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本物の王子を呼んであるから


息も絶え絶えになりながら一生懸命に走ってたどり着いた西校舎の中は人気ひとけがなく伽藍がらんとしていた。確か一階はロビーと会議室だけだから関係ないはずよね。私の記憶じゃ二階より上の部屋だったと思うんだけど。階段を駆け上がりながら必死で記憶をたどる。


えっと・・資料準備室って二階だっけ? それとも三階? ひょっとして四階?

三ヶ月も前の入学オリエンテーションの時に来たきりだからよくわかんないよぉ!

全階しらみつぶしに探したら見つかるかもだけど時間がかかりすぎるわ。


朱里! お願い、何かあったんだったら声を出して!


二階は外れだった。五つあった教室は全部無人で資料準備室はなかった。残りは三階と四階。 あぁ… でもちょっと…ちょっと待って‥‥

む、胸が・・く、苦しい! 本校舎から走り続けでもう息が、息が続かないわ!

だけど休んでいる間に朱里が取り返しのつかないような目にあっていたら・・・

ああ、一体どうしたらいいの?!


チリチリとくすぶっていた焦燥感が赤黒い炎となってブスブスと音を立てながら胸を焦がしはじめたその時だった。カランコロンと乾いた音を立てて何か堅い棒のようなものが床を転げる音が響いたのは。

この音の近さはすぐ上の三階よね!? 胸の苦しさも忘れて私は階段を駆け上った。

そして三階の廊下を奥まで突っ走った。廊下の突き当りの部屋の教室名プレートを見た時、思わず ”あった!” と叫びそうになった。そこには「資料準備室」の文字が書かれてあった。


私は教室の入り口の前に立った。中から物音は聞こえない。だが何か異様な雰囲気が漂っているような気がした。嫌な予感を感じながらドアの把手に手を掛けると思い切って横に引いた。



「なッ・・・こ、これ ・・・・・・くッ!!」



そこには思わず悲鳴を上げて逃げ出したくなるような光景が広がっていた。床の上にあおむけになった朱里がいた。左右両側から男子生徒が二人彼女の手足を押さえつけている。ブラックウォッチ柄の制服スカートはおなかの上辺りまでまくり上げられて薄青色のショーツが下腹部の中ほどまで引き下げられていた。男女両方からハンサムガールと称されるキリッとした綺麗な顔が涙と血でぐちゃぐちゃに汚れていた。そしてその上から覆いかぶさるようにのしかかっているのは


あの赤髪の男、犬伏であった。犬伏は目の前に現れた女生徒が白兎尾 真鈴であることを認めると大きく口を開けてさもうれしそうに笑った。



「ヒャーーハッハッハッ! こいつぁ良い、 最高だぜ! イチゴパンツちゃんまで来てくれたじゃねえか。 おい、マサアキ、ジロー。 そいつ(しゅり)の手足を放して真鈴ちゃんを捕まえろ。この女をるのは真鈴ちゃんが終わった後だ。」 



その言葉を聞いて真鈴の中のどす黒い不安と焦りが粉々になって霞のように消えていった。間一髪、朱里を救うことが出来たという事実が有難かった。ただ現在の状況があまり芳しいとは言えない。犬伏に命令された二人の男子生徒が彼女まりんに向かって近づいて来ていた。本来なら今来た廊下を駆け戻って階段を駆け下り外へ助けを呼びに行くのが最良の方法だろう。


ところが彼女はあろうことか教室内に飛び込むと床に転がっていたモップの柄をつかんで大上段に振りかぶった。それだけでマサアキとジローは脅えたように立ちすくんでしまった。そんな二人の反応を尻目に真鈴はタンッ!と床を蹴った。小柄な体が文字通り脱兎のごとく犬伏めがけてすっ飛んで行く。ラビットツインのおさげ髪がそれを追いかけるようにフラットに伸びて宙を流れる。



「朱 里 か ら 離 れ ろぉぉぉぉぉぉぉーーーー!」



袈裟懸けに振り下ろされたモップの先端を犬伏は後ろに飛んであっさりと躱した。しかし朱里の身体からは飛び退かざるを得ない。



「チィッ・・!」



犬伏が首筋に手を当てて歯痒そうに舌打ちした。そこには親指ほどの擦過傷が赤いあざのように刷かれていた。モップの先端が躱しきれなかったらしかった。

真鈴は素早く駆け寄ると朱里を助け起こそうとしたが彼女の身体は固く強張ったまま動かなかった。仕方なく硬直状態の朱里の身体をずるずると引っ張りながら後ろに下がった。



「朱里! 大丈夫? しっかりして!」



朱里は一瞬呆けたような表情で真鈴を見た。そしてそれが真鈴であることを認めると大声で叫んだ。



「に、逃げて 真鈴! はやく・・早く 助けを呼んできて!」


「朱里・・?」


「お願い 急いで! あいつの、アイツの声を聴いたらもうおしまいなの! 逃げられなくなる!」


「え、逃げられなくなるって・・どういうこと?」



犬伏がのっそりと立ち上がった。下半身は髪の色とよく似た真っ赤なボクサーパンツがあらわになっていた。太腿辺りまで下がっていた黒いズボンをゆっくりと引き上げながらあの呪文を唱えるような口調で真鈴に向かって声を発した。



≪ 声を出すな そのままじっとしていろ ≫



真鈴の目が驚きに見開かれた。喉の奥に接着剤が張り付いたかの如く声帯が麻痺して動かない。同時に身体全体が枠にはめられたように自由が利かなくなった。まるで自分が木彫りの像になったような気がした。朱里の身体が硬直したままであることや逃げられなくなると言った言葉の意味がようやく理解できた。犬伏がニヤリと笑って



「逃げられなくなるってのはそういうことだぜ。」



と勝ち誇ったように言った。朱里の目に絶望の色が浮かんだ。真鈴は何も言わず唇を嚙みしめながら握った得物モップをブルブルと震わせていた。硬直した体をどうにか動かそうと精神を集中しているように見えた。



「ケッケッケ。 無駄なあがきは止めな。俺の言霊縛りに掛かったら後数分間は動けねえよ。じゃあ最初の予定通りイチゴパンツちゃんから可愛がってやるとすっかぁ。

さて今日のパンツはどんなのを穿いてき・・・・・え!!」



犬伏の声が途中で止まった。真鈴が動いていた。手足を縛る見えない荒縄をブチッ、ブチッと引き千切るような重く遅い動きだった。最初の攻撃とは比べ物にならないほどのぎこちなく雑な打ち込みではあったがそれでもまともに食らえば無傷ではいられないような迫力があった。犬伏の表情に焦りの色が疾った。それを躱しきれずに前腕部で受けた。ゴッというくぐもった音が響く。苦痛で顔をしかめながら彼はそのまま前に出ると肩でドンと真鈴を弾き飛ばした。強烈な体当たりを喰らった少女の身体とモップが別々の方向へと床を転がっていく。



「なんで動ける?! なんで俺の邪眼に抵抗できるんだ? おまけに二度も俺の身体に当てやがった。先見の術が効かねえってお前まさか・・ばあちゃんの言ってた照魔鏡のわざ持ちか?」



真鈴の身体は教室の机の一つにぶつかって止まった。体を起こそうとするが脳震盪でも起こしたのか頭がクラクラして体に力が入らない。丸腰になった彼女をみてマサアキとジローが再び近付いてきた。犬伏が二人に向かって言った。



その女(まりん)を押さえてここへ連れてきな。俺の前にひざまずかせるんだ。」



マサアキとジローは真鈴の肩と手首をがっちりと掴んで左右から抑え込むと犬伏の前に引っ張って行き床に跪かせた。犬伏は近くにあった椅子を引き寄せてドカッと腰を下ろすと足を高く組んだ。そのまま首の後ろで両手を組むと自分のまえに跪かせた少女を見下ろした。



「ヘッ 残念だったな、イチゴパンツちゃん。もう少しで逃げられるところだったのによ。照魔鏡の技持ちだろうがなんだろうが腕づくで押さえられちまえばどうしようもねえだろ。 なんで最初はなっから逃げなかったんだ? そしたら外に助けを呼びに行けただろうによ。」



すると真鈴がベランダの外を見ながらぼそりと何かを呟いた。その呟きはそばで彼女を拘束していたマサアキの耳にも届いた。



「‥‥助けなら‥もう呼んであるもの。」



なんの不安も怯えも感じさせない呟きだった。その淡々とした乾いた声を聴いたときマサアキは背筋に冷たいものが這い上がってくるのを感じた。



「呼んだって・・誰を?」



彼は真鈴の視線をなぞるように窓ガラスの向こうのベランダに眼をやった。ベランダの手すりから5、6メートルほど離れた場所には樹齢百年は越えていようかと思われる巨木の鬱蒼と茂った枝葉がサワサワと揺れていた。


突然、それが強風にあおられたように大きくザザンッ!と揺れ動いた。口を開けた濃緑の闇の中から巨大な黒い影が舞い上がった。大鷲と見まがうようなその影は放物線を描いて宙を飛ぶと彼らのいる教室のベランダの手前に落ちたように見えた。


次の瞬間、心臓を猛禽類の尖った爪で鷲掴みにされたような恐怖がマサアキの胸を走り抜けた。固く冷たいタイルに覆われた手すりに二つの異様な何かがガッシリと嚙みこんでいた。


それは暗灰色の獣毛に覆われた巨大な左右の手であった。

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