04. 神異庁特別対策課
僕はいつも、救われてばかりだ
一方的に救われて、僕は誰も救えない
できるのは、不幸にすることだけ
…
目が覚めると、知らない家の中にいた。
どうやらまた気を失っていたらしく、どこかに運び込まれたらしい。ベッドから這い出すとまだ少し寒い。
「おはよう。朝早いのね」
「!」
見上げると、自分を死地へと追いやった女、黒条綾華がそこに立っていた。
「なんで!?」
「なんでって、私とあなたは同じ4班の仲間よ。それにこれからは一緒に暮らすんだから、驚いている暇は無いわよ」
「…」
目が覚めたあの日から驚くことの連続で、もう言葉もでない。自分をいつでも殺すことのできる女と暮らす…!?考えたくもない。
「朝ごはんできてるから、早く食べなさい。7時には家をでるから着替えも済ませてね」
そういって着替えを手渡してくる。墨田区の時から知らない服を着ていたけど、この人が用意してたのか…。服のセンスが同じだ。
朝ごはん…そういえば最後に食事をとったのはずっと前な気がする。それほど空腹ではないが、食欲は湧いてくる。
焼き鮭、味噌汁、ごはん。黒条さんはだいぶ朝からがっつり食べるタイプみたいだ。
「…いただきます」
久しぶりの食事、朝は弱いと自分では思っていたけど、意外にも完食できた。
渡された着替えを着る。なんだがガチャガチャとしたデザインであまり着心地は良くない。
「準備完了かしら?それじゃあ行きましょ」
外に出ると既に車が到着している。ドライバーがドアを開けてくれるので、後部座席に乗り込んだ。
外から見ると先程までいた建物は結構綺麗なマンション。運転手といい、神異庁の人たちは中々いい暮らしをしているみたいだ。
「どこに向かってるんですか?この車」
「今日は神異庁本部に出向くわ。あなたのお披露目会、まぁ歓迎会ってところかしら」
新人研修がアレなら、歓迎会も…。楽しいイメージが微塵も湧いてこない。
「そもそも神異庁ってなんなんですか。なんの説明もなしに仲間だとか…理解できないです」
「あら、知ってるのかと思ってたわ。神異庁は17年前の事件をきっかけにできた新たな国家行政機関のひとつ。勿論、世間に存在は公表していないけどね。異能力の存在を世間に認めることになるから」
「17年前の事件って何ですか?」
「そのことも知らないのね」
少しだけ間が空いた後再び話し始めた。
「17年前、あなたのお父さんが作った人魚姫が、東京中を破壊したの。異能力の存在を秘匿していた政府の努力は水の泡。だって科学では説明できない存在が、東京で暴れまわってるんですもの。世界中の政府から日本は非難されたわ」
「そんな…」
「東京が半壊したのもそうだけど、あれ以来異能力の存在に気付くものが増えたの。急に力を手に入れた人は、大抵犯罪に走る。今日本中で異能力による犯罪が起こっているのよ」
考えられない。父が、そんなことするはず…
「だから神異庁にはあなたの力が必要なの。人魚姫の力を政府が使えるようになれば、これ以上の抑止力はないわ」
「…なんで、僕がそんなこと…」
「…」
その悲痛の叫びに返答はなかった。それから到着まで、変わり映えのしない景色を見る時間が続いた。
…
車は地下駐車場で停車した。またもやドライバーがドアを開けてくれたので、気乗りしないが降りるしかない。
「ようこそ!碧くん!君と会える機会を心待ちにしていたよ!」
声を駐車場中に反響させながら、2人の男が早歩きでこちらに向かってくる。
堂々とした歩き方のオールバックの男がまっすぐとこちらに歩いており、その後ろをくたびれたような雰囲気の男が追うように歩いている。
「一見ただの駐車場だが、ここから神異庁につながっている。中々興味がそそられる施設だとは思わないか!?君を特別対策課に招き入れた時から、是非とも話をしたいと思っていた」
「波瀬ヶ崎さん!こんなところで重要な話をしないでください。さぁ伊佐波さん、黒条さん、こちらへ」
「ありがとうございます川俣さん。いくよ碧くん」
「せっかく私がここまで出向いたというのに、挨拶も無しかね綾華くん。まったく最近の若いもんはつくづく理解できないね」
「あなたも十分若いですよ。波瀬ヶ崎さん」
「…」
どうやら思っていたほどお堅い組織ではないみたいだ。
…
施設の中は思ったより広く、自分1人ではすぐに迷ってしまいそうだった。
「さぁさぁこちらへ!ここが私の特別対策課だ」
見た目は普通の会社と変わらなかった。黒条さんみたいな異能力者が集まっているからといって、何か特殊な部屋な訳では無いみたいだ。
「拍子抜けしたという顔をしてるな碧くん。我々は現場で働くのが主だから、そもそもこの部屋自体が不要とも言われている。実際ここでパソコンを使って働くのは私と川俣くらいだ」
勝手に人の気持ちを代弁して波瀬ヶ崎さんは笑っている。でも実際拍子抜けしたのは確かだ。少し安心して、緊張がほぐれたような気がする。
「さぁさぁ座りたまえ。君は私の前だ碧くん!」
そのまま特殊対策課の会議室に通され、波瀬ヶ崎さんの前に座らされた。
何をされるんだろう…不安だ。
何も言わずに隣に座ってくれる黒条さんがありがたい。
「君の墨田区での活躍、見させてもらったよ。犯罪者どもを一網打尽だったじゃないか。素晴らしい力だ」
…思い出したくない。それにいまいち記憶が曖昧で良く思い出せない。意識がはっきりした時には、瓦礫になったビルとその下に埋まる死体の数々。あの惨劇を自分が起こした物だと受け入れたくない。
「人魚姫の力を我々が使えるようになれば、これより心強いことはない。しかしどうして17年ぶりに動き出したのか、我々にはさっぱりでね。今日は君にそれを聞きたくて来てもらったんだ」
人魚姫と呼ばれ。自分の母親がそんな呼び方をされるのは腹立たしいが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「なぜ母が動き出したのかは、僕にもわかりません。ただ、母は僕を助けにきてくれているのだと思います」
「…?」
「…?」
不思議そうな顔で見つめられている。どういうことだ?周囲を見渡しても、皆同じような反応で助けてくれそうもない。
「あのー、何かおかしなことでもいいましたでしょうか?」
「…なるほど。なるほどなぁ…。面白い。とても興味深いぞぉ…うん」
波瀬ヶ崎さんは自分の世界に入ってしまっているようだ。気まずい。帰るところもないけれど、今すぐ帰りたい気分だ。
「人魚姫がお前の母か。なるほど、それなら全て合点がいく。伊佐波裕はお前の母の魂を使ってあの化け物を作り出したのか」
僕の父が…母を?ちょっと待て、母の…?
「僕の父が母を作ったというのは、どういうことですか」
「君の父親は死人の魂で化け物を作れるんだ。あの人魚姫も同じ。しかしなぜ人魚姫だけが強大な力を持ったのか分かっていなかった。だがあれがお前の母の魂を使って作られているのだとしたら、説明できる。伊佐波裕の能力は大切な人物の魂を使った方が強大になるのだろう」
「そうじゃなくて、ということは母は」
「君の母親?伊佐波裕の妻、君のお母さんは17年前に、死んだよ」
…
お前の母は、美しい人だった
俺は彼女がいるからこれまで生きてきたんだ。ただ彼女と生きていたくて
だが17年前死んでしまった。お前を残してな
なぜ彼女は死ななければならなかった。
なぜ彼女は殺されなければならなかった
なぜ俺は、彼女を守れなかった
この世に残されて、俺はどうすればいい
お前はどう思う? 碧
…
「碧くん?」
「…黒条さん」
「よかった。あなたってよく意識を失うのね」
「すいません。まだ記憶がはっきりとしなくて,,,母が死んだと言われてすこし動転してしまって…」
「いやー心配したよ碧くん。確かにまだ若い少年に、正面から死んだなどと…軽率だった。申し訳ない」
「大丈夫です。でも何故母が動くのかは本当に分からないんです。自分で動かすことも…できないです」
「そうかそうか…いやぁすまない。私のくだらない話でつらい思いをさせてしまったな。この話は一旦終わろう。では次の話に移る。ここからは黒条くんも聞いてくれよ」
「あ、はい」
ボーっとしていたのを見抜かれたのに、悪びれる様子はなかった。
「それでは、次の作戦、墨田区掃討作戦について説明する!」
急いで作ったので、誤字脱字があれば教えてください。
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