(第003話)たぶんすぐ死にますよね?
さて、厄介なことになったぞ。このままだと序盤で死ぬ。
それに、この転移だか転生だかのイベント、まだ要点らしきものは掴めていないような気がする。リザベルさんの説明は何だかフワフワしているし、はいはい従ってるとヤバいことになりそうだ。
よし。もう少し話を進めて、総合的に判断してみよう。
「まとめると、とりあえず俺は死んでると」
「そうです」
「ありがたいスキル、転移三点セットを持って、異世界へ転移」
「そうです」
「さらに、才能に悩まされずに済むという謎な能力を使って生きていく」
「そうです! 話が早くて助かります!」
よし。とりあえずこれは確定事項、と。
「じゃあ、他には?」
「他?」
「いや。なんか、やらなきゃいけないこととかあるんじゃないかと思って」
「えっと……とりあえず生きてください」
んん? 生きてください?
「ってことは、生きるだけ?」
「まあ、大雑把な言い方をしたらそうなりますね」
「俺に何かさせたいとかじゃ――」
「いや別に」
「人々を虐げる魔王は?」
「そんなのいませんよ」
「世界を二分する戦争が起こっているとか?」
「いたって平和ですよ」
「環境の変化によって世界は破滅する寸前――」
「それは地球星のことでしょ?」
う……嫌なことを言われた。
「じゃあ、平和な世界でのんびり生きていけばいい、と」
「もちろん。できるだけ好き勝手して、できるだけ長生きしてくださいね」
好き勝手に長生きしろ、か。なんか投げっ放しな感じだな。
「生きるだけでもハードモードとかじゃ――」
「地球星よりイージーですよ」
「そんなこと言っても、いずれ何かしらの厄災が――」
「それは私にも分かりませんね」
「いくら神様でも、未来のことまでは分かりませんよね」
「どうでしょう? 私は神様じゃありませんから、そのへんのことはよく分からないんですよ」
あれ? さっきは神様だって言ってなかったか?
「言ってませんよ」
あ。読まれた。なんか久しぶりな気がする。
「多良木さんがそう勘違いしただけです」
「か……勘違い?」
いや待て。納得するな。
神様じゃないにしても、死んだ者を生き返らせて別世界へ送り出すことができるなんて、普通じゃないに決まってる。そういう普通じゃない者が、普通じゃないことをしようとしているんだ。裏がないわけがない。
間違いない。リザベルさんは何か隠している。
ここは慎重に、冷静に、彼女から情報を引き出すんだ……!
「リザベルさん。あなたが神様でないというなら……何だというんですか?」
「え? リザベルですけど……言いましたよね?」
うん。何だろう。この噛み合わなさ。
まあ、損得勘定で動いているわけでもなさそうだし、そもそも、何かしら仕事をさせようと思ってるなら、普通はもっと優秀な奴を選ぶ。
リザベルさんが何者なのかということについて、追及しても徒労に終わりそうだし、この話はここまでにしておこう。
「分かりました。では異世界とやらに行くとして、それはいつになるんですか?」
「そうですね。今からなんてどうでしょう?」
「その口ぶり……決まってないんですか?」
「決まってないですね」
うーん。やっぱり、なんか投げっ放しなんだよな。
「じゃあ、行かないってことも――」
「可能ですけど、退屈ですよね?」
確かに、退屈といえば退屈だ。こんなベッド以外に何もない閉鎖空間で……
ん? ちょっと待てよ。
閉鎖空間? ベッド? 残念な美人と二人きり?
これって、意外に悪くないのでは……?
っと、まずい! またハリセン出した!
そしてそのハリセンが、俺の目の前を往復!
「痛たたっ!」
「不埒なことを考えたから一発! 残念って言ったからもう一発です!」
左右の側頭部を強かに殴打されたが、やはりハリセン。それほど痛くはない。
けど、何か精神的に嫌なんだよな。
「い、いや。不埒なことなんか考えてないですよ。あと、言ってません」
「どっちでもいいです。では、張り切って行きましょう」
まあ、好意もない男といつまでもこんなとこにいたくないって気持ちは分かる。
さっさと用事を済ませて帰りたいんだろうな。
けど、やはり……
「本音をいうと、あんまり行きたくないんですよね」
「けど、退屈ですよね? 行きましょうよ」
いや。退屈なのは分かってる。それはさっきも言った。
てか、なんでそんなに急かすんだ? 俺と一緒にいるのがそんなに嫌なのか?
「そうでもないですよ」
う……また読まれた。今のはちょっと恥ずかしい。
感情的になるな。リザベルさんからすれば、こんなところに居着かれても迷惑だと思うのは当然のことだ。こっちも誠意をもって交渉しなくては。
「じゃあ、正直に言います。向こうに行ったら、たぶんすぐ死にますよね?」
「大丈夫ですよ。平和な世界ですから」
「平和な世界であってもですよ。考えてみてください。見知らぬ世界で、知人が一人もいない、お金も持ってない。これ、よほど幸運に恵まれない限り、野垂れ死にするでしょ」
「あ……そういえばそうですね」
「さらにまずいのが、スタートが俺のままってことです。運動は苦手だし、体力も無い」
「大丈夫ですよ。多良木さんには限界突破が――」
「言いたいことは分かります。けど、知人ゼロ、お金ゼロで、俺のままスタートじゃ、序盤を越えれないと思います」
お。俺のまま二連発が効いたみたいだ。『考える人』のポーズになったぞ。
「うーん。確かに仰る通りですね」
「でしょ? だから、スタートの時点でもそれなりに使えるスキルがないと」
危ない危ない。何も考えずにハイハイ従ってたら、大変な目に遭うところだった。
やはり石橋は叩いてから渉るに限る。
「それじゃ、仕方ありませんね」
よし。予想通りだ。こういうときはゴネるが勝ち。現代社会は主張が強ければ強いほど得をするようにできている。欲深い者が損をするのは昔話の中だけだ。
「しばらく、ここで修行しましょっか」
「え? 修行?」
「はい! 強くなるには修行するしかないですよね? 少年漫画の王道展開ってやつですよ!」