三、断罪するぞ?
女子からの贈り物に、ヴェルナーは本気でウンザリしていたらしい。
そこで女子から嫌われ者の私に貰った物を手渡すことで、自分への贈り物を今後一切無いものとしたいらしい。
どこまでも私を利用しようとするなんて。
どうしてこんな人に目を付けられてしまったのだろう。
ヴェルナーの落とし物を拾ってあげなかった復讐か?
入学したばかりの私は、歴史の教師から資料集を図書館に戻す仕事を言付かっており、別棟となる図書館に向かって渡り廊下を歩いていた。
廊下を半分ぐらい歩いたところで、ヴェルナーが図書館から出てきた。
彼は図書館にいたくせにシャツのボタンを数個外した乱れた格好をしており、上着のジャケットを無造作に右手に掴んでいるという不良そのままの姿だった。
すれ違う私達。
その瞬間、彼の哀れな上着から金色に輝くボタンらしきものが落ちた。
それは、竜巻と月がモチーフとなった、校章サイズのバッジである。
太陽を最高神と信仰するこの世界では、太陽の消えた世界のものとして月は悪魔や魔王を象徴し、竜巻は世界を混乱させる禍いそのものだ。
つまり、そのバッジは、この世界の破壊の悪魔、エルバインストの紋章だ。
「落ちましたよ」
「拾ってくれないのかな?それとも、俺に声を掛けたかっただけかな?」
「私は両手に本を抱えておりますし、秘密クラブのバッジはご自分で拾われた方がよろしくてよ?」
あの日のヴェルナーは私に向けた小馬鹿にした表情のまま固まったという、とてもおまぬけな状態だったと思い出す。
それを根に持っている?
あるいは、秘密クラブ会員だって事を私に知られたから纏わりつくのかしら?
秘密クラブって、前世では北米の大学に必ずあるフラタニティという学生秘密組織と同じものだからして、カーストが上の男子生徒だったら必ず入会しているはずだっていうものでしかないというのに。
そんな秘密の集まりで男子が何をして楽しんでいるのかは想像に難くないから、ヴェルナーは恥ずかしがっているだけなのかも、だけど。
でもそんなのはヴェルナーの問題で、私にはどうでも良い事。
私は可もなく不可もなく、ただ前世で経験できなかった結婚と子育てができる人生を望んでいるだけなのに。
どうしてこうなった。
私は、ふうっ、と溜息を吐いた。
とりあえずヴェルナーは友人であるし、友人は助け合うものだ。
ヴェルナーに助けてもらった事が今のところ無いけれど。
「わかった。その二その三が無くなるように、嫌われ者の私が、あなた様宛のお菓子を、とっても嬉しそうに美味しくいただかせていただきますわ」
私は一番わかりやすいクッキーに手を伸ばしたが、ヴェルナーがそれを制した。
私に聞こえるだけの小声で、違う、と言ったのだ。
私はそこで青いリボンの白い小箱に手を伸ばした。
「ちっ」
舌打ち?
どうやらヴェルナーは私に手に取って欲しいものがある、ということね。
面倒くさい。
「どれ?」
私は笑顔のままヴェルナーに囁き声で尋ねる。
すると、彼も囁き返して来た。
「君の眼は節穴か?って、うっ」
足首を蹴ってやったのだ。
私は再び自分のトレイを見下ろす。
ヴェルナーには私に取って欲しいらしい贈り物があるらしく、私がそれを探さねばならないらしいとは。
そこで私は大きく溜息を吐いた。
確かに私の眼は節穴だ。
同じ様な小箱にリボンというラッピングのものであるが、封印の蝋が飾りでついているものが一つだけあったのだ。
ヒルトブルクハウゼン公の紋章モチーフは、王冠を被った横向きの獅子だが、封蝋に押す印は、線画のスズランと家名の頭文字で簡略化されている。
私は誰もがわかるような笑顔を顔に刻むと、ヴェルナーが開けて欲しいと望んでいるらしいそれのリボンを解いた。
ぱしゅん。
小さな破裂魔法が弾けた。
私の胸元から顔に向け、小箱に入っていた生クリームを浴びた。
やられた、と、私はぎゅうっと眼を瞑る。
「いたずらにしては――」
ガタガターン。
椅子を蹴倒す音に私は口を噤み、立ち上がった男を睨む。
しかし息を飲んだだけだった。
ヴェルナーは本気で怒りに満ちている?
でもって、私を抱き上げた?
「ちくしょう!誰だ!!俺の大事なアディにこんなことをした奴は!!」
あなたでしょ?
私はそう言って彼をひっぱたいてやりたかった。
あなたは私を何だと思っているのかしら?
「それは私ですわ!!」
私はヴェルナーの茶番に名乗り出た人がいたことにも驚いたが、それがこの世界の根幹であり太陽である、ゲーム主人公であることにこそ衝撃を受けていた。