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四、エンカウントしてるよね

 ヴェルナーは女生徒からの贈り物に辟易していたらしい。

 そこで彼は私に自分が貰ったものを手渡してきた。

 彼に恋する女の子達は私が大嫌いだから、彼に贈り物をすると私が喜ぶというだけの図式になるならば贈り物を控えるだろう、そんな計画かな。


 私はそう考えた。

 だから彼の願い通りに振舞ったのだが、結果は私には惨憺たるものだった。

 ヴェルナーは私が考えるよりも酷い男だったようである。


 私は衆目の中で生クリーム爆弾を受け、胸から上は生クリーム爆弾でぐちゃぐちゃという間抜けな状態だ。

 深窓の令嬢だったら、ここで心の病になってしまうほどの酷い行為だわ。

 この酷い男は、私を理由に今後一切の贈り物自体を断る、その目的のために私を生贄にしたようなのである。


「ちくしょう!誰だ!!俺の大事なアディにこんなことをした奴は!!」


 人前で私を抱き上げたばかりか私を労わって怒って見せてもいるけれど、私には彼の演技が寒々しいとしか感じない。


「ヴェルナー。いい加減に――」

「それは私ですわ!!」


 私は突然の女の子の声に驚いた。

 驚くでしょう。

 ゲーム主人公である庶民でしかない彼女が、自分が生クリーム爆弾を公爵家の息子に仕掛けたと申し出たのだから。


 ヴェルナーの動きはピタッと止まり、彼の時間も止まった気がする。

 それだけ主人公は美少女だったのである。

 ストロベリーブロンドはキラキラ輝いてピンクに輝き、私達、いえ、ヴェルナーを、ひしっと見つめる瞳は森の中の湖みたい。

 緑がかった透明な水面に空が映る、そんな色合いなのよ。


「ちゃ、ちゃんと言わなかった私が悪いのです。ヴェルナーさんが私の手から奪っていったそれは、あなたへのプレゼントでは無かったの。私のロッカーに入っていたから不思議だと訝っていただけですの!!」


「それは無い!!あれはもともと俺が用意していたものだ!!」


 私は自分を抱くヴェルナーの腕を叩いていた。

 ここで種明しをしてどうする。


「アディ」


「おろしてくださいな。あなたは少し傲慢が過ぎるわ」


「ミルツ様!誤解ですわ!ヴェルナーさんは悪くありません」


 再び私は主人公へと意識を向けていた。

 私をミルツ様と呼ぶくせに、彼女はヴェルナーはヴェルナーさんと呼ぶ?

 ああ、そうだ。

 学園のイケ面を攻略するゲームであるならば、女の子達には垂涎の的であるヴェルナーこそ主人公のターゲットとなるはずなのだ。


 と、いうことは、ヴェルナーと彼女は、すでにお友達、であるに違いない。


「ユーフォニア!!君は黙っていてくれないか。あれは最初から俺のものだと言っているだろう!!」


 わお、名前呼び。

 これではっきりした。

 ゲーム主人公(ユーフォニア)がいじめを受けていると知ったヴェルナーが、そのいじめと自分への貢物を止めさせるために私を利用したのだ。


 ゲーム開始は主人公が学園に入学したその日から、だ。

 ゲームと違いリアルで時間が動いて行くのならば、サクサクと行動を取らねばゲーム終了の一年なんかあっという間だわ。

 ぜったいに、ヴェルナーとユーフォニアはエンカウントしていたはずだ。

 そしてこんな美少女ならば、ヴェルナーは彼女に好意の一つも二つも抱くのでは無いかしら?

 もう好きになっていたとしたら?


「それでこれなのね」


「アディ?」


 彼女へのいじめを止めさせるために私にベタベタし始め、さらに、ユーフォニアが受け取った悪戯小箱を私に開けさせて騒動にすることで、ユーフォニアが実害を受ける事から守ったのだろう。


 十代の子供が考えることってその程度ね。

 結局は自分と大事な人しか見えていない、それ以外は心なんて無いと思っている傲慢で浅はかな万能感しかないのよ。


「もうどうでもいいわ」


 いい加減に頭に来た私は声を上げていた。

 私はヴェルナーの胸を強く押して、無理矢理に近い形で床に降りた。


「アディ。俺が用意した小箱は――」

「もういいって言っているでしょう。あなたとは絶交です。二度と話しかけないでくださいな」


 私はヴェルナーから踵を返した。

 生クリーム塗れで威厳も何も無いけれど、顎を上げて胸を張り、一歩踏み出す。


「アディ!!待って――」

「お待ちになってミルツ様!!私がヴェルナーさんの目の前でうろうろしていたのがいけなかったの!!だって、小箱に公爵家の押印があったのですもの。私はロッカーに入っていたそれの送り主がヴェルナーさんかと尋ねてよいものかどうか迷ってうるうろなんかして。ああ、さっさとお声がけして説明をしていればこんな悲劇を防げたものを!!」


「君のせいじゃないと言っているだろう!!」


 ヴェルナーの声は凄く必死なものだった。

 恋した人を守ろうとする、それだけの事なのだろうけれど、私の心には虚しさだけが広がっていた。


 むなしい?


 そうか、私は楽しかったのだ。

 なんだかんだと言いながら、前世では体験できなかった男の子との気安いひと時、それをヴェルナーのお陰で体験できたのだから。


 ヴェルナーに振り向いた。

 ユーフォニアに声を荒げたばかりの人は、ユーフォニアを慰めるようにして彼女の両肩に手を乗せていた。


「いままでありがとう、プリンスヴェルナー。そしてさようなら」


「アディ」


 ヴェルナーからの、さようなら、こそ聞くべきなのに。

 私は彼の返答を待たずに再び前に顔を戻す。

 それから、胸を張って出来る限りの威厳を保ちながら、できる限りの早足で食堂の出口まで歩いた。


 顔が生クリーム塗れで良かったわ。

 涙が隠せたから。

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