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03. 対策課新人研修

 17年ぶりに動き回った人魚姫であったが、伊佐波碧の回収が完了された後は、スカイツリーまで戻り再び休眠状態になっている。


 かつては観光地として栄えていた墨田区であったが、化け物に頂上から見下ろされる街となってからは見る影もない。


 破壊されたビルの瓦礫が撤去されずに放置され、残った建物に細々と人が住んでいる。


 当然、空白の地帯には犯罪が蔓延る。墨田区はいくつもの反政府組織が存在するスラムと化していた。


 そんな街の半壊したビルの屋上に、伊佐波碧はいた。



「目を覚ましたのね。具合はどうかしら」


「…」

  手に触れた瞬間から今の今まで、ずっと意識を失っていたのか。あれからどのくらい経ったんだろう。

  てっきり拘束されているのかと思ったが、手足が自由に動かせるのでゆっくりと立ち上がった。


「まだ起きたばかりなんだから気をつけてね。私は黒条綾華。所属は神異庁特別対策課の第4班。連れていくのに少々手荒な真似をしたけど、あなたに敵意はないわ」


  まだあの時の痛みが残っているのか、首が妙に痛む。


「私たちの目的は貴方の保護だったんだけど…少し事情が変わってね。貴方には私と同じ4班の一員として、神異庁で働いてもらうわ」


 突然のことで理解が追いつかない。僕が、神異庁で?

 いやいやそもそも神異庁ってなんなんだ!頭の中で何度も響くその言葉。ずっと眠っていたからか記憶に霞がかかったようで、何も思い出せない。


「突然のことでまだ驚いているかしら。ここに来たのもその研修の一環、ここがどこか分かる?」


 周囲を見渡しても見覚えのある景色はない。なのに何故か今いる場所の名前が、直ぐに思い出された。


「…墨田区ですか」


「正解ッ!公表されてはいないけれど、今ここには私たちが確認できているだけで30以上の反政府組織があるの」


「そんなにですか!」


「勿論小規模な組織を含めてだけどね。あのビルを見てくれる?」


 なんの変哲もない、五階建てのビル。しかし周囲は瓦礫ばかりで人が寄り付かなさそうな場所にポツンと建っている。


「あそこは反政府組織の一つ「山園連合」の本部よ。そこそこ大きな組織の一つだけど、異能力者は確認されてないから、本来私たちの仕事じゃないんだけどね」


「…なんの話ですか」

 とても嫌な予感がして、一歩、二歩と後退りした。


「今から君にはあそこに行ってもらうわ。1人でね♪」


「む…無理ですよ!大体なんでそんなこと!」


「言ったでしょう?新人研修の一環よ」


「…」

  屋上の出口はほぼ対角線にある。飛び降りたら即死の高さ。僕が逃げる可能性を考慮して、ここに連れてきたのか…

 しかし、生きる可能性があるとしたら、出口まで走ってここから逃げる。それしかない!


 振り向き、全速力で対角線上の出口まで駆け出す。その瞬間、気を失った時と同じ痛みが碧の首を襲った。


「ガッ…ア…」


「縊殺隷従。あなたの首には私の呪いがかけられてるの。私の意思でいつでも殺すことができる」


 前回より少しだけ首を絞める力が弱く、苦しみが長く続く。


「…でも今死なれると困るわ。君は私たちの仲間なんだから」


 意識を手放す寸前で拘束が解けた。


「ゲホッゲホッ!……ゲホッ!…ハァハァ…。でも同じじゃないですか…」


「?」


「あそこに行ってもですよ!テロリストですよ!ここで死んでも、テロリストに殺されて死んでも、、、同じじゃないか」


「それは貴方次第よ。伊佐波くん」

 その言葉と共に、綾華の袖から2本の鎖が伸び、碧の体に巻きついた。


「えっどうなるんですか?僕」


「無事を祈ってるわ!さぁ行ってこーーい!!」

 鎖に巻かれたままぐるぐると振り回され、回転は次第に速くなり、そして


「発射!」

 巻きついていた鎖が、消えた



 ────


 ドカァーン


 まるで爆発のような音がビルの響いた。


「なんだ今の揺れは!」

「どうした!」

「事故か!」

「いや爆発物はここには持ち込んでねぇ…何が起きてやがる」


 異変に気づいたテロリストたちは音がした四階へと次々に集まってくる。


「やすし!何があった!」

「前山さん!ガキです!窓をぶち破ってガキが入ってきたんです」


「なにぃ!?そのガキは今どこだ!」


「えっと…その…」


 やすしが指を指したのは瓦礫の下。崩れた壁の破片に埋もれながらガキが泣いていた。


「お、おいテメェどうしたんだ」


「いてぇ…いてぇよお〜」

 高校生くらいの少年が年甲斐もなく大泣きしている。


「おい誰か!誰か医者連れてこい!」


「いてぇよー。どうして僕がこんな目にぃ」


「おいガキ!どこがいてぇんだ!頭か、腕か?」

 少年の体を起こしケガを探すが、目立った外傷はどこにもない。それどころか出血もしていなかった。


 窓のそとから突き破ってきたならガラス片で傷がつくはず、そもそも壁をぶっ壊すほどの勢いで衝突したなら、通常の人間なら怪我が無いはずがない…。


「ちょっと待て」


 前山の一言で騒がしかった周囲がピタリと止まる。


「このガキ普通じゃねぇ…おいテメェ神異庁のもんだろ」


「え…?」


「騙されるところだったが、こんなぶつかり方して無傷なわけがねぇ…お前ら銃だせ!」


 前山の抜いた拳銃が碧の額に押し付けられ、他の人々も次々に銃を抜いた。


 眼前に突きつけられた死。本物の銃を見たのなんて初めてなのに、それが僕の命を簡単に奪うのを身体が理解し、震えている。


 あぁ…死ぬのか、僕。


「ま、前山さん。アレ!アレ!」


「次はなんだやすし!他にも神異庁のやつが」


 窓の外を見て、驚きから言おうとしていた言葉が頭から消える。理解が追いつかず頭が真っ白になった。


 目だった。

 窓の外から巨大な目が中を覗いている。

 ギョロギョロと、獲物を数えるように、じっくりと中を見渡していた。


「人…魚姫…?」


 全員の理解が追いついた時四階はパニックになった。


「逃げろっ!お前ら逃げろおおおおおおおお」


 階段に向かって人々が詰めかけるのをあざ笑うかのように、ビルの中に人魚姫の腕が入ってくる。逃げ惑う人々をつかみ取り、握りつぶした。そのまま砂の城を壊すように階段ごと人々を薙ぎ払う。崩れ行くビルと共に人々が階下に落ちていく。


 そんな中たった一人、伊佐波碧だけがぼぉっと人魚姫を見つめていた。


「てめぇ…生きて返さねぇぞ!」


 フラフラと人魚姫に向かって歩いて行く碧を、前山は拳銃で狙う。周囲に響く悲鳴、政府から見ればただの犯罪者だが、前山にとってはかけがえのない仲間たちだった。その殺意が、極限状態でも冷静に標準を定める力を与えた。


 死ね…!


 バンッ


 銃弾は碧の頭を正確に撃ち抜いた。貫通した弾は碧の脳ミソをぶちまけ、人魚姫も動きを停止するかもしれない…はずだった。


 撃ち抜かれた碧は再び立ち上がり、またフラフラと歩き始めた。


 効果なしか…


 前山が最後に見たのは、人魚姫の前に立ち、こちらを振り返っている碧の姿。青白い肌と虚ろな目をこちらに向けてくるその姿は、眼前に広がる絶望が、もう一匹増えたようであった。


「人魚姫…」



 ────


「やはりあの力は絶大だな」


 人魚姫を観察するため、墨田区には特別管理課によって監視の目がそこら中に張り巡らされている。逐一記録されている人魚姫の映像を見ながら、波瀬ヶ崎正善はうっとりとしている。


「しかし、まだ動き出す理由は分かっておりません。黒条からの報告も、『碧に危険が及ぶことで、守るように動き出す』としか書かれていません」


「相変わらず漠然とした報告だな…まぁいい。これから何度も使っていくうちに分かっていくだろう。分からないことが多い方が、それだけ秘めたポテンシャルも多いに違いない」


「また、今回の作戦で山園連合は壊滅。それに伴って生じた空白地帯で、犯罪組織同士の縄張り争いが起きていると、観察課から報告がありました。こちらに関しては、何かお考えがあってのことなのでしょうか」

 波瀬ヶ崎には神異庁内に敵が多い。その秘書をしている川俣の心労も並々ではなかった。墨田区で起こっている新たな争いに関しても、既に各所から苦情が絶えない。


「あぁそのことか。あの作戦は伊佐波碧のためだけではない。近々大規模な掃討作戦を行う。作戦が成功すれば、墨田区はかつてのような輝かしい街へと甦るだろう!」


「え…えぇ!?聞いていませんよそんなこと!大体上層部からの許可は」


「必要ない。伊佐波碧の扱いに関しては、我々が全権を預かっている。伊佐波の暴走ということにしておけば、どのような作戦行動も許される」


「…」

 川俣は呆れてものも言えなかった。しかし波瀬ヶ崎は、百手先、千手先を見据えている男である!許可の有無など、彼にとっては目に見えない小さな問題であった。


「さぁさぁここからが本番。私たちの力を誇示する絶好の機会だ!準備を怠るなよ川俣」


「は…はい!」


 波瀬ヶ崎正善。彼の飽くなき権力欲はとどまるところを知らない。


誤字脱字があればお教えください。

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