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02. 目覚め

「…」

瓦礫に埋もれている煌良は身体中に痛みを感じながらも思考を巡らしていた。

十七年ぶりに動き出した怪物。またあの時のような事が起これば、東京は首都としての機能を完全に失うだろう。奴が現れてから多くの人々が東京を離れ、以前のような超過密状態ではないものの、依然としてこの都市には多くの住民がいる。何よりこの街にはあの時何かを失い、今も離れることのできない人々がいるのだ。

俺のやるべきことは、一つ。あの化け物をここで殺す。例えこの身が朽ち果てようとも。


瓦礫から這い出し、立ち上がると服に着いた汚れを払う。

煌良の体が前より一層熱を帯びた。両手には忌まわしき怪物を焼き払わんとする火炎が燃え盛っていた。


人魚姫の咆哮が辺り一帯に響く。耳を塞ぎたくなるような轟音、しかしどこか美しさを感じる不気味な声。その声に込められた敵意は紛れもなく煌良に向けられていた。


「焼き魚にしてやるよ!人魚姫!!」

両手から火の玉が二発放たれ、高速で着弾する。


瞬間、火の玉は大きな爆発を起こし火炎と黒煙で人魚姫を包み込んだ。


「キィアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

再び人魚姫の咆哮が響く。黒煙を振り払うため辺りをまるで泳ぐかのように飛び回っている。


まるでダメージ無しか。だがここまでは想定の範囲内だ。

煙で視界を塞いでいる隙に、煌良は屋根から屋根へと飛び移り人魚姫の視界の外へと移動していた。物陰に隠れ、勘づかれぬように気配を消す。


神異庁からの支給品であるナイフを取り出すと、煌良はさらに体温を上げた。

体温を上昇させ、身体能力を向上させる。常人が行えばかえって身体能力を低下させるこの行為は、火を操る焔村家の人間だからこそできる芸当である。


外側からの攻撃ではすぐに再生されてしまう。そもそも傷もつけられないのは先ほどの攻撃で分かった。

隙を見て奴の脳天にこのナイフを突き立て、内側から燃やし尽くす。あの化け物にダメージを与えるとしたらそれしかない。


敵を見失ったからか、人魚姫は周囲をフラフラと漂っている。まるでこちらの出方を伺っているようだ。


煌良は直にこちらに向かってくることを悟り、物陰で再び腕に炎を灯して息を殺した。


一つ、また一つと異形の目で標的を探しながら煌良が隠れている家の二階へと近づいてくる。東京の大部分を破壊した怪物との戦闘が行われているとは考えられない静寂が辺りに流れる。


静寂の中で漂い続ける人魚姫が煌良の頭上へと到達した。


「くたばれ。化け物」


その瞬間腕に点火していた火の玉を自分が隠れていた民家に打ち込んだ。黒煙と粉塵、そして家の瓦礫が周囲に飛び散り、再び周囲の視界が失われる。


先ほどと同様に人魚姫は飛び回り、黒煙を振り払う。再びギョロギョロと地上を探すが、外敵の姿はどこにもない。


この瞬間を待っていた…!


煌良は民家の爆発を利用し、人魚姫の遥か頭上に飛び上がっていた。


空中をスイスイと泳ぎやがる化け物がまさか自分が頭上から攻撃されるとは考えつかないだろう。貴様が17年前、地べたを這いつくばる人間たちを殺したように、上から叩き潰されて死ぬがいい。

ナイフを振り上げこれまでの最高出力の火炎を腕に込める


「くらえ!!ファイナルアルティメット・」


その時違和感が煌良を襲った。頭上をとったはずの化け物と目が合っているのだ。

突然のことで理解が追いつかない。人魚姫の体は依然として地上を向いている。にもかかわらず何故…?


人魚姫。伊佐波裕によって作り出された異形の怪物。姿形は童話に登場する人魚を模したものであるが、それは人間を殺戮するための兵器である。人間と同じように目が二つだという保障はどこにもなかった。


後頭部に開いた異形の目によって自分の位置が把握されていると理解しても、煌良にはもはや向かっていく選択肢しか残されていなかった。空中からの攻撃を選んでしまった以上、翼のない人間は落下していく道しかない。


「畜生…」


人魚姫は落ちてくる敵を器用に背面でキャッチした。


「俺一人を殺して終わりだと思うなよ。17年前から神異庁は大幅に戦力を増強してきた。我々の総力を挙げて貴様を必ず殺す…!」


理解したのかしていないのか、人魚姫はしばし硬直すると、煌良を思い切り地面に向かってたたきつけた。いくつもの民家を貫きながら焔村煌良は意識を失った。



人魚姫は地上に近づくと、そっと碧を包み込んでいた手を開いた。


べちゃっとみずみずしい音をたてながら碧は地面に落下すると、ゆっくりと立ち上がり、フラフラと蛇行しながら少しずつ、叩きつけられた煌良の元へと歩いて行く。


「あなた神異庁のひとなんですか?」


当然意識を失った煌良から返答はない。全身傷だらけの焔村の前でただひたすら呆然と立ち尽くした。


「そうよ」


別の方向から声がした。振り向くと衣服がボロボロの女性が立っている。


「私たちは神異庁からあなたを保護するためにやってきたのよ。私は黒条綾華。君は?」


「…伊佐波碧です」


「本当はもっと早くお話したかったんだけどね。ちょっとその人が早とちりして驚かせてしまったみたいね。ごめんなさい」


そうだったのか。ズタボロになった神異庁の人を見て、罪悪感が湧いてくる。


「こちらこそすみません!なんだか分からないけどその…凄く怖くて」


「謝らなくていいのよ。その人は丈夫だからきっと死んでないと思うし。改めて言うけど、私たちはあなたを保護するためにここにきたの。沢山聞きたいこともあるから一緒に来てくれるかな」


「分かりました」


「じゃあ私の手、握ってもらえるかな」

碧の目の前に綾華の手が差し出される。


「え…え、いや大丈夫ですよ!手なんかつながなくても。ちゃんと歩けます!」


「いいからいいから。手、握って」


綾華の顔を見る。何だか吸い込まれそうな気がした碧は、そっと差し出された手を握った。


「縊殺隷従」

瞬間、綾華の腕から巻き付くように鎖が伸びていき、あっという間に首にまで到達した。


「ありがとね。碧君」


「カハッ」

鎖によって首が絞められ、一切の呼吸が許されなくなった碧は瞬く間に意識を手放した。


「…」


綾華は頭上にいる人魚姫を見上げる。先ほどまでとは違って目はどこか遠くをみているようで、ただフワフワと浮かんでいるだけである。

「私のことは攻撃しないのね。人魚姫さん」


当然なんの応答もない


「じゃあこの人連れて帰っちゃいますから。あなたと碧君がどういう関係か知りませんけど、後から怒り狂って攻撃してくるなんて辞めてくださいね。これも仕事なので」


「…」


ここまで反応がないなら大丈夫そうね。吹き飛ばされた時はどうなるかと思ったけど、焔村さんが頑張ってくれてよかったわ。おかげで今日も無傷で、家に帰れる。


碧と煌良にそれぞれ鎖を繋いだ綾華は、二人をずるずると引きずりながらドライバーを探し出した。


はぁ…それにしても、買ったばかりの服結局だめになっちゃったなぁ…



~神異庁本部~

東京都千代田区の地下に存在する巨大な本庁の一角で、会議が行われていた。神異庁の各局長及び課長が参加するその会議の議題は、回収された伊佐波裕の息子の処遇についてであった。


「17年ぶりに動き出した人魚姫によって、マスコミは大騒ぎ、政府に対する国民の不信感もこれでより一層高まっただろう。伊佐波碧はあまりにも危険すぎる。他の特殊異能力者と  同様、神異庁地下で保存すべきだ」

そう提案したのは、情報管理局の局長、刺墨桜仙。太古の時代から政府と関係のある八大家のうちの一つ、刺墨家の当主である。


八大家によって要職が牛耳られている神異庁の中で、彼の発言がどれ程の意味を持つかは考えるまでもないだろう。


「それであればAAA級の管理施設で冷凍保存しましょう。報告によれば、伊佐波碧を殺そうとすればまた人魚姫が動き出すかも知れません。しかし冷凍保存であれば問題ないでしょう。異能力者組織によるテロ増加に対応して、管理施設は増設されたばかりです。直ぐにでも手配しましょう」


「お言葉ですが百道船さん。冷凍保存であれば安全だとは考えられません」


局長・課長が名を連ねている会議とはいえど、課長は専門的な説明のため待機しており、会議を通して物事を決めるのは局長だけで行われている。

その会議で課長席側から突然意見が飛び出したため、静まり返っていた会議がざわつく。


「報告書には殺害を試みたことによって人魚姫が起動したと書かれていますが、それは人魚姫によって攻撃された後の話です。正確には焔村が伊佐波碧の入っていた箱を攻撃したことが原因だと考えられます」


「貴様ァ!一体どういう了見で私に意見している!」


「申し遅れました。異能力対策局、特殊対策課課長の波瀬ヶ崎です。失礼を承知の上で意見させていただきますが、このまま伊佐波を冷凍保存し、こんどこそ東京が破壊されるのは避けたいでしょう。それに加えて、現状伊佐波を保有できている我々が、リスクだけを抱える必要があるとは思いません」


「ッ!ちょっと待て、この報告書には殺害を試みたと書かれているではないか!」


「申し訳ありません。その報告書はうちの者が書いたものでして、起きた事象を正確に報告しろと何度も注意しているんですが…」


「そのような言い訳が通るか!いい加減に!」


「静粛にしろ百道船。報告書の間違いは今は関係ない。それでは君の意見を聞かせてくれ波瀬ヶ崎君」


「今回人魚姫は伊佐波碧への危害をトリガーとして動き出しました。だとすれば伊佐波碧は父親の能力を受け継いでいると考えていいでしょう。あの化け物を我々が自由に使役できるとしたら…神異庁が享受する利益は考えるまでもありません」


「しかし、伊佐波碧が我々の支配下に下る保障はどこにあるのだね」


「それに関しては問題ありません。私に考えがあります。この案件、我々異能力対策局に一任してくださいませんか。必ず成功してみせます」


「どうだね諸君。波瀬ヶ崎君の意見に反対の者は?」


ざわついていた会議に再び静寂が訪れる。今は情報管理局局長でも、刺墨桜仙は以前は異能力対策局局長であった。神異庁長官を除き、もっとも権力を持つ異能力対策局と、局長内最年長者の桜仙。両者の意見が一致すれば逆らえる者は会議室のどこにもいなかった。


24歳の若さで特別対策課のトップに上り詰めた天才、波瀬ヶ崎正善。神異庁内で急激に勢力を拡大する彼によって始められた、伊佐波碧と人魚姫の利用。それが後に日本を揺るがす大事件に発展することを、今はまだ誰も知る由もなかった…


誤字脱字があれば教えてください。

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