未来をかけてのご挨拶③
私とヴェルナーの婚約についての承認。
ヒルトブルクハウゼン公爵の答えはノーだった。
「なぜですか!!父上!!」
ヴェルナーの父は声を荒げた息子とは違い、冷徹この上ない声で言葉を返す。
「ミルツ嬢との婚約について我が兄アイゼンシュタイン王の承認もあるが、だからこそ私は認められない。ヒルトブルクハウゼンはアイゼンシュタイン王国を作り上げる一国であるが、アイゼンシュタイン王の意思がヒルトブルクハウゼンの国民の生活を影響してはならんのだ。わかるな、ヴェルナーよ」
ヴェルナーは悔しそうに口元を引き締めた。
けれど彼の瞳に浮かぶのは、父親が深い考えを持っている、と信じる尊敬だ。
純粋な十代ではなく前世を生きたことがある私としては、息子には無視されて、息子が最初に婚約を願い出たのが自分の兄だった、ということで、ヒルトブルクハウゼン公爵はひねくれちゃったのかな、そんな感想であるけれど。
「では、認めていただけるには何をすればいいのでしょう」
私は婚約者を甘く見ていた。
彼は私との結婚を絶対に完遂するべしと決意されており、そして、ゲーム世界において攻略キャラであるならば狂言回しの役割だって担うのだ。
ヒルトブルクハウゼン公爵は、息子の誘い受けにしか見えない台詞を聞くや、悪辣そうな笑みを顔に浮かべた。
その表情はヴェルナーにそっくりだった。
だけど私はそんな表情の義理の父になる方に親近感を抱くよりも、ミニゲームというフラグが立っちゃったな、そんながっかりした気持ちばかりだった。
「国民に認めてもらう事が一番だ。幾つかのクエストを攻略できたそこで、自然と君達の結婚は祝福されることになろう」
「ありがとうございます。父さん!!」
今じゃなく、お母さんとの会話の時にこそ、お父さん、って父にも呼び掛けておきましょうよ!!
ヒルトブルクハウゼン公爵を難物化してるのは、あなた、よ!!
私は心の中でヴェルナーを罵った。
だって、お母様は私を追い出せる可能性で目を輝かせているし、周囲の私に対して否定的な女官だって、嬉しそうにひそひそ話を始めている。
「ミルツ嬢、私の提案を受け入れられなければ、君とヴェルナーの婚約は認められないことになる。また、クエストに失敗すれば婚約話も無に帰すだろう。君の意見はどうかな?」
「もちろん――」
その続きは言えなくなった。
だって頑張るしか無い、けど、失敗したら別れなきゃいけない?
私はヴェルナーに視線を動かした。
ヴェルナーは不安など何もない、という顔で私を見つめている。
「俺が好きなのはお前だ。そこは間違えるな」
私にとって一生の宝ものとなった彼の台詞が脳裏に浮かんだ。
すると私には万能感あふれる自信がみなぎった。
「ミルツ嬢?」
「閣下。今後の私達の為となるならば、クエストこそ喜んでお受けいたします。ですが、クエストを達成できず婚約を認められなくとも、ヴェルナー様を想う私の気持が消える事はありません。婚約に至らなくとも私が一生ヴェルナー様をお慕いする自由はお認めください」
謁見室には似つかわしくない若々しい笑い声が弾けた。
そしてその声の主は、私を自分の腕に引き寄せ、私の頬にキスをした。
「愛してる。俺だって同じ気持。失敗したら成功するまで一緒に何度でも頑張ろうか?白髪頭になる前には、多分みんな根負けしてくれると思うよ」
「ヴェルナー、たら」
彼は私の肩から腕を解くと、私の盾になるようにして一歩前に進んだ。
王の前に真っ直ぐに立つ青年は、怖いものなしの十代そのものの溌溂さで、自分の父親である男性に気さくな声を上げる。
「俺もアディと同じ気持ちです。俺はアディ以外の女の子と結婚したくないんだ。孫を見たいならさ、父さん、俺を助けてよ?ね?」
果たして、頑固で難物と名高い公爵は、可愛らしく「うん」と答えた。
愛息子に簡単に膝を折った人ではあるが、そつのない支配者でもあるために、とりあえず私とヴェルナーにはクエストが与えられた。
婚約を認めてもらうためのクエスト、ではない。
婚約した二人が、将来のヒルトブルクハウゼン公国の良き王様と王妃になれるようになるための練習のクエスト、である。
ヴェルナーは一週間後の豊穣祭での国民に向けてのスピーチを父上様に与えられたが、私は母上様によって「ヒルトブルクハウゼン公爵婦人としての嗜み」を教えこまれる事になった。
ヴェルナーの母、エルヴィラは私と二人きりになると妖艶に微笑み、私にだけ聞こえるように耳元で囁いた。
「女からはいくらでも婚約破棄ができるのよ。辛かったらいつでもどうぞ」
私は結局、ヴェルナーと婚約出来るかできないかの、デッドオアアライブなミニゲームからは逃げられないみたい。
ここがゲーム世界だからかしら。
でも、ヴェルナーが愛しているのは私。
私こそ彼を愛している。
「絶対に逃げませんことよ。お義母さま」
今生は絶対に逃げ出すものか!!




