(第044話)魔王ノブヒコ
いやあ。証明しろとか言われましてもね。
今の俺、立ち上がることすら難しい状態なんですよ。
けど、そんな俺の事情などお構い無しに、ミア・ドラウプニルは話を続けた。
「それに、どちらにしろアンタは罪人だ。魔王でも救世主でもないというなら、このまま牢にぶち込んでおくだけさ」
え?
「ミアさん! どうしてタラキさんが罪人に?」
「罪もない旅人から食料を奪ったんだ。罪人でなければ何だというんだ?」
「様を付けろ! 貴様、どんどん馴れ馴れしくなっているぞ!」
なるほど。確かに、人相が悪いからって、言葉遣いが悪いからって、ぶちのめして食料を奪っていい理由にはならないもんな。
けど、こっちにだって言い分はある。俺は最初、平和的に譲ってもらおうと交渉したし、先に手を出したのはあいつらの方だ。それに、食料を奪ったといっても、1食分程度でしかない。
また、たとえこちらに非があるにしても、衰弱した人間を牢の中に閉じ込め、尋問などしていい筈がない。まだ人権という概念がない世界なのかもしれないが、ミア・ドラウプニルという女……八英雄だか何だか知らないが、あまりに傲慢だ。
2年に及ぶ修行を経て、リザベルさんたちとの別れを越えてやってきた異世界。これじゃ期待外れもいいとこだ。
そんなことを考えていると、沸々と怒りがこみ上げてきた。
こいつら、後悔させてやる。俺は妄想リカバリなしで立ち上がった。
「……ミアさんとやら」
「貴様! 誰に向かって――」
さん付けが気に食わなかったのか、側近の男が声をあげた。
「雑魚は黙ってろ!!」
が、俺が一喝すると、魂が抜けたかのような呆然とした表情になり、歯をカタカタと震わせ始めた。ついでにミルズくんも。
「俺はただの旅人です。貴女が何者かなんて興味はないし、知りたいとも思わない。頭を下げる必要もない筈だ」
「なるほど。アンタの言う通りだな。部下の非礼は謝ろう」
「非礼は貴女もでしょう?」
「確かに。その言い分、全面的に認めよう」
ミア・ドラウプニルは頭を下げた。
けど、そんなことで俺の怒りが収まる筈がない。そんなことで許してたまるか。
「ミアさん。俺が魔王なのか救世主なのか、気になるようですね」
「もちろん」
いつの間にか空腹は気にならなくなっていた。
これがキレるということだろうか。
「だったら答えましょう。決めてないです」
「……どういう意味かな?」
「分からない?」
「ああ。教えてくれ」
「頭を床に擦り付けて、お願いだから魔王にならないでくださいって頼んだ方がいいって意味ですよ」
ミルズくんも側近の男も、口をぽかんと開けたまま、完全に固まってしまった。
ただ、そんな状況であっても、ミア・ドラウプニルだけは余裕の笑みを崩さない。
八英雄とやらのプライドがそうさせているのか。
けどな。
「はっきり言ってあげましょうか。魔王に勝てない八英雄が俺を裁こうだなんて、馬鹿げた考えは捨てた方がいい。言ってることの意味が分からないなら、8人まとめてぶっ潰してあげますよ」
八英雄とやらがどれだけ偉いのか知らないが、弱っちい異世界人ごときが、俺にこんな仕打ちをするのが気に入らないんだ。
「あ。けど、魔王に殺されて、もう3人しか残ってないんでしたっけ?」
俺は笑いながら、鉄格子を両手で掴んだ。
「平和な世界で英雄ごっこしてたら、突然現れた魔王にあっという間にやられてしまったわけだ。貴女たち、とことんダサいな」
この細っそい棒……こんなもので、こっちの宇宙で最強の女戦士の弟子を閉じ込めておけるとでも?
「英雄ごっこの続きがしたいんなら、残りの3人も――」
腕に力を込める。
「すぐにあの世に送ってやるよ!」
この程度の貧弱な檻、壊そうと思えばいつでも壊せたんだ。
俺は鉄の棒を強引にひん曲げて通路を作ると、悠々と歩きいて檻の外に出た。
最高の気分だ。
「ミアさん。確か貴女、俺が魔王だったらすぐに殺すって言いましたよね?」
自分が強いと思ってる奴に、身の程を教えてやる。
「ああ。言ったね」
「俺が4人目の魔王です」
いいか。これは宣戦布告だ。
「どうぞ。殺していいですよ。ただし、俺は力の限り抵抗します。空腹で倒れるまでに、この町にいる兵士の半分以上は道連れにしてやりますよ。もちろん、その中には貴女も入っているでしょうね」
言い終わると、俺はミア・ドラウプニルを睨み付けた。この距離……その腰に差した剣を抜き終える前に、こっちのジャブは3発入る。
分かるか? お前に勝ち目はないんだよ。
「八英雄を雑魚呼ばわりとは、さすが魔王様だね」
ミア・ドラウプニルは側近の男に視線を移した。いつの間にか壁に背中をぴったりとくっつけ、石像のように動かなくなっている。まったく、情けない奴だ。
「ラルゴ!」
ラルゴと呼ばれた男は、正気に戻ったかのようにキョロキョロと辺りを見回し、やがてミア・ドラウプニルに目を向けた。
「魔王さんに食事を与えてやれ。本人が希望するなら入浴もな」
「し、しかし……」
「分からないか? そうしなければ、ガスパールの守備隊は壊滅することになるんだよ」
狼狽するラルゴを置いて、ミア・ドラウプニルは一歩俺に近付いた。
「アタシはきっかり2時間後、この建物の地下2階にいる。アタシが使う修練場さ。よかったらアンタも来てくれ」
「決着をつけるということですか」
ミア・ドラウプニルはじっと俺の目を見ていたが、不意にクスクスと笑い始めた。
くそう。合成写真みたいだとでも思ったのだろうか。
「4人目の魔王さん。言っとくけどね。アタシはハッタリで殺すって言ったわけじゃないよ」




