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その後な二人

 ヒルトブルクハウゼン公爵家のマナーハウスは、アイゼンシュタイン王国の北西部にあり、王国の発祥の地となるヒルトブルクハウゼン州にある。

 アイゼンシュタイン王国は四つの州の連合国、ともいえる。


 つまり、公爵って公国の王様であるってことだ。


 今はヒルトブルクハウゼンがアイゼンシュタイン王国の一つの州になっているので、ヒルトブルクハウゼンの王様はアイゼンシュタイン王国の王様に従う貴族ということで、貴族が王様となっている国、という意味の公国となるってこと。


 日本で説明すると、大和朝廷に従う地方豪族は、大和朝廷からしたら地方の貴族だけど、豪族自体はそれぞれの国を治めている王様ということだ。

 そう考えると、天武天皇と天智天皇に愛されたうえに政治にも加わっていた額田王は凄すぎる女王様である。


 私はヴェルナーの実家にご挨拶に行くだけというこのシチェーションで、ドキドキどころか死にそうに緊張している、という小者でしかないのに。


「寒いの?俺にもうちょっと寄りかかって?」


 私は隣に座る婚約者に肩を抱かれたそのまま引き寄せられ、それどころか、過保護すぎる婚約者によって膝にかけている毛布をさらに上へと引き上げられた。


 毛布は私の胸の位置。

 そして私の肩にあったヴェル―ナーの腕は私の肩から消えてる。

 しかし私の体から彼の腕が消えているわけでは無い。

 彼の腕は私の背中を通り過ぎて、私が座席から落ちないように私の体の側面を支えるようにして添えられている。


 ただでさえ男の人の体は熱いのに、そして本人こそ暑がりなのに、毛布で隠してまで私に触れていたいと考えているなんて。

 って、指先で私の腿をくすぐった?


「ヴェ、ヴェルナー」


 私は彼を窘めようと彼へと顔を向け、何を言うべきか全部忘れた。

 彼はこれ以上の幸せは無い、そんな微笑みを私に向けたのだ。


「ヴェルナー?」


「やっと俺を見てくれた。君を怒らせないと俺を見てくれないのは辛いぞ。俺は君を甘やかせたいばかりなのにさ」


 すとん、すとん、と、何かが胸にいくつも刺さった。

 キューピットの矢だと思う。

 でも、こんなに刺さったら、いくら愛だって心臓がボロボロよ。


「でも、わかるよ。俺も緊張してるもの。こればっかりは俺を信じろって言ってあげられなくてごめんね。君は俺の為にあの銀狐さえも言い負かしてくれたというのにね」


「あら、言い負かしてなんかいませんわよ。私はあなたじゃないと誰とも結婚しないと言っただけ。兄をやり込めたのはあなたでしょう。驚いたわ。あの兄が二の句を継げなくなるなんて。それで両親は私の結婚相手はあなたしかいないって決めたのよ。このままじゃ兄は恨まれた誰かに殺されてしまうから、そんな兄にストップを掛けられる素晴らしき人がここにいるって」


 そこでヴェルナーは誇らしそうな表情を一瞬だけして見せてから、物凄い悪戯そうないつもの表情となって私の額にキスをした。

 チュウと、大きなキス音を立てて。


「ヴェルナー!」


「可愛い君。俺はな~んにも言い負かしてなんかいないよ。俺は彼に尋ねただけだよ。君がヒルトブルクハウゼン公爵夫人という称号に相応しくない人だと考えているんですか?と。それだけ」


 私を天使か何かと思い込んでいる兄に、その言い方は策士そのものだと思う。

 兄はヴェルナーのその言葉によって私達の婚約に異議を唱えるどころか、私を公爵夫人にしなかったら殺す、ぐらいの勢いで婚約賛成派に回ったのだ。

 ただし、従兄のフランクは、兄は最初から賛成だったと耳打ちしてくれた。


「天邪鬼でも、あいつは君の幸せが一番だろ?君が幸せならあいつは幸せだ。それに、あのヴェルナーは見どころあるよ。医者の俺が頼んだことを実現してくれたからね」


 フランクは、彼が望んでいた貧しい家の子も医者を目指せる学校が、ヒルトブルクハウゼン公爵の出資により出来たことを喜んでおり、ヴェルナーが公爵に口添えしてくれた事を多大に感謝しているのである。


「私はあなたのお父様にあなたと同じことは言えないわ。あなたが素晴らしすぎてあなたに見合う人になれるように努力しか出来ないもの」


「見合うってなんだよ。努力って何?君は俺を努力しないと愛せないの?」


「もう!揚げ足取りね。私はあなたが一番だわ。私の至らなさであなたが恥ずかしい思いをしたり――」


 私の唇は塞がれた。

 私は驚いたまま、自分に覆いかぶさっているヴェルナーの肩を叩く。

 あんまり強くなく。

 ……彼に抱きしめられてキスされるのは、……凄く好きなんだもの。


「わかった?」


「ええ、と、何が?」


「君と俺が恥ずかしい思いをするのは、俺の振る舞いのせいだな」


 得意そうな顔!!

 私はなんだか癪に障った。

 だから、ヴェルナーの襟元を掴むと、そのまま自分へと引っ張った。


 淑女だとか、上流社会の掟とか、そういったこの世界のルールを破るような、女からはやってはいけない振る舞いである。


 私達の唇は再び触れ合い、私の唇の上でヴェルナーの唇は笑い声を立てている。

 私は彼から顔を離すと、彼がしたような得意そうな顔を作った。


「ね?私のせいで恥ずかしい思いをするでしょう?」


 ちょっと待て、どうしてそこで魅力的にウィンクするの?

 どうして、私を思いっ切り抱きしめてしまうの?

 それで、音を立てて顔中にキスしてくるなんて!!

 ひと目があるのに!!


 ここは馬車の中では無くて、ヒルトブルクハウゼン領に向かう汽車の一等車両という、公衆の目がある場所でしょう!!


「俺が君への告白を失敗し続けた理由がわかった。君こそが俺へのサプライズプレゼントそのものだったからだ!!」


 私は、告白、というヴェルナーの言葉で思い出した素晴らしい記憶のまま、ヴェルナーを抱き返していた。

 彼が私に開けさせたがっていたあの箱は、あの日の見張り台(ベルクフリート)の天辺で再び私に手渡された。


 今度こそ、ユーフォニアの悪意で壊されていない、彼の心のみの箱である。


 リボンを外して開いた箱からポンっと浮き上がって出てきたものは、青紫の花の中心に一輪の真赤なバラの咲きそうな蕾が入った小さな花束だった。

 ヴェルナーは真剣そのものの顔で私を見つめ、私が粉々になる言葉を私に捧げてくれたのである。


「君の瞳に俺への愛を咲かせるにはどうしたらいいんだろう。俺の方は君への愛で満開なのにね」


「私の人生を幸せばかりなものにしてくれたサプライズはあなたこそ、だわ」


 私は悪戯が大好きで、私のことも大好きな婚約者の体を抱き締めた。

 強く、強く。

 絶対にこの幸せを手放すものかって気持で!!

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