水無瀬村-(1)
私が水無瀬村という名前の村に宿泊して、早くも4日目となりました。
私はこの村の外れにあるという古びた神社に続く山道で森林浴をしながら、この村に来てからの日課にしている散策をしているところです。確認は出来ませんが近くに沢があるのか、水が流れる音も私を癒してくれます。
季節は春と夏の間。気温は暑くもなく寒くもない。歩いていると汗をじんわりとかく程度で散策には格好の気温だと思います。
「まぁ…汗については山道を歩いているからというのもありますが…」
なだらかな傾斜で構成されている道ですが、神社までの道は一筋縄では行くものでもなく、やはり都会で暮らしている私には、この程度の傾斜でも良い運動になっているようです。
「運動不足…と言うことでしょうか」
とはいえ、運動不足には気を遣っているので都会でもジムに通ってはいるのですが、山道ともなれば普段使わない筋肉でも使うのでしょう。
そう結論付けて道の先を確認することにします。山なので当然、木々が生い茂っていますが、幸いなことに神社までの道は見通しの良い道となっています。
私の視線の先にはとりあえずの目的地として設定した神社がようやく見えて来ました。焦ることなく一定のペースで歩いていきます。
「到着…しましたね」
神社にある真っ赤な鳥居をくぐると私は持ってきていた水筒からよく冷えた水を一口含みました。水が喉を通る瞬間、その冷たさが心地よく体に澄み渡っていきます。そして一息ついたところで周辺を見渡して神社を観察しました。
そこは社殿と鳥居のみの神社で境内も広いとは言えません。社殿も祠と言っても良いのではないかと思うほど小さなものでした。まぁ、私が決める立場ではありませんが。
社殿は何度か修繕しているのでしょうが、今にも崩れてしまいそうなほど、社殿を構成している木材が弱っている印象を受けます。それとは逆に鳥居は綺麗に保たれており、古びた社殿と綺麗で真っ赤な鳥居との対比が鮮明に意識に残ります。
「鳥居は隔てる役割があると聞いたことがありますが、この場合はどうなのでしょうか…?まるで…」
おっと、危ない。妄想に耽りそうな頭を引き戻します。ここで考え出してしまったら朝御飯の時間に間に合わないかもしれません。
私は時刻を確認するために腕時計を見ます。ハンドメイドのお店で買った、時計職人さんが手作業で作成した機械式の時計です。ハンドメイド故、奇怪な文字盤の上の針が6時半を示していました。
宿の女将さんが七時過ぎから食事が摂れると言っていたので、そろそろ引き返さないと本格的に間に合いません。私は観察を辞めて道を引き返すことにしました。帰り道は下り坂のため、あっという間に宿まで戻ることができました。
私がお世話になっている宿は、この水無瀬村に唯一存在する”けいしょう”という宿です。比較的広い古民家を改築して作られており、4人程が寝泊まり出来る規模の宿です。
宿の前に背の高い、細身の青年が腕組みをしながら誰かを探すように立っていました。彼はヨルと名乗る青年で私が水無瀬村に行くと言ったら同行を申し出た変わり者です。ヨルは私に気がつくと仏頂面のまま片手を挙げて、声を掛けてきました。
「…また勝手に散歩に行っていたのか?」
彼は怒ったような声で私に尋ねてきます。
「ヨル、勝手とは随分ですね…宿を出るときにちゃんと声をかけましたよ?」
……それに散歩ではなくて散策ですよ、とにっこりと笑って彼に返す。彼はこんな態度ですが、私を心配してくれているので私が怒ったりすることはありません。
「…グッ…だが何かあってからでは遅いだろ…」
私の言葉に声を詰まらせながらもモゴモゴと文句を言っています。
「私達が水無瀬村に来て4日です。何かあるならもうすでに起こっているはずですよ?…それより朝御飯をいただきに行きましょう、適度な運動でお腹が空きました」
私が宿の入り口に歩いていくと彼も仕方ないといった風に着いてきます。
「ただいま、戻りましたー」
宿に踏み入れると敢えて年代を感じさせる壁に天井、歩くとミシミシと音がする廊下が出迎えてくれます。もちろん、部屋は期待を裏切らず和室という作りとなっています。
「おかえりなさい」
食堂から女将さんが顔を出した。女将さんの名前は濡羽 志乃さんで、若くして旦那さんを亡くして1人で”けいしょう”を切り盛りしている方です。
「もうすぐ朝御飯が出来ますので、宜しければ汗を流してから食堂にいらしてください」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて…」 志乃さんの元を後にしてお借りしている部屋に向かうことにしました。後ろにはヨルが仏頂面のまま着いてきています。
「いつまで着いてくる気ですか…?ヨルは食堂で待っていてください」
少し白い目で見てやりました。
「む…そうだな…食堂で待っているから、すぐに来てくれよ」
ヨルは私の返事を待たずに食堂に入っていきました。
「やれやれ…一応、私と女性ですので、すぐには無理だと思いますが…」
呟いて、部屋に戻りました。宿には露天風呂などはなく、各部屋に浴室があるのみなので、私は汗を流すために服を脱いで手早くシャワーを浴びて新しい服を着ると食堂に向かいます。
「お待たせしましたね」
食堂ではヨルがすでに朝御飯を食べていて、私を見ると軽く頷いてすぐに食事に目の前の集中してしまいました。
「私を待っててくれるわけじゃなかったんですね…」
すぐに来いだなんて言っていたのに、先に食べているなんて、と少し拗ねて見せると、ヨルは慌てたように喉を詰まらせてしまいました。私は急いでヨルに水を渡すと、コップを手にとって中身を一気に飲み干しました。
「すまないな、雨……だが、お腹が鳴ってしまったのだからしょうがないだろ?」
あまり悪いとは思っていないようです。まぁ、私も気にしてないのですけどね。
「良いですよ。ヨルに”待て”は酷な話ですからね」
揶揄うように頭を撫でてやります。やめろ、と言うように手で払われてしまいました。少し痛いです。
ヨルと戯れている間に奥から志乃さんがトレイに載せた私の朝御飯を、ヨルが座っている席の向かい側に運んでくれました。
真っ白なお米に近くの川で獲れた魚、山で採れた山菜をふんだんに使用した副菜とお味噌汁。視覚と嗅覚、両方を刺激してきて、確かにこれはヨルでなくても我慢出来ないかもしれませんね。
「これは素晴らしいです。やはり朝御飯とはこうありたいものですね」
手を胸の前に合わせて、いただきますと言って、箸を取ります。
「ふむふむ…これは……?」
お味噌汁には食べたことがない山菜が入っていました。なんて言う植物なのでしょうか。少なくとも私は見たことがないものでした。そうやって朝御飯に真剣に向き合っていると目の前でヨルがニヤニヤとしているのが目に入りました。
「どうしたのですか、ヨル。変な顔して…もしかして、まだ食べたいのですか?」
「ち、違う…!雨も必死になって食べているから、俺と一緒だなって思ってな…」
「…確かにこう言ったバランスの取れた食事は貴重ですから、虜になってしまってもおかしくないですね」
反論するわけでもなく素直に認めた私に、ヨルは詰まらなそうにお茶で言葉を流し込む。
「ご馳走様でした。さて、朝御飯もいただきましたし、依頼人のところに行きましょうか」
「依頼人…刀屋 みさきのところか…もう良いんじゃないのか…?」
「良いわけないでしょう…?調査にせよ、謎の解明にせよ、まだ何も出来ていません。このままでは私達はただ旅行に来ただけです。しかもお金も払わずに」
どこのならず者ですか、全く。私は溜め息を吐くと立ち上がってトレイを下げます。
「では、私は行ってきますよ。ヨルはお留守番で良いですよね?」
ヨルに少し意地悪を言って、食堂を後にしようとします。
「俺は行かないなんて、言っていないだろう!?……行くぞ!一緒に!」
「ふふ…置いていくわけないでしょう?何か危険があったら私を守ってくれるんでしょう?」
本当に置いていかれると思ったのでしょう。焦った顔で追いかけて来て、当然だ!と言わんばかりに隣に並びます。
「頼りにしてますよ?」
少し背伸びして隣を歩くヨルの頭を撫でてあげると嫌がりながらも少し嬉しそうな顔をしています。生えていませんが尻尾がブンブンとしているのが見えました。
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