(第043話)スタート地点に立ちたいだけなのに
早朝。時刻にすると6時くらいだろうか。歩き始めてから、休憩を入れると40時間くらいは経過しているな。
その間、俺とミルズくんは1人分の食料を分け合って食べているのだが、本来必要な量には到底及ばず、2人ともひどい空腹に悩まされていた。
特に、体がデカくなった俺は燃費も悪く、何度も意識を失いかけてはミルズくんに頬を引っ叩かれて目を覚ますという有様。
救世主だって、空腹には勝てないのだ。
「タラキさん! もうすぐガスパールの町です! 頑張ってください!」
「も……もうすぐって、さっきもそれ言わなかった?」
「今度は本当です! もう城壁が見えてきてますから!」
「さっきのは嘘だったんだ……」
「ほら! 顔を上げてください!」
「お、おお……あれがガスパールの町……」
本当だ。城壁らしきものが見える。
うん。予想通り、中世ヨーロッパ的な感じだな。
「お金はそこそこありますから、着いたら食事をして、それから服屋で買い物をして、終わったら宿屋でゆっくり休みましょう! タラキさん、お酒は飲みますか?」
「飲めない体質なんだよ……」
「よかった! 僕も飲めません!」
「君は未成年でしょ……」
視界の先に映る町まで、あと1、2キロメートルってところか。目的地が目に見えるようになると、いくらか気持ちが奮い立つ。
あと少し。あと少しで……町スタートだった場合のスタート地点だ!
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その後の展開は早かった。門の手前に来て早々、俺は門番の兵士2人に取り押さえられ、牢屋にぶち込まれてしまった。もちろん、食事を与えられることもなく、服はパツパツのままで。
俺の願い……町スタートだった場合のスタート地点に立つというささやかな願いは、あっという間に打ち砕かれてしまった。狭い地下牢の中、もはや痛みすら感じる空腹に耐えるべく横になっていると、上の階からミルズくんの声が聞こえてきた。
「タラキさんは魔王を打ち倒し、この世界に光をもたらす救世主なんだぞ! 貴様ら、歴史に名を残す英雄に何てことをしてくれたんだ! この無礼者どもが!」
うわ……何か凄いこと言ってるよ。
「うるさい! だからドラウプニル様がお会いになると言ってるだろう!」
何だ? ドラウプニル……誰?
「よ、酔いどれの女騎士ミア・ドラウプニル! す、凄い! 僕も会いたいです!」
ミルズくん……今度は何言ってんだ?
「ミアさんって、凄い美人でセクシーな方なんですよね? 僕、昔からファンだったんです!」
「こ、こら! ミアさんなどと、気安く呼ぶな!」
ああ。やっぱり八英雄か。俺のことが頭から抜け落ちている。
しかし、俺ほどではないにしても、かなり空腹の筈なのに……マニアって凄い。
「構わないよ。セイグリッドにそっくりのお調子者じゃないか」
「こ、これはドラウプ――」
「ほ、ほ、本物! 本物のミア・ドラウプニル! 凄い! カッコいい!」
ああもう。何だこの緊張感の無さは。
「2人とも、ついてこい。タラキとやらに会いに行くぞ」
「ミア様! お供します!」
「貴様! 馴れ馴れしいぞ!」
しばらくして、足音とともに3つの人影が見えてきた。中央に立っている女性がミア・ドラウプニルか。かなりの長身だ。両脇に立つミルズくんと、側近らしき年輩の男よりも背が高い。
ミア・ドラウプニルは牢に近付くと、立ったまま俺を見下ろし、話しかけてきた。
「アンタがタラキか」
「タラキさん! 八英雄の1人、酔いどれの女騎士ミア・ドラウプニルです!」
「お前は黙ってろ!」
ミア・ドラウプニル……年齢は俺と同じ、20代後半くらいだろうか。さっき聞こえてきた話通り、確かに美人だ。美人だが、なんというか……女上司って感じが凄い。こういうタイプ、刺さる人にはとことん刺さるんだろうな。
「昨日の話だ。セイグリッドの弟子が5人、この町に来てな。途中の草原でバケモノみたいに強い男に襲われ、食料を奪われたと抜かしたのさ」
「そうです! タラキさんはバケモノじみた強さで――」
「黙れと言っているだろう!」
ああ、あの5人か。
なるほど。あいつらも当初の予定通り、この町に来てたんだな。馬に乗って。
「セイグリッドがフォーアームズに殺されて、行く当てがないから雇ってほしいということだったが……アタシはそのバケモノみたいに強い男とやらに興味が湧いてな。念のため人相を聞いておいたのさ。話通りのバケモノであれば、空腹のうちに押さえておくべきだと思ってな」
なるほど。それで俺とミルズくんが門の前に着いた途端、問答無用で取り押さえ、ここに連れてきたということか。
「で、質問だ。タラキ。アンタは何者なんだ?」
「救世主です!」
「お前には聞いてない!」
何者だ、と聞かれても。本当のことを話したって、信じてもらえるとは思えない。
なら、適当な嘘をついて躱すべきか……しかし、低血糖一歩手前のこの状態で、相手を納得させられるような嘘がつけるとも思えない。
俺が思案していると、ミア・ドラウプニルは長い脚を折り曲げ、俺に顔を近付けてきた。炎のような赤い髪とは対照的な、氷のように冷たい眼差しが俺を捉える。
「あの5人の話通り、お前が4人目の魔王なら……今すぐ殺す」
うう。やっぱり。最初に感じた通りだ。
自分にも部下にも厳しい、有能な女上司。
苦手というわけではないけど、あまり近寄りたくないタイプ。
「だがお前が、この少年の言うように救世主なら……証明してみせろ」
そう。リザベルさんとは真逆のタイプなんだ……!




