(第052話)実は人間……
それにしても、私室に三人の男を招くなんて。ミアさん、大胆というか、見た目通りの肉食系なんだな。
いや。カーライルくんはいいよ。二十歳越えてるし、イケメンだし、人並みに経験してるだろうから。
けど、まだ十八歳のミルズくんと、まだ童貞の俺に、いきなり複数プレイは刺激が強すぎるんじゃないか?
「すまないが、三人で手分けして持っていってくれるかい?」
ん? 食事の残りを大皿に盛り付けている。
もしかして……ミアさんの部屋で二次会をするということか?
「アタシの部屋に客が来てる。むさくるしい男が大勢いる場所は苦手だと言って、祝勝会には出なかったんだ。けど、料理だけは食べたいって言ってね」
あ、なるほど。そういう事情があるのか。
しかし、八英雄の一人にして貴族の子女であるミアさんにこんなことをさせるとは……その客とやら、かなりふてぶてしい奴だな。いったい何者なんだろう?
ミアさんはお酒を、俺たちは料理が満載された大皿を一枚ずつ持って二階に上がり、広くて長い廊下を進んだ。ほんと、冗談みたいなサイズの家だな。
「ここがアタシの部屋だ」
ミアさんは階段から数えて三番目のドアをノックし、中の人に声を掛けた。
「リンジー。開けるよ」
ミアさんの私室は、廊下から入ってすぐが応接室になっていて、それだけで普通の家のリビングルームくらいの広さがある。ベッドや机といった私物が見当たらないところを見るに、寝室はこの部屋の奥にあるのだろう。
部屋の中央に八人ほどが座れる大きなテーブルが置いてあり、丸眼鏡をかけた小柄な女性が一人でぽつんと座っている。この人がミアさんの客か。
「注文通り持ってきてくれたかい? もう腹ペコだよ」
何だかインテリっぽい感じの女性。年齢は俺やミアさんと同じくらいだろうか。ミアさんの客である以上、彼女もたぶん貴族なんだろうが、喋り方をとっても雰囲気をとっても、まったくそのように見えない。
「ほら。アンタの好きなサーモンのマリネとりんごのパイだよ」
「ありがとう! やはり持つべきものは友だね!」
「クラウディア様。やはり貴女でしたか」
「やあ、カーライル。君はいつ見ても男前だな。で……そっちのゴツい男が例の救世主かい?」
機関銃を乱射するかのように話が進み、質問が俺に回ってきた。
「リンジー。客人に対して失礼だぞ」
「これは申し訳ない。私はリンジー・クラウディア。ドラウプニル家とともにガスパールの町を治めるクラウディア家の者だ。ミアとは子供の頃からの付き合いだよ」
クラウディア家? そういえば、ガスパールの町は二つの貴族家が治めているという話だったな。見た感じ、ミアさんのドラウプニル家が町の防衛を、リンジーさんのクラウディア家が内政的な仕事を担当しているのだろう。
「あ。はい。初めまして。タラキ・ノブヒコです」
「初めまして。僕はミルズ・マーグレットです。タラキさんと共に旅をしています」
ミルズくんの自己紹介を聞いたリンジーさんは、眼鏡の奥にある目をキラリと光らせた。この人、もしかして――
「いいねえ。妄想を掻き立てられる組み合わせだ」
「リンジー。そういう話は他所でやってくれ」
ミアさんは大きな溜息をついて、テーブルに座った。そのまま何も言わず、ワインをグラス……という名のジョッキに注ぐと、呆然としている俺たちに目を向けた。
「三人とも座ってくれ。この女の話はとにかく長いんだ」
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ミアさんが注意したにも関わらず、リンジーさんは俺、ミルズくん、それからカーライルくんの関係について根掘り葉掘り質問してきた。
間違いない。この人、腐ってる系女子だ。
「リンジー。もういいだろう? いい加減本題について話せ」
「おっと。それじゃ、楽しい話題はここまでにして、つまらない話を始めようかね」
腐女子特有の生々しい下ネタを処理しきれなかったのか、ミルズくんの顔が真っ赤になってる。今にも、頭がフットーしそうだよおっって言い出しそうだ。
「とはいえ、どこから話せばいいものか――」
リンジーさんは空中に目を泳がせた。なかなか話し始めない。
「決めた。それじゃ話すか。実は人間、滅亡寸前です」
と思ったら急に話し出して……
え? 人間が? 何で?
平和ではないにしても、魔王がいるにしても、滅亡寸前?
「じょ……冗談ですよね?」
「まさか。いくら私でも、こんな冗談は言わないよ」
「クラウディア様。そう考える根拠を――」
「そう焦るな。もちろん根拠はあるよ」
そう言うと、リンジーさんはアップルパイを一切れつまみ、口の中に放り込んだ。俺たちが固唾を呑んで見守る中、ゆっくりと咀嚼し飲み込む。ミアさんは話が長いといったが、より正確にいえば、話を長引かせるのが好きなんだろう。
「現在、この帝国に人口十万人以上の都市はいくつあると思う?」
いや。そんなことを聞かれても、まだここに来て五日も経っていない俺にはもちろん分からない。あんまり見当外れなことを言うと怪しまれるかもしれないし……
そう思っていると、ミルズくんが指折り数え始めた。
「えっと、パっと思いついたのは十くらいですけど……」
「惜しいね。世界は十四だ」
惜しいのか? そうでもない気がするんだが。
「魔王が現れてからもう二年が経過しているが、この十四都市は未だ一つも落ちていない。何故だか分かるかい?」
「魔王軍が弱いから……じゃないんですよね?」
「そう。違う。正解はね、奴らが人間の弱点を熟知しているからだよ」
「クラウディア様。その――」
「分かってる。弱点について、具体的に説明してほしいんだろう? 今から話すよ」
結論を知りたがるカーライルくんを制止し、リンジーさんは話を続けた。
「私の学生時代の恩師が、首都でお偉いさんになっててね。その方と共同で調べたんだ。この十四都市の現在の状況……人口増減率、一万人あたりの戦死した軍人の数、食料の生産量について」
リンジーさんは再びアップルパイを(以下略)
「十四都市は、この三項目の数字がほとんど同じだった。もちろん偶然じゃない。つまり私たちは、魔王にコントロールされてるのさ」
魔王がコントロール……それって――
「生かさず殺さず……ってことですか?」
「正解。やるねタラキくん。現在、人間は魔王ギデオンによって緩やかな兵糧攻めにあってるってわけ」
そうか。十四の主要な都市のうち、どれか一つでも落とされれば、人間の社会全体に危機感が芽生える。そういうインパクトのある変化、言い換えれば人間の目を覚ましてしまう変化は起こさず、真綿で首を締めるように、ゆっくりと弱体化させているということか。
「このことに気付いている者はほとんどいない。戦うべきだと考えている者はもっと少ない。さっき言った私の恩師は、議会で訴え、陛下に進言し、必死になって啓蒙しているが、誰も耳を貸してくれないんだ」
確かに、魔王は人間の弱点をよく知っている。
大きな決断はしたくないから、問題は先送り。
今日がそこそこいい日なら、明日のことはどうだっていい。
戦わないで済むならそれが一番。
そう。平和ボケこそが、人間の最大の弱点なんだ。
俺たち三人が無口になっていると、リンジーさんは眼鏡を外し、自分の服でゴシゴシと拭き始めた。こういうとこ、ほんと貴族っぽくない。
「けどね。世の中ってのは、そんなに捨てたもんじゃないんだ。例えばそこの女……ミア・ドラウプニルは戦うつもりみたいだしね」




