七、手紙
私はプリンスであられるヴェルナーに暴行した。
しかし前時代的男尊女卑な世界のためか、傷害で訴えられる事も教師からの指導なんてものも、私には一切無い。
一年の女子が二年の男子を本で殴ったなんて、前代未聞だろうが、不問だ。
あの後に授業も何もかも放棄して寮に逃げ戻ったが、それについても何もない。
そこで私こそ自主的に寮の部屋にて謹慎することにした。
今日で三日目。
このまま学園を変えてもいいかなと思うぐらいだ。
だって、ヴェルナーは、抵抗せずに私に殴られるままだった。
私はそれこそ彼の謝罪だと思った。
私に酷い事をした事について抱く罪悪感からの解放、そのために私に自分を殴らせたのだと考えた。
そしてそこで、私こそ思い知らされたのだ。
私は言葉で彼からの謝罪が欲しかったのだと。
もし言葉での謝罪があったならば、もしかしたらこの間までの友人づきあいを復活させる可能性もあると気が付いて、そしてさらに落ち込んだのだ。
ヴェルナーは私と付き合う気など無い。
ただ、利用しただけでは寝覚めが悪いから、だからこそのあれだったと。
だから本当のことを言えば、私は自主謹慎しているどころか、落ち込んで無気力だからこそ引きこもってしまっている、そういうことだ。
「情けな」
コン、コン。
部屋にノックの音?
私はベットから腰をあげると、狭い部屋を突っ切ってドアへと向かった。
誰だろうとドアを開けると、寮のメイドがそこにいた。
白髪交じりの茶色の髪はメイドらしく纏めているがおくれ毛が多く、実家のメイド頭だったら結い直しを命じるぐらいである。
しかし、私は彼女のだらしなさに何も言えなかった。
母親と同じぐらいの年齢の彼女なのだ。
それに、彼女は妙におどおどしている。
「あの、お届けものです」
メイドは小さな盆を私へと捧げ持った。
丸い盆の上には手紙が乗っている。
封筒に入ったちゃんとしたものではなく、折った便せんに読まれないように蝋の封印をしてあるというものだ。
封印はヴェルナーの家の封印。
「ありがとう」
私は手紙を取り上げ、その代わりとして小銭を置いた。
銅貨一枚のところに、銅貨十枚分の銀貨を一枚置いた。
彼女の指先に血がにじんだあかぎれを見てしまったから。
しかし置いてすぐに、侮辱に取られたらどうしようかと脅えた。
疲れ切った目をしたメイドは、銀貨を目にして一瞬だけ目を輝かせる。
だがその小銭を受け取らずに、彼女は私に盆を突き出してきたのである。
やっぱり侮辱だった?
「いただけません。チップは正当な仕事をした時の報酬です」
「手紙を持って来て下さったのでしょう?」
「お渡しするべきではないものかもしれません」
私は自分の手の中の手紙を見て、脅えた様なメイドの態度がこれに関係あるのかと思い付いた。
前世世界でドレスを着ていた時代は、異性と部屋に二人きりになっただけで、性行為が行われた、と見做されたのでは無かったかしら?
この学園に男女を押し込めている所で、そんな大昔の風習を入れ込んだって意味が無いってのに!!
ノイシュヴァンシュタイン城を簡略化したような学園校舎には、影どころか使われない小部屋もたくさんだし、中庭なんか森ですか?という有様だ。
つまり我が学園は、性に興味深々な十代カップルには、人目を避ける場所が校内にありまくりという、隠れエチをし放題天国状態なのである。
どうしてそんなお下品なことを言っちゃえるかって?
ヴェルナーは私を中庭には連れ出さなかったが、校舎にある立ち入り禁止の塔、大昔の見張り台の天辺まで私を登らせたことがある。
大昔はここから敵に弓を射った場所だからか、確かに見晴らしが凄く良い場所だった。
彼は私に笑顔を見せながら、自分の斜め後ろを指さした。
「ご覧。最高の風景がそこにある」
私は何だろうと彼が指さす方角を見つめる。
高台で風に煽られるヴェルナーの外見は絵的で素晴らしく、だからこそ私はとっても期待しながら目を凝らしたのだ。
「お気に入りが覗きって自慢はがっかりよ」
「え?」
ヴェルナーは、まさに驚き、の真ん丸な目をした。
そしてすぐに後ろへ振り返り、変な声を上げた。
だから本当は彼も知らなかったし、単に酷い偶然だったのかも。
普通だったら木立や庭石や銅像で隠れているはずの場所が森には沢山あるが、高台である塔からある場所が丸見えだった。
ちょうどヴェルナーが指さした地点。
そこでは男女らしきものが抱き合って転がっていたのである。
「お嬢様」
私はメイドの声にハッともの思いから覚めた。
彼女は私のせいで困った顔をしている。
「いえ、いいの。取っておいてください。チップが何たるものか思い出させて下さった報酬ですわ。そうじゃございません?」
「私の戯言にこれは多すぎます。私などが申し上げられるのは、名のある家のお嬢様がお一人で行動されるのは控えられた方が良いと、そればかりで」
「ありがとう。間違った行動をしないように努めますわ」
「では」
メイドは下がり、私はドアを閉める。
そして、ヴェルナーかららしき手紙の封を開ける。
「ふふ。メイドさんたら勘違い。お誘いの手紙なんかじゃなくってよ」
私は零れた涙を拭う。
どうして泣くのか。
それは、恋をしていたと気が付いた今、完全なる失恋をしたからだわ。
「君のひとりよがりの行動には辟易している。いい加減にしてくれないか」
「わかったわよ。学校に行くわ。あなたなんか私の眼中に無いって教えてあげる」