(第016話)異文化コミュニケーション(難易度MAX)
俺が寝ている間に、ラムダさんとの交渉は終わっていたようだ。
ラムダさんはボクシングの練習が終わってから、一日三十分を目安に稽古をつけてくれる。ラムダさんには言葉が通じないので、基本は実戦形式。動きや技は『見て盗め』ということらしい。
ちなみに、稽古中はリザベルさんが通訳を務めてくれる。つまり、今後リザベルさんの機嫌を損ねるようなことがあれば、昨日の惨劇が繰り返されることになる可能性があるというわけだ。
ところで、何故ラムダからラムダさんに変わったのか。それは察してほしい。
で、今がちょうど、ボクシングの練習後だ。
例のタイマー設定によって矢吹さんが消えた後、リザベルさんが現れた、
「それじゃ、ラムダさんを呼びますね」
「早過ぎます! ちょっと待ってください!」
「多良木さん、怖いんですか?」
「そりゃ怖いですよ。けど、それよりも大きな理由があるんです」
「理由?」
「もっと詳しく知っておかなきゃなって。昨日みたいな失敗を繰り返すわけにはいきませんから」
「つまり、戦闘民族コルネリアのことを知りたい……というわけですね?」
「はい。異文化コミュニケーションですから」
地球の中だけに限定しても、異なる文化を背景にもつ人々と共存するのは難しいんだ。それが宇宙規模になると、難易度はさらに跳ね上がる。考えてみれば当たり前のことだ。
「それに俺、生前は社会科教師として、各地の文化や風習なんかを生徒たちに教えてたんです。その俺が実践できていないなんて、教えてきた生徒たちに示しがつかないなって思いまして――」
「気にしなくていいですよ。どうせ誰も聞いてなかったんでしょ?」
痛いとこ突かれた。
確かに、十六夜学園の生徒で、俺の授業をまともに聞いていた者は一人もいなかったな。
「まあ、それはいいとして。気になったのは、ラムダさんの、その……」
「服装ですか?」
「はい。リザベルさんは気になりませんでした?」
「正直に言うと、凄く気になりました」
「あれって、何なんですか?」
「コルネリアの女戦士の伝統的な戦闘服らしいですね。しかもピンクは、最強の女戦士のみ着用が許されるものだそうです」
「けどリザベルさん。あれって……」
「分かってます。あれって……」
俺もリザベルさんも言葉に詰まった。
宇宙最強の女戦士に、果たしてこんなことを言っていいのだろうか。
「ちょっと怖いですね」
「私も怖いです」
「せえので言いませんか?」
「いい考えですね。そうしましょう」
せえの。
「「ニチアサヒロイン」」
やはり、思ったことは同じか。
胸元についた大きなリボン、三段フリルのミニスカート、膝上までのハイソックス……どう見ても日曜の朝に放送される、小さな女の子と一部の成人男性に大人気のアレだ。
「リザベルさん、知ってたんですか?」
「話には聞いていましたけど、あんなに可愛いとは思っていませんでした」
「ちなみに、コルネリアの男性はどんな格好を?」
「それが……『検索してはいけない言葉』の一つに『コルネリア 成人男性』っていうのがあるんですよ」
なるほど。幸せに生きるために、頭に入れない方がいい情報だということだな。
「それと、バックプリントのくまさんみたいなのは?」
「あれはコルネリアの守護神、神獣モッチンだそうです」
「モッチン?」
「地球星でいうところの、トラとかライオンとか……そういうポジションの生物みたいですね」
「あんなに可愛いんですか?」
「いえ。実物はもっと荒々しい感じなんですが……」
何となく分かってきた。戦闘民族コルネリアは、地球人が見ると可愛いと感じるものを、強そう、勇ましい、凛々しいと感じるらしい。
「それと、コルネリア流の挨拶も知っておかないと」
「そ、それなんですが……」
「知ってるんですよね?」
「はい。もちろん」
「やってみてもらえませんか?」
「えっと……困りましたね」
「難しいんですか?」
「そうではなくて……その……」
リザベルさんは溜息をつくと、観念したかのように立ち上がった。その顔は暗く、険しい。たかが挨拶に、どうしてそこまで?
「まず、足を開いて立ちます」
「こうですか?」
「違います。こうです」
なるほど。膝を折って、いわゆるガニ股立ちをするのか。
「股間のところに両手を置いてください。指を揃えて、まっすぐに伸ばします」
「えっと……こんな感じ?」
「違います。こうです」
ふむふむ。左右の手の指先同士をくっつけるわけね。
「そして、腕を広げながら上に引き上げます」
「これで合ってます?」
「違います。こうです」
そして、指の形はそのまま、肘を曲げて……
あれ?
「これって……」
「はい。日本の某大物芸人が開発した――」
まずい。これはまずい。
「う……嘘でしょ?」
「嘘ではありません。コルネリアの学校では、起立、気を付け、コマネチです」
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「多良木さん。準備はいいですね?」
「は、はい。けど……ホントに怒らないんでしょうか?」
「多良木さんは死なないからいいでしょう?」
「死ななくても、嫌なものは嫌なんですよ!」
「出でよ! コルネリアの女戦士ラムダ!」
「相変わらず早いな……」
出てきた。やっぱり可愛い。
「△□✖〰◑♪◈♨*☆◇」
「@&$&¥★〇△▫■◆♀♂々〆※★」
リザベルさんがさっそく話しかける。何を言ってるのかまったく分からないが、音としてはマ行とパ行が多い。幼児が話しているように聞こえるのはそのためか。
それからリザベルさんは、振り返って俺を見た。心なしか緊張しているようだ。
「それじゃ多良木さん! いきますよ!」
「は、はい!」
俺とリザベルさんは、二人並んでラムダさんにコマネチをした。
信じられないことだが、これが宇宙最強の女戦士に敬意を示す方法。
ラムダさんも、笑顔でコマネチを返してくれた。




