未来をかけてのご挨拶②
ヴェルナーが私を彼の両親に紹介してくれた。
私は感動しながらも、彼が普通の男の子だったらなあ、なんて罰当たりにも考えてしまった。
だって、彼と私と彼のご両親がいるこの場所は、ヒルトブルクハウゼン公国宮殿にある、豪華絢爛な玉座のある大広間、なのである。
女官やら侍従やら城の重鎮だけではなく、国の偉いさん達とかまでいらしゃるという、私達以外の人達で溢れている、とんだ見世物状態なのだ。
そして状況は舞台のようでもここは舞台ステージではないので、ピンライトなどあるはずない。
だが、私に眩いばかりのスポットライトが当たった気がした。
ヴェルナーの口上によって、会場全員の視線が私に集まったのだ。
ええと、この状況に見合う女性の礼を私もしなければ。
私は両手でドレスを掴むと、ゆっくりと腰を落とす。
顔は下げなくて良い。
家で兄と母にこの日の為に何度も練習させられた、あのお辞儀を思い出すのよ。
王様と私のアンナが異国の王様に敬意を表しながら凛とした自分を保ったようにして、私も敬意を胸に抱きながら身を低くすればいいの。
そしてしっかり身を沈めたならば、今度はゆっくりと、優雅さを見せつけるように体をあげる、だけ。
……あげ……あげられない!!
――低くするのに足を後ろに下げすぎた?
ああ、足を戻して立ち直すだけなのに、変なバランス状態になってる。
このまま足を無理矢理に戻したら、私ったら転びそう。
私の笑顔はピシッと固まった。
誰か抱っこして持ち上げて?そんな緊急事態である。
恥ずかしい。
最初の挨拶で失敗するなんて!!
え。
狼狽した私の腰に、ヴェルナーの右手がかかった。
そして彼は私と同じように身を落とし、しかし、彼が立ち上がる時には私を上に一緒に引き上げてくれた。
周囲にはそんな風に見えない感じで。
「一生恩に着ます」
「ぷぷ。そういう君が好きなんだから気にするな」
「ま、まあ」
「っまあ!なんて可愛いの!!野に咲くセントーレアそのものってヴェルナーが手紙に書いて来た通りね。温室に入れてしまうのは可哀想なほど」
「ええ。可愛らしすぎでしょう。俺は温室の花は香りが強すぎて苦手ですので、彼女のような清廉さのある野花こそと思ってしまいますね。母上」
好意的な声でも内容は好意的では無かった公妃様に対し、ヴェルナーは笑いを含んだ声で気さくな返しをしてくれた。
ヴェルナーは私に否定的な母親から私を庇ってくれている?
いいえ、私の失敗でヴェルナーだけでなくヴェルナーの両親にも恥をかかせたと私は自省するべきで、公妃の台詞は私の失敗を庇うためのものとみるべきよ。
でも、恥をかかせたならば、私への印象は最悪なものね。
「ほら大丈夫。ここにはまだ怖い奥様方はいない。可愛い女の子を見れば目尻を下げるオッサンばかりだから、君は脅えなくていいんだよ」
ヴェルナーが私に囁いた。
全部お見通しなのね。
ヴェルナーがそうならな、やっぱり彼のお母様の言葉も、当て擦りじゃなくて助け船の台詞であったに違いないわ。
彼女はきっと優しくて、至らない私の味方になって下さる方なのよ。
私は感謝と尊敬を込めた眼差しを、ヴェルナーの母親であるヒルトブルクハウゼン公国妃に向けた。
ピシッと、私のどこかがひび割れた音が聞こえた。
ヒルトブルクハウゼン公国妃は笑顔だが、なんだかブリザードを感じる。
それも、絶対零度的な奴。
「どうしてヒルトブルクハウゼンの令嬢方を選ばなかったのかしら、と思っておりましたが、そんなに可愛らしい方ならば仕方が無いですわね。ですがヒルトブルクハウゼンの王の妻になられるご意思をお持ちなら、ヒルトブルクハウゼンのしきたりを学んでいただきたいと私は望むばかりです」
「も、もちろんですわ。よ、喜んで学ばせていただきます」
「まあうれしい。でも、学び過ぎは禁物ですわよ。ここは広大な田舎都市。アイゼンシュタイン王国の首都貴族の方には泥臭く広すぎて、煌びやかな首都に帰りたいと思われてはことですもの」
やっぱり、公妃様は私を追い出しにかかっている。
ヴェルナーは父親であられるヒルトブルクハウゼン公爵こそ難物みたいなことを言っていたけれど、実際の難物は母親の方じゃないのか?
そうよ。
ヴェルナーみたいなまだ可愛い盛りの十代の息子が、どこの馬の骨とも知れない女の子を連れて来て結婚なんて言い出したら、私だったら絶対に許さない。
「ここにいる間、何かあったら母に相談すればいいよ」
ヴェルナー?
母親からの反発を知っていての今までの返しじゃなく、普通に純粋に、母親の言葉には他意は無いと考えてのあの返しでしたか?
普通に気さくな親子のやりとり、だった?
ということは、それって嫁姑で良く相談される、嫁姑の仲の悪さが全く見えていないぼんくら旦那だった、という感じですか?
恋愛ゲーム世界から一気に女性雑誌的嫁姑戦争世界に突入ですか?
うちの旦那こそエネミーでした、的な?
しかし、不安になった私をあざ笑うというか、私こそ心根を入れ替えねばと思い直すぐらいに、やはり、ヴェルナーは最上級な恋人であった。
彼は私ではなく母親に向かって、絶対に椅子の上で彼女は溶けちゃったはずなぐらいの最高の笑顔を向けたのである。
「ねえ、母さん。俺があなたに甘えるように、俺の大事なアディも甘やかせてくれるよね?」
「君はどうしてお母さんばかりで私にお願いをしないのかな?」
嬉しそうに真っ赤になって口を閉じてしまった美女の代りに、美女の伴侶で威厳があった人が全然威厳のない台詞を吐いた。
荘厳なる場が、ぱきっと壊れた感じがしたが、ここに集まっている人々は全員が大人だ。
全員聞こえないふりをしたようである。
だから、ヴェルナーも聞こえないふりをした上で、息子に甘えて欲しいらしい公爵様に対して儀礼的なセリフだけを言った。
「父上。私とミルツ嬢との婚約の承認をお願いします」
「それは認められない」
「父上!!」




