朱里の受難
現れたのはショートカットのすらりとした身体つきの女子だった。シュッと切れ上がった一重瞼の大きな目とまっすぐ伸びた小ぶりな鼻、そして薄珊瑚色の絵の具をスッと引いたような受け口気味の唇のアンサンブルが端正な顔だちを造り出している。白兎尾 真鈴の持つ小動物的な可愛いらしさとは違ってクールなハンサムガールと言った表現がしっくりくる少女だった。
「えっ・・し、白兎尾 真鈴じゃねえっすね。 あ、あんた誰なんすか?」
予定外の人物の出現にマサアキは面食らってそう訊いた。女子生徒はマサアキの質問には答えず教室内をぐるりと見回すと逆に彼に訊ねてきた。
「松坂君はどこにいるの? あなた達は誰?」
「お、俺たちは・・その・・・いや、それより白兎尾さんは来てないんすか?
なんであんたが来たんすか?」
「松坂君から手紙をもらったからよ。この時間にここへ来るようにって・・・・」
「ハァッ? そんなバカな・・アッ、ひょっとしてアイツ、手紙を出す相手を間違ったんじゃ? 呼び出すのは白兎尾だってあれほど言っておいたのに!」
「白兎尾? それって真鈴のこと? じゃあなんで私の靴箱に手紙が・・・・・」
現れた女子生徒は白兎尾 真鈴の親友である小比鹿 朱里だった。彼女はマサアキの言葉を聞いて何かを考えるような仕草をしていたがやがて成程といった表情になって呟いた。
「分かったわ。私のシューズロッカーの一つ下が彼女のだから入れ間違えたのね、たぶん。」
竜胆学院においてシューズロッカーの順番は上から下へあいうえお順に並んでいる。本来ならア行の小比鹿とサ行の白兎尾では間が空くはずなのだが担当の事務職員が おびか を こびか と間違えて読むというミスを犯した。さらに朱里達のクラスの女子にはサで始まる苗字の生徒が偶々《たまたま》いなかった。そのため真鈴と朱里のロッカー位置はカ行の最後のコとサ行の二番目のシとなって上下に連続して並んでしまったのである。仲の良い二人はそれで良いじゃんと報告しなかったため修正されないまま今に至っていた。
入学してから三ヶ月を過ぎる間に二人ともシューズロッカーの中に入れられたラブレターを何度も受け取った。時にはそれが真鈴と朱里のシューズロッカーを間違えて入れられていたこともあった。だから真鈴ではなく自分がここへ来ることになった理由として朱里がそう思い至ったのは当然の流れであった。
だが・・・なぜ呼び出した側の松坂 徹がいないのだろうか?
自分が間違って呼び出されたことは理由が思いつくが彼がこの場にいないことは説明がつかない。それにここにいる男子二人はどこのクラスだろうか?
正直言ってあまり見かけた記憶がない。女子ならともかく学年全体で四十名少々しかいない男子のなかで見覚えがないというのはいささか不思議だ。ひょっとすると一年生ではなく上級生なのかもしれないが・・・・・
「あんた達、一年生よね? 何組? 名前は?」
「「 ・・・・・・・! 」」
所属する組を聞かれて二人の雰囲気が変わった。互いに顔を見合わせどう答えたものか戸惑った様子を見せた。
「松坂君がいないってことはあんた達、彼の名を騙って真鈴を呼び出そうとしたってことよね。どうしても告白したかったから ” 王子 ”の人気を悪用したってわけ? でもそれなら二人もいるのはおかしくない?
呼び出した後であの娘に一体何をするつもりだったの?」
「「 ・・・・・・・ 」」
「名前も言えない、クラスも言えない、理由も言えないってことは何か良くないことをしようと考えていたんじゃないの!」
朱里の口調が詰問するそれに変わった。二人の男子生徒の片方、もう一人より少し背が高くて吊り上がったキツネ目をした少年の耳たぶにピアス痕と思われる穴が空いているのに気が付いたからだ。
竜胆学院の入学面接試験ではピアス、タトゥーなどは厳しくチェックされる。外部から目に触れる位置にそれらしき痕跡が一つでもあれば如何に学科試験の成績が良くても絶対に入学できないはずであった。ということはおそらくこの二人はうちの生徒ではなく他校生、という推論が彼女の頭の中で組み上がった。
「あなた、耳にピアスの穴が空いているわね。ウチの学生には少なくとも人目に触れる部分にそんな痕がある人はいないはずよ。
あんた達、いったいどこの高校の生徒なの!?」
朱里にそう指摘されて木原ジローはギョッとしたように自分の耳を指でつかむと岡田マサアキの方を見た。マサアキは チッ! と舌打ちすると目の動きで戸を閉めろと合図した。するとジローが弾かれたように教室の後方ドアめがけて走り出した。そしてピシャッとドアを引いて閉めた。それと示し合わせたようにマサアキが朱里にジリジリと近づいてきた。教室の前方ドアへの逃げ道をふさぐような動き方であった。
ところが朱里はくるりと身をひるがえすとベランダ側にある後方ドアへと向かった。
ベランダに逃げるつもりかと思われたがそうではなかった。朱里が目指したのは後方ドアの近くに置かれた掃除用具の入ったロッカーだった。そしてロッカーの中からモップを取り出すと素早く先端の房糸部分を外して木製の柄の部分のみを両手で握り正眼に構えた。
剣道の竹刀の長さの規格は女子高生用で約117センチ、モップの柄はスタンダードタイプで約125センチ前後である。よって少し短く握ればよく似た感覚で扱うことができる。重くはあるがそれだけ威力も強い。竹刀というより木刀に近い危険性を持った得物であった。
逃走ではなく闘争を選んだ朱里に対し少年二人は嘲笑いを浮かべながら無造作に近づいて行った。喧嘩慣れした彼らにとってほっそりした少女が構えるモップの柄など武器の内に入らなかった。マサアキは大きく踏み込むと少女を捕まえようと手を伸ばす。次の瞬間、その手に電流のような衝撃が走った。ほとんど同時に頭蓋が割れたかと思うような衝撃が頭の中で爆発した。目の中が真っ白い閃光に覆われて意識が飛ぶ。彼はストンと膝をついてそのまま床に突っ伏した。
小手打ちから面打ちへと流れるような連続攻撃でマサアキを打ち倒した朱里はそのままモップの柄の先をジローに向けた。思わぬ反撃に驚いたジローはヒィッと声を上げて固まった。スルリと上段に持ち上げられたモップの柄の先がゆるやかな弧を描いて頭上に落ちてくる。思わず両手を上げて防ごうとしたそれはフェイントであった。
がら空きになった少年の胴を堅いモップの柄が容赦なく抜いた。ズゥンと腹の底に響く衝撃が脇腹から胸へと堪えがたい痛みを伴って駆け上がってくる。ジローはグゥッという呻き声を発してマサアキと同様に床に倒れこんだ。
朱里は当然といった表情で床に這いつくばって悶える少年二人を見下ろした。中学時代は真鈴と二人で剣道の県大会の個人戦において上位陣の常連であったレベルの腕前である。棒一本持てばそこらの不良少年など物の数ではなかった。彼女は教室を出ようと廊下側の後方引戸に向かって足早に進んだ。そのまま守衛室に駆け込んで不法侵入者が居ると通報するつもりだった。そして引戸に手を掛けようとしたその時、後ろから声がかかった。
≪ 待ちな ≫
その途端、教室の外へ進もうとしていた足が痺れたように止まった。
≪ 戸に触るんじゃねえぜ ≫
今度は引戸の把手に伸ばしかけていた手が強張ったように動かなくなった。粘り気のある湿った声であった。何故、手足が動かないのか! これは一体!?
朱里は首をめぐらして声の主を見た。そこにいたのは真っ赤な髪に不健康そうな青白い肌をした不気味な雰囲気の男だった。特にその眼には見たものをゾッとさせる何か禍々しいものがあった。蒼みを帯びた白眼の真ん中に真っ黒なコールタールをどろりと一滴落とし込んだような小さな虹彩、いわゆる四白眼の眼が彼女を見つめていた。
「ああん? イチゴパンツちゃんじゃねえじゃん。どうなってんだ、マサアキ?
この女は誰なんだよ?」
叩きつけられたカエルのごとくうずくまって動かなかったマサアキがもそもそと身を起こして左右に首を振った。どうやら脳震盪の状態から抜け出したようだ。
「すん・ませ・・ん、犬伏さ・・ん。こ、こいつは誰か知らない女で・・す。呼び出しを・・頼ん・でたや・・つが相手を間違えたみた・・いっす。でも・・ぐ、偶・・然かど・うか白兎・・尾の知り合いら・・しいっす。
アァ~ ~・ ~・・・頭が・・イ、痛ッ・・テェーーー」
「ホォー、そうなのか? 確かに真鈴ちゃんとは違う方向で良い女だな。キリッとした目つきにすらりとした手足がたまんねえ感じだぜ。まるで捥ぎたての青い果実みたいなお嬢さんじゃねえか。だがあんまり俺の趣味じゃねえけどよ。
まあ 思う存分抱いて自分の女にしてやったらその雰囲気がどう変わるのかちょっと興味はあるがな・・・・・ところでお前、名前はなんて言うんだ?」
朱里はその問いかけを無視した。同時に痺れたように凝り固まっていた手足がほぼ元通りの感覚を取り戻していることに気付いた。赤髪の男が発したと思われるこの不可解な状態異常は効果時間はそう長くはないらしい。彼女は赤髪の男めがけて一挙に踏み込むと先ほどと同じ面打ちから胴打ちの二段攻撃を打ち込んだ。
ところが・・・そのどちらもあっさりと躱された!
犬伏はユラリと身を捩りスッと身を引くわずかな動きだけで彼女の素早い連撃をいなしてしまった。ただ彼の動きは剣道経験者のそれではなかった。日常生活における普通の何気ない動きであった。不可解な状況に朱里は焦った。再びあの呪詛の如き正体不明のつぶやきを投げかけられればまた動きを封じられてしまう!
彼女はモップの柄をギリギリまで長く持つと怒涛のような勢いで飛び込みながら袈裟懸けに切り込んだ。面打ちを装いながら狙ったのは頭や胴ではなく膝であった。現代の競技剣道においては腰から下への攻撃は反則行為であるが戦国時代の生死を掛けた合戦においては有効かつ実戦的な技であった。しかし朱里の必死の思いがこもったその一撃を赤髪の男はひょいと足を上げて躱してしまった。信じられなかった。初見であればまず躱すことの出来ないはずの脛切りを低い柵を踏み越えるように気負いなく凌いでしまったのだ。まるでそこに攻撃が来ることが最初からわかっていたかのように・・・・・
空を切ったモップの柄の先端が激しく床にぶつかって朱里の手を痺れさせた。呆然とした彼女の頬を犬伏の強烈な平手打ちが打ち抜いた。一切の斟酌がない非情な打擲であった。首が弓なりにのけぞるほどの衝撃を受けて彼女の身体は吹き飛び床に転がった。激しい脳震盪で視界の中に花火のような星が無数に飛んだ。真っ白になった意識が暗闇に堕ちかけていた。口の中が切れて鉄をこすり合わせたような生臭い塩味と匂いが鼻腔の中に充満している。ヌルヌルした気持ち悪い感触に鼻の下を拭うとべっとりとした鼻血が付いた。
「ほぉー、穿いてんのは薄青色のパンツかよ。青い果実のようなお嬢さんのイメージにぴったりだな。よぉし、お前の呼び名は青パンツちゃんだ。」
ひっくり返った衝撃でスカートがめくれ上がりあられもなく広がった大腿部の奥を秘めやかに包むベビーブルーの下着が丸見えになっていた。朱里は千切れ千切れになりそうな意識を必死にかき集めて服の乱れを直すとモップの柄を支えにどうにか立ち上がって犬伏に向かい合った。殴られた痛み、さらに無様な恰好を見られた羞恥と悔しさで涙が止まらない。それでもこぼれ出そうになる嗚咽をなんとか押さえつけて赤髪の男を睨んだ。犬伏は口端をゆがめてニヤリと笑った。
「気の強い女だな。おめえ、名前はなんて言うんだ?」
他校へこっそり乗り込んで女子生徒に悪行を働こうとするような無法で外道な連中に名前を教えたりなどできるはずがない! と朱里は思った。 彼女は口の中に溜まった赤い唾をペッと吐き出して言い返した。
「あんたなんかに教える名前はないわ!」
犬伏は先ほどの嘲るような微笑みを消すと腹底に響く冷たく暗い声で言った。
「この前ぶっ潰した他校のグループの頭がよ、似たようなことを言いやがった。タイマンで俺にボコられて地面に這いつくばってるくせに負けを認めやがらねえ。俺たち不良の世界じゃな、負けた奴は勝った奴の言うことをどんなことでも聞かなきゃなんねえって掟があんのさ。だからそれをちゃんとわからせるためにそいつには仕置きをしてやった。何をしたかわかるか、お嬢ちゃん?」
犬伏は彼女に向かって再び不気味な薄笑いを浮かべるとこう言った。
「そいつの仲間が見ている前でよ、俺の糞を舐めさせてやったのさ。そいつはポロポロ涙をこぼしてヒィヒィ泣きながら俺の糞を舐めてたよ。その後、学校に来なくなって今じゃどこで何をしてるのかわからねえらしいがな。
で、お前はどうすんだ? お前も俺の出した糞をここで舐めてみるかい? 何なら動画にでも撮ってやろうか。エロ動画の投稿サイトにアップすればバズること間違いなしだぜ。ヒイッヒィッヒッヒ・・ククク」
下卑た笑い声をあげながら男は朱里に向かって訊ねた。
「さぁ、 言ってみろ。お前の名前はなんて言うんだ?」
朱里は戦慄した。あの言葉掛けによる得体のしれない一時的な傀儡化にかかってしまえば自分はどうなるのだろう。男の ”あの力” にそこまでの強制力があるかはわからないがもしあった場合のことを考えると・・・・・・
絶対に嫌だ! 他人の排泄物を舐めているような動画が拡散されてしまえばおそらく自分は生きてはいられない。たとえ拡散されずとも一生この男の支配から抜け出せないだろう。 自分の名前が知りたいのならば ”あの力” で「名前を喋れ」と唱えれば済むはずだ。なのにそれをせずに恐怖と絶望で精神を縛って無理やり本人に選択させようとするところに男の精神の歪みが現れていた。
「グゥッ・・・お、小比・鹿‥‥朱里・・」
胸を焼き焦がすような屈辱を涙とともに飲み込みながら彼女は名乗った。苦渋の決断であった。だがこれで事態が変わったわけではない。ほんの少し処刑時間が伸びただけだ。この後、彼らが自分にしてくるであろうことは容易に想像がつく。この棟は移動授業用の教室がほとんどで放課後にはあまり人がいない。以前から治安の面で問題ありとの声が上がっている場所であった。
もし大声を出せば階下もしくは外にいる人が気付いてくれるだろうか・・?
そう考えた矢先、犬伏の呪文を唱えるような湿った声が響いた。
≪ 声を出すな ≫
途端に声が出なくなった。息はできるが声を出そうとしてもヒュウヒュウと笛のような吐息が漏れるばかりで発声ができない。自分の身体が犬伏の言葉に勝手に反応しているのだ。恐ろしく頭の回る男だった。彼女の思考を見透かしているとしか思えなかった。
≪ モップを捨てて床に膝をつけ ≫
言われたとおりに反応する自分の肉体に歯痒さと驚きを感じながら朱里はモップの柄を放して床に膝を突いた。カランコロンと音を立ててモップの柄が床の上に転がっていった。
「マサアキ、ジロー。今からこの女を強姦るぞ。手足を抑えろ。」
先ほどモップの柄でしたたかに打ち込まれ悶絶させられた恨みを晴らさんとばかりに二人は少女の身体に荒々しく襲い掛かった。必死に逃れようともがく朱里に犬伏が非情の宣告を下した。
≪ 暴れるな じっとしていろ ≫
たちまち手足が棒を飲んだように固くなり自分の意志では動かせなくなった。声も出せない状態の彼女の手足を少年二人は思うさまに引っ張り、拡げて押さえつける。
朱里の手足はマサアキが右手と右足、ジローが左手と左足をそれぞれ押さえつけて動けなくされてしまった。カエルが仰向けに地べたに叩きつけられたような格好になった彼女の身体に犬伏が近づきM字状に開脚させられた太腿の間に両膝を突く。ガチャガチャと音を立ててベルトを緩めるとズボンを膝近くまで下した。そしてゆっくりと覆いかぶさってきた。
『いやぁぁぁぁーーーーー! だ、誰か・・誰か助けてぇぇぇぇぇ!』
朱里の悲痛な無声の叫びが教室の中に響き渡った。




