(第001話)白い部屋と残念美人
第001話~第037話は修行編です。
ぜひ、最後までお付き合いくださいませ。
「おっはようございまーす! 新しい朝が来ましたよー!」
ん……何だ? やけにテンションの高い声が聞こえてくる……
もう少し寝かせて欲しいとごねる体に鞭打ち、俺はゆっくりと起き上がった。
「おはようございます……」
「あれぇ? 元気がないですねー! 朝は苦手ですかー?」
苦手……確かに、得意ではないな。
「え、ええ。まぁ、どちらかというと夜型なんで」
けど、それ以上に……俺は朝そのものが嫌いなんだ。
「それでは、少しずつ朝型に変えていきましょう!」
誰だか知らないが、朝型に変えろとか、はっきり言って余計なお世話なんだが。
嫌いなものは嫌いなんだ。頼むから放っておいてくれ。
「昔から、早起きは三文の徳と言いますしねー!」
ところで、これ……女性の声か。
ん? 女性?
俺の部屋に……女性?
「だ、誰ですか! どうしてここに?」
まずい! アレとアレとアレとアレを隠さなくては!
いや待て。落ち着け。冷静になれ。
お前は28年間、恋人どころか友人と呼べる女性すらいない、正真正銘、典型的な負け組弱者男性だろ?
じゃあアレだ。酔った勢いで仲良くなって、そのままホテルに……
いや待て。落ち着け。冷静になれ。
そもそもお前、酒飲めないじゃないか。ビール一口でぶっ倒れる奴に、そんな芸当ができるわけないだろ?
じゃあ、この状況……
そんな俺の部屋に女性がいるというこの状況は、いったい何なんだ?
「変ですねー? ここにって仰いましたけど、貴方、自分がどこにいるか分かってるんですか?」
いやいや。貴女こそ、何言ってるんですか。さっきまで寝てたんだから、俺の部屋に決まってるでしょう? そもそもこれは、不法侵入というれっきとした犯罪なわけで……
って、あれ?
「俺の部屋……じゃない?」
いや。それどころか、見たこともない場所だ。壁も床も天井も、すべてが白一色。
なんだか明るいなって思ってたけど、こんな真っ白に塗りたくられてたら、そりゃ明るいに決まってる。
「な……何だこれ?」
「ぷっ……くく……」
「どこ? ここどこ?」
「焦ってる焦ってる……ぶふぅっ!」
目が痛い。病院だってこんなに真っ白にしてないぞ。
「ここがどこか、教えてほしいですか?」
いったい、誰が何の目的で俺を拉致したんだ?
目の前にいる女性が、一人で俺をここまで運んできたとは思えない。
ということは、組織的な犯行? どこかに仲間が潜んでいるのか?
「そんなのいませんよー」
よかった。いないのか。
じゃあ次の疑問。この女性は誰だろう? もちろん初めて見る人だ。金髪だけど、あまり外国人って感じはしない。年の頃は二十代前半? 25歳……にはなってなさそうだな。
「ていうか、拉致って……ぶふぅっ!」
何が可笑しいのか分からないが、女性は笑いを必須に堪えている。
そして定期的に失敗しては、ぶふぅっ! と吹き出している。
とりあえず、彼女を観察して分かったことがある。
この人、美人であることは間違いないのだけれど……なんかちょっと……
「なんかちょっと? 何が言いたいんですか!」
「うわっ! 俺、声出してました?」
慌てる俺を尻目に、女性は得意気に腕を組んだ。
「私は人の心が読めるのですよ。たまに」
心が読める?
そういえば……仲間がいるかもって思ったとき、質問する前に答えてたな。
しかし、いつもじゃなくて、たまにとは……どうしてそう中途半端なんだろう。そしてその中途半端な能力を自慢する際の表情、その腕を組むリアクション。
なんかこう……やっぱり、すべてにおいてアレな感じがするんだよな。
っと、まずい。そういえばたまに心を読めるんだった。
「とりあえず、これ……夢ですよね?」
うん。そう考えるのが自然だ。
というか、それ以外考えられないだろ。
俺の質問に答えず、女性は得意気な顔をキープしたまま、ローブの袖口から一枚の紙を取り出し、読み上げた。
「えーっと、多良木伸彦さん。28歳。男性。出身地は地球星の日本国」
どうやらあの紙には、俺のことが書いてあるらしい。
「えっと……そうです」
「某大学の教育学部を卒業するも、教員採用試験に不合格。奨学金返済のため、やむなく問題児の巣窟として知られる私立十六夜学園の社会科教員として就職」
それにしても、28年も生きてきたというのに、A4サイズの紙一枚で事足りてしまうのか。なんか悲しいな。
「しかし、十六夜学園で勤務する日々は想像以上に過酷。かといって、他の就職先を斡旋してくれるような伝もなく、社会的に孤立していく」
あ……なんか思い出してきた。
「そんな多良木さんの心の支えとなったのが、ロリ顔Hカップのグラビアアイドル、《《はるる》》こと東雲遥香」
そうだ。完全に思い出した。
「しかし、彼女の熱愛報道が週刊誌にスクープされ、情緒不安定になった多良木さん。気分転換のために登山をするも――」
「滑落して死亡」
「ちゃんと覚えてるじゃないですか」
「そうじゃなくて、思い出したんですよ!」
ああ。全部思い出してしまったさ。
生徒に保護者に主任に教頭、全方位から毎日のように罵倒、叱責、たまに暴力まで飛んでくるんだ。病まないわけがないだろう。
で、連休を利用して大学時代の趣味だった一人登山に出掛けてみたら、病んだ心と運動不足の体は予想以上に衰弱していて、俺は――
「よかった。思い出してくれたんですね」
「思い出したくはなかったですけど」
何てことだ。まさか童貞のまま死ぬことに――
って、違うな。そうなるんじゃないかとは思ってたけど。
「それでは多良木さん。短い間かと思いますが、よろしくお願いします」
「は、はあ。こちらこそ」
しかし、とりあえず返しはしたものの、何が『よろしく』なんだろう。
そんなことを考えていると、女性は口元に手を当て、くすくすと笑った。どうやら、また心を読まれてしまったらしい。
「とりあえず、私だけが貴方のことを知ってるってのは公平じゃないですよね。貴方も私のこと、知りたいでしょう?」
そういって両手を広げ、笑顔のままくるりと一回転した。その動きに合わせて、たっぷりとしたローブの生地がひらひらと舞う。
何だろう。このわざとらしさ。
まあ、たぶん彼女にとって必殺の、最大限の、とっておきの何かだったんだろうけど、何の意味があるのか分からない。
やはり、最初に思った通り。
この人……美人は美人だけど、いわゆる残念美人なんだ。
「今のは読めましたよ!」
「うわっ! ごめんなさい!」