(第024話)ドルマゾーラの痛みを越えて
俺は涙と涎と鼻水を撒き散らしながら、芋虫のように床を這いずり回った。もちろん、両手でドルマゾーラを揉みしだきながら。
死ぬほどカッコ悪いということは分かっている。リザベルさんとラムダさんが見ていることも分かっている。分かっているが、この痛みはどうしようもないんだ。
全宇宙の女性。分かってくれ。この痛みは……本当にどうしようもないことなんだよ。
「多良木さん! 負けないで!」
無理です。
そもそも現代の日本で、親を目の前で殺され、五体を引き裂かれるなんてことが起こるわけがない。俺が不幸だ、惨めだと嘆いていた出来事の数々が、こんなにちっぽけなことだったなんて思いもしなかった。
「きょ……巨乳ハーレム! 巨乳ハーレムですよ多良木さん!」
いや。それも無理。
俺が巨乳を好きになったきっかけは、ロリ顔Hカップのグラビアアイドル、東雲遥香の存在を知ったことなんだ。彼女に熱愛報道が出たとき、さっさと終わらせておくべきだったんだよ。
「ロイを……緑の怪物をやっつけてくれるんでしょ!」
やっつけたいよ。やっつけたいけど、これホント地獄だから。
箪笥に小指ぶつけたことある? どれだけ控えめにいっても、アレの数千倍の痛みだからねコレ。
「た……多良木さんが望むこと……全部してあげますから!」
ん……
んんんっ?
「な……何て……何て言いました?」
痛みは相変わらずひどい。
けど、そんなことを言ってる場合じゃない。
「リザベルさん……もう1回……言ってくれませんか?」
「えっ」
歯を食いしばり、気持ちを奮い立たせ、立ち上がった。
分かってる。これを逃したら、俺に2度目はない。
「お、俺が……上に乗って動いてくださいって言ったら……?」
「た……多良木さん?」
きっと、リザベルさんはこう言うだろう。
『あれは多良木さんを復活させるために言ったことで~』
「前に来て、四つん這いになってくださいって言ったら……?」
「な、何を言って……」
そうは……いくか!
言質をとるんだ。言い逃れはさせない。
「たぶん……1回じゃ満足できないと思いますよ……?」
「ヒッ……」
負けられない。絶対に負けられない。
憧れの非童貞へと続く扉に、もう少しで手が届くんだ。
「時間は……無制限……ですよね?」
「ひいいっ!?」
俺は笑顔をつくり、真っ直ぐにリザベルさんを見た。
もう……痛みは感じない!
「俺の純潔……受け止めてください……」
「いやああああっ!」
そうだ! これこそ、俺が28年間磨き続けた力!
ドルマゾーラの痛みをも越える……童貞力なんだ!
「へへ……た、立ちましたよ。ラムダさん。続きを……」
「◇▽▼□〒≒ΠδεЖЙсэш!」
え? 何て……
「今日はここまでだそうです!」
ここまで……ここまでか。
緊張の糸が切れたのか、ふいに目の前が真っ暗になった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「多良木さん! 多良木さん!」
目が覚めた。いつの間にか、気を失っていたみたいだ。
「あ……リザベルさん」
そっか。俺、またリザベルさんの膝枕のお世話になって……
って、あれ? 今回は膝枕なし?
「ラムダさんから伝言を預かってます。多良木さんの痛みと恐怖を抑える力の源……大事にするようにって」
「俺の力の源……」
それって、童貞力のことか。
うーん。大事にするようにって言われてもなぁ。
「ははは……大事かって言われると、返事に困って――」
俺の立ち上がろうとする動作に合わせて、リザベルさんは1歩後ろに下がった。
「何で後退るんですか?」
「え? い、いや。それは……あはは……」
沈黙が流れた。笑顔がひきつってる。何だか気まずい。
「多良木さん、私が心を読まなくなったことに気付いてましたよね?」
「え? ああ。そういえばそんな話を……けど、どうして急に?」
再び、リザベルさんは1歩後ろに下がった。何で?
「あのときは調子が悪いって言ったんですけど、本当はそうじゃないんです」
「よかった。心配してたんで……」
だから何で後退る?
「毎日顔を合わせてる人の心を読むなんて、そんなの良くないなって思って、力を抑えてたんですよ」
「そうだったんですか。それは気を遣わせてしまって……」
だから何で後退るんだよ?
「けどさっきは……力を抑えてたにも関わらず、多良木さんの心の声が聞こえてきちゃったんです」
え?
「ということはつまり……ダダ漏れってやつですか?」
「はい。ダダ漏れってやつです」
ならば、ドルマゾーラの痛みを抑えるために妄想した数々のプレイが……
「ご、誤解です! あんなことしたいなんて、本気で思ってるわけじゃなくて……!」
「分かってます! 分かってますけど、童貞の妄想に登場させられたうえ、そのすべてをリアルタイムで見せつけられた私の気持ちも考えてください!」
「ご……ごめんなさい!」
終わった。そりゃ膝枕なんかしたくないよな。
俺はその場に座り込んだ。もちろん正座で。手を膝の上に置いて。
「まったく……ご褒美のキスとか言っといて、心の中ではあんなこと考えてるんですから……」
「返す言葉もないです……」
「スケベロールに妄想リカバリ。多良木さんにピッタリの必殺技じゃないですか」
「ホント、仰る通りですね……」
うう。リザベルさんにだけは嫌われたくない。
しかし、俺がドルマゾーラの痛みを越えるには妄想するしかないわけで。
ならばやはり、ここはリザベルさんに登場をお願いするしか――
「そうだ!」
「わっ! 急にどうしたんですか?」
「喜んでください! リザベルさんが嫌な思いをすることなく、妄想リカバリを実行する方法を思いつきましたから!」
「そ……それは?」
考えてみれば簡単なことだったんだ。
「要は、リザベルさんを出演させなければいいんですよね?」
「ま……まあ、そういうことになりますね」
だってそれは、俺が何年も、毎日のようにやってたことなんだから。
「だったら簡単ですよ!」
「えっと……一応聞いておきます」
これでリザベルさんに嫌われなくて済む。
俺は拳を握り締め、笑顔で叫んだ。
「これからは東雲遥香を使います!」
おお。リザベルさんが後退りをやめ、近付いてきてくれた。
よかった。これぞまさに起死回生の一手ってやつで――
「それが一番嫌なんです!」
「ごふぅっ?」
リザベルさんの強烈な頭突きを受けて、俺は気を失った。
これが……妄想リカバリの弱点か。




