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五、一人では寂しいでしょ

 食堂での伯爵令嬢生クリームぶっかぶり事件は、その日のうちに学園で知らない人はいなくなり、翌日から私は私が望んでいた通りのモブに変わった。


 隣に輝けるヴェルナーがいなければ誰も私を妬んだりしなくなって、私をわざわざ避ける必要のある人間だと見做さなくなった。

 それだけの事である。


 ただし積極的に私に話しかけてくる子はいないから、私がボッチなままなのは変わらない。

 嫌味や当て擦りの陰口を叩かれ、遠巻きにされてくすくす笑われる、それが無くなっただけでも……そんなわけはないか。


 私は教室の奥で自分に対してざまあみろの顔付をしている数人のグループを認め、自分がこんな身の上になっている事でヴェルナーへの怒りがむくむく湧いた。


「ミルツ嬢、移動教室の準備にそろそろ行かないかな?」


 低すぎず柔らかく好ましい声に顔を上げれば、私はそこで椅子から転げ落ちそうになっていた。


 この学園で黒髪に金色の瞳をした少々童顔な美青年といえば、それは本物の王子様である。

 アイゼンシュタイン王国第三王子のアロイス様だ。


 ヴェルナーと彼は従兄弟同士となるが、不良の振る舞いのヴェルナーと違って優等生そのままの彼ということだからか、彼らには目に見える親交が無い。

 そして私はアロイスとクラスは違えど同学年でありながら、アロイスとは一切話した事が無かったと今さらに気が付いた。

 昨日までヴェルナーとばかり一緒だったからかな。


「ミルツ嬢?君がこちらのクラスの日直だった気がするのだが?」


「あ、申し訳ありません。そうでした。お声がけ感謝します」


 私は急いで立ち上がる。

 それから教科書を手に取ろうとしたら、王子様の方が早かった。


「あの」


「僕が持とう。君は手持無沙汰だったら、僕の腕に腕を絡めて良いよ」


 私の胸はどきんと鳴った。

 アロイスは童顔と言われるが、それは大人達の感覚でしかなく、同世代の人間には普通以上に綺麗な顔立ちの青年でしかないのである。

 そんな王子様が私に左肘を差し出している。


「ミルツ嬢?」


「え?ほんとうに?冗談じゃなく?」


「ハハハ。腕を差し出して疑われるばかりでしがみ付かれなかったのは初めてだ。どうぞ、お嫌でなかれば僕にエスコートをさせていただけますか?」


 私の中では、やめろ、という声が大きく上がっていた。

 けれど私はアロイスの腕に自分の腕を掛けていた。

 王子様にエスコートされるなんて、きっと一生に一度くらいのイベントに違いないのだから。

 少女時代の思い出よ。


 私達は教室を出て、移動教室となる化学室へと向かう。

 私はつい化学室と言ってしまうが、実際は魔法薬研究室である。

 この世界は魔法世界でもあるのだ。


 ただし、魔法など使えない人間の方が大多数であるし、使える魔法と言ってもマッチがわりに指先から火が出るとかその程度。


 だから、人を癒し汚れた水を浄化させられる主人公の力は脅威的なはずで、きっとそれで国が彼女を聖女候補生にしてしまったのでは無いだろうか。

 ユーフォニアの力を監視する目的で?と考えた途端に、私は聖女についての言い伝えを思い出した。

 聖女の力と呼ばれる浄化能力は、処女あるいは童貞で無くなれば消えるもの。


 もしかして、それでユーフォニアを共学校に放り込んだ?


「君は一人で大丈夫なの?」


「え、はひゃ?あの?」


「あ、ああ。立ち入った質問過ぎた。申し訳ない。僕は兄達にせっかちだと窘められるその通りだね」


「ご心配をありがとうございます。そして、ご心配の答えは大丈夫ですわ。一人なのは慣れております。慣れていないのは、大勢の中に入って行くことです。私が一人になってしまうのは、全て私の至らなさの問題です」


「君は強いな。それとも一人に慣れ過ぎて一人が寂しいという気持を忘れてしまったのかな」


「アロイス様はお優しいですね」


「様は止めてくれ。僕は学園にいる間は、ただのアロイスでいたい」


「お許しを――」

「ユーフォニアもそうだと思う」


 私の笑みを作っている口元は、ぴきっと固まった。

 お前もか。

 私は心の中でそう呟く。


「彼女はこの学園に放り込まれる前は友人も多く、常に大勢に囲まれていたそうだ。それなのに今は一人ぼっちだと嘆いている。この学園を出たら彼女はさらに孤独になるだろう。もはや元の世界に戻せないのであれば、せめて学園にいる間はささやかでも楽しい思いを味合わせてあげたい」


 あなたも私の存在など石ころ程度でしたのね。

 そうよね。

 フラグが立つのはシナリオ上の人物だけ。

 無名の背景にフラグなんて立つはず無いのよ。


 これもゲーム世界に転生してしまったモブの宿命だと、私は受け入れるしか無いのだろうか。

 私は物凄い虚脱感を感じるばかりだ。

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