋のベッドに黒い人型のシミがあったんです」
「黒い人型のシミ…?」普段耳にする事もない言葉に眉をひそめるみさきさん。
「今にも動き出しそうな、息遣いまで感じるような人型を何度も何度も塗り重ねたような黒いシミでした…そして、それを見て皆さんが言うんですよ、ありがたい、還られた、と」誰かが唾を飲み込む音が聞こえました。
「みさきさんから聞いた話と併せて考えると、かなり強引な気はしますが、黒い人型のシミは生贄になった人なのではないでしょうか…?」
私が口にすると、客間の空気が凍りつきました。