(第041話)情報の洪水は避けられない
独り言をブツブツ呟いている俺に奇異の目を向けていたのは、異世界に来て初めてできた仲間、名前はまだ知らない青年。
「気にしなくていいんだ。空腹がひどすぎて、ちょっと幻覚が見えただけだから」
「え……それ、大丈夫なんですか?」
きっと俺のことを心配して……
じゃないな。俺についていくと決めた自分のこれからを心配しているのだろう。
「それより、とにかく食べるものが欲しい。自己紹介はその後でいいかな?」
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5人が置いていった食料は、数切れの干し肉と乾パンのみ。
以前の俺ならこれだけで十分だったかもしれないが、デカくなった今の体ではちょっと……いや。かなり物足りない。こんなことになるなら、もう少し脅していればよかった。
俺を庇ってくれた青年はミルズ・マーグレットという名で、2ヶ月前に18歳になったばかりらしい。ミルズとマーグレット、どっちが姓でどっちが名か分からないが、言い易い方のミルズくんと呼ぶことにする。
「俺は多良木伸彦。タラキとノブヒコ、好きな方で呼んでくれていい。年齢は28歳だよ」
「えっと……それでは、タラキさんと呼ばせてもらいますね」
ミルズくんは以前はこの国の首都に住んでいた典型的な都会っ子で、父は役人、母は語学教師という、これまた典型的なおぼっちゃん。それがなぜ、こんな何もない草原で人相の悪い男たちと一緒にいたかというと。
「八英雄の一人、光翼の剣士セイグリッド・バルモアに弟子入りしたんです!」
早速出てきた。例の八英雄。
間違いない。これから情報の洪水が押し寄せてくる。血糖値が急上昇している真っ最中の頭にはきつい。
「あれ? タラキさんはセイグリッドさんのこと、ご存知ないんですか?」
「う……うん。実は2年ほど別のところにいたから、この世界のことはよく分からないんだよ」
頼む。察してくれ。今は暗記をする気分じゃないんだ。八英雄とやらの話はまた別の機会に――
「じゃあ! 僕が全部教えてあげますよ!」
やっぱり。こういう育ちのいい人って、自分以外の人間もみんなこうだと思ってる節がある。つまり、他者に親切をしてあげるのは当然。そして、親切をされれば喜ぶのも当然だと。
分かりやすくいうと、世の中には有難迷惑という概念があることを知らないのだ。
けど、十六夜学園の生徒たちに比べれば、超が3つ付くレベルのいい子だ。君、うちに来たら通知表はオール5あげるよ。まったく価値はないけどね。
「八英雄はその名の通り8人います! 光翼の剣士セイグリッド・バルモア!」
始まった!
「炎竜戦士バルガス・クレイグ! 酔いどれの女騎士ミア・ドラウプニル! 月光の魔導士シュラハ・アンブルドア!」
無理! 無理! 半分だって覚えられないよ!
「……以上の8人です!」
終わった。とりあえず異名みたいなのは全部忘れよう。覚えてないけど。
「……で、その八英雄ってのは、とっても強かったりするの?」
「そりゃもう! 僕の師匠セイグリッドさんなんか、若干14歳のときに荒獅子と呼ばれた剣士マーカス・レイラーとの戦いに勝利し……」
この話し方……ミルズくんはきっと、八英雄とやらのマニアだ。
いいとこのおぼっちゃんが剣士なんぞに弟子入りして、こんな辺鄙なところをうろついていた理由。何となく分かってきた。
ミルズくん。君、家出したんだろ。
「あの連中……食料を置いていった5人も、ミルズくんと同じナントカの剣士ナントカの弟子なわけ?」
「はい。一応、兄弟子ってことになりますね」
「いいの? 俺についてきて」
「大丈夫です。もうセイグリッドさんも死んじゃいましたし」
え? 死んだ?
「とっても強いんじゃないの?」
「強いですよ! けど、一番じゃなかったんです!」
「ということは、誰かに負けたの?」
「はい! 3週間ほど前、魔王フォーアームズに挑んで殺されてしまいました!」
え?
ええ?
ええええええっ?
「いるの? ここ魔王いるの?」
「いますよ。3人」
ええええええええええっ!
どういうことだ? リザベルさんの話では、俺が送り込まれる異世界は魔王ナシ、戦争ナシ、滅亡ナシのパラダイスみたいなところだった筈なんだが……
まさか……いや。そうだとしか考えられない。
またうっかりが発動してしまったんだ!
うう。不安だ。情報が欲しい。
ロボベルさーん! 早く来てくれーっ!




