(第022話)幻の必殺技(超有名)
緑の怪物ことロイ・サドラーに敗れてから、俺の心は飢えていた。
強くなりたい。もっともっと強くなりたい。
強くなって奴を倒せば、念願のお姫様のキスが……はっ!
うう。恥ずかしい。勢い任せで、何てことを言ってしまったんだ。
「必殺技が必要じゃな」
いかん。矢吹さんに相談している最中だった。
確かに、あの異常なまでの耐久力を打ち破ることができる技があるとすれば、それはまさに必殺技と呼ぶに相応しいものだろう。
「現役時代、ワシは世界戦に2度挑戦したが、2度とも負けた。何故だと思う?」
「えっと……相手が悪かったとか」
「それもある。じゃがな。一番の原因はパンチの軽さじゃ」
「パンチが……軽い?」
「あれは生まれつきのものでな。練習ではどうにもならん」
「そ……それじゃ、諦めたんですか?」
矢吹さんはニヤリと笑った。
「何を言うとる。このワシが女とボクシングのことを諦めると思うか?」
うん。この人、たまにカッコいいんだよな。たまーに。
「生来のパンチの弱さという弱点……克服するべく試行錯誤を繰り返した。そして1つの答えに辿り着いた」
そう言うと、矢吹さんはファイティングポーズをとり、左右の腕を水平に、弧を描くように振り回した。
「その答えとは……フックじゃ」
「フックって……えっと、こうやって……」
「そう。ワシはそれまで、フックを軽視しておった。ストレートやアッパーに比べて、いまいち使いどころがないと思ってな」
確かにフックは、近付かないと当たらない、ブロックされやすい、カウンターの餌食になりやすい、の三重苦というイメージだ。
「じゃが、ワシのようなパンチの軽い者は、一撃必殺は狙えん。相手の意識を断ち切るまで攻撃を続ける、連撃必倒を狙う。そのための武器がフックじゃ。ワシはここぞというときに使うフック主体の連撃の開発を急いだ」
「フック主体の……連撃」
「が、完成したときにはもう40歳になっておってな。そんな年寄りに世界戦を組んでくれる者はおらん。結局、一度もお披露目せんまま引退したんじゃ」
「ということは……幻の必殺技?」
「そうじゃ。ワシしか知らん、誰も見たことのない技」
「そ……それを教えてもらえるんですか?」
「構えてみよ」
「は、はいっ!」
これは凄いことだ。
元日本バンタム級チャンピオン、矢吹正平。この男が3度目の世界戦に向けて編み出した必殺技。
既に故人となっている本人から、それを直接伝授してもらえるなんて……!
「まずは膝の屈伸」
「こうですか?」
「それから腰の捻り」
「えっと……こう?」
「そうじゃ。飲み込みが早いのう」
「でもこれ、防御テクニックじゃないんですか?」
ダッキングとウェービング。どちらも数えきれないくらい繰り返してきた動きだ。
「その通り。攻防一体こそ、この技の根幹をなすものじゃ」
「じゃあ、防御の姿勢から瞬時に繋ぐことができる――」
矢吹さんは、肯定の言葉の代わりにニヤリと笑った。
「そして頭を無限大の形に振り――」
「えっ?」
「反動を付けて、左右からフックを――」
「ちょっと待ってください!」
誰も知らない必殺技だって? そんなわけないだろう?
「何じゃ? 質問か?」
「あの……矢吹さん」
これって、日本で一番有名なボクシング漫画の主人公が使う……
「漫画とか好きですか?」
日本一有名な必殺技じゃないか!
「いや。ワシは漫画よりも写真派でな」
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「それって、デンプシー……」
「分かってます! 最後まで言わないでください!」
やはり地球文化マニア。リザベルさんは矢吹さんの必殺技の元ネタを知っていた。
「漫画の技を真似するのって、恥ずかしくないですか?」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。それに、矢吹さんが自分で編み出した技ですから、真似じゃないです」
そう。真似じゃない。
あの漫画の主人公があの技を始めてお披露目したのは1990年代に入ってからで、それは矢吹さんが亡くなった後だ。
加えて、矢吹さんは漫画を読まない。使うのはより実用的な写真つきのやつだけだ。何に使うのかは知らないが。
「ま、ラムダさんの必殺技は数ヶ月で習得できるようなものではなさそうですし。いいんじゃないですか? スケベロール」
「せめて矢吹ロールと言ってくださいよ……」
そして次は、ラムダさんの稽古。
緑の怪物に勝つための秘策を授けてくれるという話だが……
「∠∇∝◎▼□〒≒Πшю@§!!」
うう……何か言ってる。可愛いけど怖い。
やっぱり、弟子みたいな存在の俺が負けたことを怒ってるんだろうか。
コルネリア族の戦士の必殺技……いったい、どんなものなんだろう?




