(第028話)入浴はレアケース
そんなこんなで、ロイの胃液まみれという超不潔状態になった俺は、管理者であるリザベルさんの計らいで入浴させてもらえることになった。
しかし、転移者が入浴しなければならなくなるほど汚れるという事態は、それなりにレアなケースのようだ。そうじゃなければ、リザベルさんが慌ててマニュアルを参照したりはしない。
「場所は……ああ。けっこう近くですね」
床に叩きつけた冊子を拾い上げ、リザベルさんは再びQアンドAとやらに目を通した。
「歩いて行くんですか?」
「まさか。この部屋、ドアなんかないじゃないですか」
確かに。
「転移魔法を使って移動しますいます」
「ま……魔法? リザベルさん、そんなものが使えるんですか?」
「何言ってるんですか。私、いつも転移魔法でここに来てるんですよ」
「言われてみれば」
「それじゃ移動します」
「相変わらず説明少っ!」
で、リザベルさんが何やら呪文のようなものを唱えた直後、脱衣場らしき場所に到着した。とはいえ、あまりに一瞬の出来事で、移動した感がまったくない。テレビのチャンネルを変えたときみたいに、景色だけがスッと変わった感じだ。
「新しい服はあるんですか?」
「えっと、施設内に各サイズ用意してあるみたいです……あっ。こっちの部屋ですね」
脱衣場のドアを開けると、奥が霞んで見えないほど広い空間に、俺が着ているものと同色同形の服が、おそらく数千着ほどハンガーに吊るされて並んでいた。
「うわっ。何ですかこれ」
「地球星人用はこっちですよ」
なるほど。何とか星人みたいな10メートルもあるやつがいるのだから、サイズ展開が大変なわけだな。それにしても、の感じ……何か古着屋みたいだ。
自分用の一着を選び取り、脱衣場へ戻る。それから胃液まみれの服を脱ぎ捨て、いざ浴場へ。
おお。これはなかなか本格的な……
「いい感じですよ! スーパー銭湯みたいです!」
「な……何も見えません」
見えませんって、そりゃそうでしょ。
両手で目を覆ってるんだから。
「とりあえず、湯船に浸かる前に体を洗いますね」
「わ……私はいつまで目を閉じていればいいでしょうか?」
「いつまで、と言われても……」
「そうですね。じゃ、湯船に浸かったら教えてください」
よし。それでは始めるか。
まずはシャワー。体中にこびりついた臭っさい胃液を、大量の水で洗い流す。
それから備え付けの石鹸を泡立て、体全体に擦り付けていく。
シャンプーは……ないらしい。仕方ない。頭も石鹸で洗ってやれ。
格闘すること約10分。
これは……何ということでしょう! 気持ち悪い緑男の胃液まみれだった汚い体が、見違えるほど清潔に! これぞまさに劇的変化!
「お待たせしました。湯船に浸かりましたよ」
「バレてますよ。そうやって油断させて、私にドルマを見せるつもりですね?」
ドルマ? ああ。ドルマゾーラの短縮形ね。
よく考えれば、ドルマって便利な言葉だな。卑猥な感じがしないし。
「い、いや。何言ってるんですか。俺にそんな趣味はないですよ」
「信用できません! 私、覚えてるんです! 多良木さんの妄想の数々……」
「えっと……どんなのがありましたっけ?」
「忘れたとは言わせませんよ! 『ほら、よく見てください……』とか、『こんなに固くなってますよ……』とかやってたじゃないですか!」
あ。思い出した。それはリザベルさん(清楚乙女ver.)だ。リザベルさん(サキュバスver.)よりも出番は少ないが、初々《ういうい》しくもいじらしいそのリアクションは、こってり肉料理に対するさっぱり野菜料理のような、一種の清涼剤の役割を果たす。
しかし、仕方なかったとはいえ、けっこうひどいことやってたんだな。
「リザベルさん。俺の妄想に毎回出演させてしまって、ホントすいませんでした」
「ホントに反省してますか?」
「してます」
「もう出演させませんか?」
「させますね」
「それのどこが反省してるんですか!」
「仕方ないじゃないですか。リザベルさん、他の女性を出演させると怒るし」
「むぐっ……」
「そもそも、何で駄目なんですか?」
「そ……それは……えっと……えーっと……」
「リザベルさん?」
「ちょっと待ってください! えーっと……」
「あの……答えにくいなら――」
「ほ、他の女性に失礼だからです! 多良木さんの爛れた妄想に汚されるのは、私1人だけで十分ですから!」
随分長く考えてたな。
「じゃあ、これからもリザベルさんを使っていいんですね?」
「へっ?」
「だって、他の女性に失礼だから、リザベルさんが妄想を一手に引き受けてくれるんでしょう?」
「あー……」
「駄目ならラムダさんを使います」
「それは駄目です! このロリコン! ロリコン犯罪者!」
「ラムダさんは1500歳ですけど」
「見た目の問題です! ロリババアはセーフみたいな言い訳しても駄目ですよ!」
うん。最高に楽しい。
認めてしまおう。俺はリザベルさんと一緒にいるときが一番楽しいと感じる。
「とりあえず、もう目を開けても大丈夫ですよ。首から下は完全に湯船に入ってますから」
「嘘ついたら針千本ですよ」
悪戯したい気持ちはあるが……まあ、抑えておこう。
なんせ、これから人生最大のイベントが始まるのだから。




