(第033話)最後の稽古
「出でよ! コルネリアの女戦士ラムダ!」
いよいよだ。いよいよ最後の戦い……じゃなくて稽古が始まる!
「出でよ! 元日本バンタム級チャンピオン、矢吹正平!」
え? 矢吹さんも? いいの?
「多良木さんの恩人ですから」
「あ……ありがとうございます!」
しばらくして、2人はほぼ同時に出てきた。
大丈夫。俺は最終日の今日のために、矢吹さん対策を考えていたんだ。
「おおっ! リザベルちゃんに――」
「矢吹さん! 今までホントにありがどうございました!」
それがこれ。間髪入れずに矢吹さんに話し掛ける。
もちろん、頭をピンクモードにさせないため。
そして、緊張感を失わせる例のトークを封じ込めるためだ。
「む……そういえば今日が最後じゃったのう」
「はい。矢吹さんが編み出した必殺技……見ててもらえますか?」
矢吹さんは腕を組み、ニヤリと笑った。
「ほう。世界初公開……というわけじゃな」
「はい。矢吹さんの必殺技が、世界を変える瞬間……見逃さないでください!」
「ぷっ……くく……」
世界初公開も何も、あの技は某有名漫画の主人公の必殺技で……
初登場から既に30年以上経過していて、そのうえ強敵たちに何度も破られてるわけで……
そもそもでいえば、俺は既に矢吹さんの前で1回使っているわけで……
こんなにツッコミどころ満載だというのに、リザベルさんは吹き出すのを堪えてくれた。ちょっと漏れてるけど。
「では、始めてもええかの?」
「はい。お願いします」
ラムダさんが構えた……と同時に、首を傾げた。
「何じゃ。その顔……お主、泣いたのか?」
「あ。分かりますか?」
「傷つくのう。わらわと共に過ごすのが、そんなに嫌かの?」
「そうじゃないですよ。今日でお別れになってしまいますから」
「安心せい。リザベルのことなど、わらわの性技ですぐに――」
「リザベルさんだけじゃないです」
俺は一呼吸おいて、静かに言った。
「矢吹さんとラムダさんとも、今日でお別れになってしまいますから」
一瞬……ほんの一瞬、ラムダさんは、俺が何を言ったか分からなかったらしい。
けどすぐに、肩を震わせて笑い始めた。
「面白い! ますますお主が欲しくなったわ!」
やばい! 凄まじい圧だ!
言わなきゃよかった! けどもう、覆水盆に返らず!
「始めじゃ!」
間合いを詰めてくるラムダさんに対し、俺は頭を無限大の形に振った。
「矢吹さん! いきます!」
「わらわにそんなものは通用せん!」
知ってる。矢吹ロールはラムダさんには当たらない。
だから……囮に使う!
「なっ!」
頭の動きはフェイント!
振り子運動と見せかけて急回転し、そのまま後ろ回し蹴りを脚に放つ!
入った!
入っ……てない?
くそっ! 膝でガードされてる!
「ふふふ……考えたのう」
今のは読まれてなかった筈。なら、反射だけで防御したということか?
「しかし、師の目の前で、師の必殺技を囮に使うとはのう」
「勝つためです」
「勘違いするでない。誉めておるのじゃ」
ラムダさんはゆっくりと俺に近付き、止まった。
「戦士として成長したのう」
「ラ……ラムダさん?」
「褒美じゃ。お主に有利な距離じゃぞ」
くっ! この距離! 俺のジャブが届く……!
なら、左!
「おっと」
ラムダさんは俺の最速の技、左ジャブを難なく躱すと、カウンターの掌底を放った。顎に当たり、一瞬意識が飛ぶ。次は連撃が――
「初めて会うたときとは比べ物にならん速さじゃな」
連撃をしてこない?
ならばもう一発! 左!
「ぐうっ!」
再び躱され、顎に掌底。まったく同じだ。
「しかし悲しいかな、技の種類が少ないのう」
これ……講義か?
「ボクシングは所詮スポーツ。本物の武には敵わん」
「そうかも……しれませんね!」
左! 当然のように躱され、カウンターの一撃が入る。
「ボクシングに拘るでない。かつての師は忘れよ」
「そういうわけには……いきませんよ!」
左! 駄目だ。当たらない。カウンターの一撃が入る。
「わらわに勝ちたくはないのか?」
「勝ちたいっていう……か!」
左! やっぱり当たらない。カウンターの一撃が入る。
「雑になっておるぞ。もっと丁寧に狙わんか」
「すいません。次は当てます」
「何じゃと?」
左! 当たらない。カウンターの一撃が入る……と同時にタックル!
「なっ!」
ロイのとった作戦。一発もらうことを覚悟して掴みに行く。耐えれれば勝ち、耐えれなければ負け。
しかし、小柄なラムダさんが連撃を使わないのなら、絶対に耐えることができる!
よし! 掴んだ! このまま押し倒す!
この距離なら威力のある打撃は……
「ぐふうっ!」
マウントポジションに移行する直前、鳩尾に強烈な打撃が入った。
馬鹿な。これだけ密着していれば、拳を加速させられるような隙間などない筈。
なのに……この衝撃は……
「まったく、甘いのう」
ラムダさんは俺の体を押しのけ、立ち上がった。
「焦るでない。今夜にでも、好きなだけ抱かせてやるわ」
「な……何で……」
「地球星にも似たような技がある筈じゃが、勉強不足じゃの。寸勁とか、ワンインチパンチとか、確かそういう名前で呼ばれとる技じゃ」
何か……聞いたことあるぞ。中国拳法? ブルース・リーだっけ?
「さて、まだやるかの? それとも切り上げて、さっきの続きがよいか? わらわはどちらでもよいぞ」
この人……どれだけの技を持ってるんだ?
うずくまる俺の頭の上から、ラムダさんの笑い声が聞こえてきて……俺は理解した。この差は、気合や覚悟で埋めれるようなものではない。
そして……絶望。俺の体を絶望が支配した。




