八、人として愛されたいから
ヴェルナーには私の不登校が、単に彼の気を引くためのウザイ行為、でしかなかったようだ。
ようだ、じゃない。
実際に手紙にそう書いて送って来たのだ。
だから私は発奮し、あの思い上がりをぺちゃんこにしてやるために絶対に登校してやろうと、昨夜は気合を入れたのである。
ドレスを選び、髪を結うリボンだって選んだ。
ドレスなんか、通学用に仕立てていた三着からではなく、お出掛け着用の三着から選んだのだ。
グレージュの髪に一番似合うと思う、桜色のドレスである。
けれど、翌日の私はくじけていた。
鏡に映る自分の顔は誰が見ても、一晩泣きました、という顔だったのである。
「もう!!これで桜色のドレスを着たら、ピンクなブタの出来上がりだわ!!」
私は簡易鏡台に映る自分の姿に、嘆きの声を上げていた。
赤く腫れた瞼もそのままで、顔は全体的にむくんでいる。
魔法の鏡じゃない以上、私の顔が元通りになるはずはない。
一晩ずっと泣いてしまっていた、その結果だ。
「だから恋なんかしちゃいけないのよ。恋なんかするから、くだらない男に振り回されて傷つくばっかりなんだわ!!」
私は自分の頭を両手で掻きむしる。
これは普段はしない行為だ。
私は金髪では無いが、柔らかく巻いている明るいグレージュ色の髪は、この世界の私のお気に入りでもあるからだ。
痛める事なんてできやしない。
君の髪は綺麗だね、まるでネズミちゃんだ。
「うるさい。瞳が矢車菊かタンザナイトみたいな色してるネズミなんていないわよ」
アディ、君の瞳はセントーレア(矢車菊)の色だね。
「いけない!!また涙が出ちゃうじゃない。あんな人の為に泣くのなんてもったいないわ。ええと、違う事を考えるの」
例えば、そう、例えば、どうして私は男を見る目が全く無いのか。
心が惹かれるぐらいに魅力的すぎると思った時点で、その人がフリーのはずはないって考えるべきなのよ。
私が不倫しちゃったあの人と比べ物にならないぐらいに、ヴェルナーは恰好良くて魅力的なんだから、彼女がいて当たり前なのよ。
「違う!!ゲームエンドじゃないから、ヴェルナーとユーフォニアは付き合ってなんか無い。凄い私!!ちゃんとフリーだった男の人に恋してる!!ちゃんと前世を学習してたじゃ無いの!!」
私は声を上げていた。
薄っぺらい声を。
自分が本当に傷ついている理由の一つが突然見えたからだ。
この世界がゲームの進行中であるならば、ヴェルナーとユーフォニアは互いにアプローチ中ということになる。
私は彼には利用するだけの女。
ユーフォニアは彼に崇められて守られて口説かれる存在。
私はヴェルナーに恋をしていたからこそ、好きな人が自分にその程度の関心しかない事実が辛いのだわ。
「学校、辞めよう」
私の口から勝手な呟きが零れ、でもそれこそ正解という気がした。
男子もいる学校じゃなくて、女子しかいない学校に行く。
それで自分で決めていた通りに、親が選んでくれた品行方正な男性と結婚して、子供を産んで育てておばあちゃんになるの。
私は自分の決意を見つけるように鏡の中の自分を見つめ返し、しかし、鏡の中で見つけた自分はしょぼくれた幽霊でしかなかった。
「あなたみたいな地味で幽霊みたいな不細工が、本当に誰かに愛されると思った?不細工でも穴が空いていたから丁度良かっただけよ」
「不細工……穴?」
「鏡を見た事があるの?あなたと私、どっちが上かわかるでしょう?彼は溜まってたの。妊娠した私が構ってあげられなくてイライラしてた丁度そこに、あなたがいたってだけなの。男は穴だけあればいいって言うじゃない?ああそうだ。でぶは具合がいいもんだって彼が言ってたわよ。良かったわね。あなたにも一つぐらい魅力があったみたい」
彼が私をそこまで見下していたことを、彼女にわざわざ教えて貰う必要もない。
私を一人の人間だと認めていたら、独身だと偽って私を誘惑などするはずない。
だから、こんどこそ、私は一人の人間として生きたい、見られたい。
真っ当な男性だったら裏切らないし、互いに尊敬し合っていけるはず。
生まれた子供だって、お母さんな私を純粋に愛してくれるはず。
だからその夢の未来のために、恋で身を持ち崩すなんて、私は今世では絶対にしてはいけない、のに。
「どうして私に関わったの?私は誰にも恋をしない。二度と誰にも利用されたくないから、私は一人でいようとしたのに」
ヴェルナーは出会った翌日、やはり渡り廊下を歩く私の前に立ち塞がった。
急に目の前に現れたから、私はもう少しで彼にぶつかりそうだった。
「すごい。踏ん張った」
「何のお遊び?」
彼はにやっと笑った。
そしてきざなセリフを言って見せたのだ。
「出会いのやり直しかな。ねずみ姫」
「そうね。やり直しはするべきだわ。学校に行く。私が彼に影響なんかされないし、彼の気を惹く事なんか考えて無いって見せてやるべきだわ」
私は通学用のドレスに袖を通した。
三着の通学用ドレスのうち、ヴェルナーにネズミと呼ばれて以来封印していた、一番ネズミに近い灰色ドレスだ。
着換え終わった私は、むくんでいるだろう顔を両手で叩いた。
「行くぞ」
コン、コン。
メイド?
私はドアを開けた。
開けるんじゃ無かった。
顔がむくんで腫れまくっているという今の私は会いたくない存在、女神の如く美しきべルティーナ様が戸口にいらっしゃるなんて。
一体どうして?あなたがここに??