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十八、氷姫VS聖女

 女子寮でメイドが大火傷を負わせられる事件が起きていた。

 私の全く知らない出来事であり、その不幸な女性は一体誰なのかと、私はこの場で私を裁く係となっているらしきマルク・ベルンハルトに尋ねていた。

 しかし彼は答えない。


「君の兄はアンドレアス・ミンツ、司法省の役人だ。無力で不幸な彼女を偽証の罪で牢獄に入れたくはない」


「偽証だってお認めになられた?」


「違う!俺が言っているのは――」


「もし、私があなたに怪我をさせられて、あなたに人に言うなと言われたら、私は階段から落ちたと言うでしょう。あなたにまた殴られたら怖いからと」


「俺はそんなことをするような――」


 私は右手をあげ、手の平を見せてベルンハルトを黙らせる。

 そして、いつもヴェルナーにするようにベルンハルトの目を見つめ、子供にわからせるようにゆっくりと言葉を続ける。


「例えば、自分を酷く傷つけた怖い人に、嘘の証言をしろと命令されたら、誰もがその通りにするのではなくて?私もそうよ。怖いからと、きっと言う通りにすると思うわ。あなたは強いからわからないかもしれませんけれど、ほとんどの人は怖い人の命令に従うと思いますの」


 私はベルンハルトに詰め寄りながら、怪我をしたメイドが誰なのか大体想像ができていた。

 あの脅えるばかりのメイドに違いないと。

 自分の仕事が間違っているとチップさえ辞退しようとし、脅え震えていた彼女は、私の知らない手紙の内容を知っていたではないか。


 そしてベルンハルトは、私の言葉によって威圧を解いてはいないが、私を睨みつける視線を少しだけ和らげた。


「君はずいぶんと強いと思うけどな」


「あなたは女性に手をあげないし、そのような事をする人から、いくら悪人でも弱者ならば守ってくれる、そういう信頼はあります」


「ふふ。ヴェルナーが嘆くわけだ」


 ベルンハルトが初めて気安いセリフを気さくそうに吐いたが、その台詞によってざわついていた周囲がぴしっと凍った。


 ヴェルナーが嘆くって台詞で、絶対にここにいる人達全員、ユーフォニアの言葉通りだって思ったハズ!!

 この唐変木!!


 しかし私はすぐに、ベルンハルトへの罵倒を心の中だけにして良かった、と思い直すことになった。

 ベルンハルトは私へとさらに踏み出したが、彼は私を越えてユーフォニアにこそ話しかけたのである。


「君が言う通り、君が癒したメイドは現実と違う事実を話していたのだろう。確かに、ミンツ伯爵令嬢の言う通りだ。被害者が報復を恐れて事実と違う事を言うのはよくあることだ」


 ユーフォニアは見るからに固まった。

 笑顔のまま、そうね、とベルンハルトに答えたが、これは彼女が望んだ流れではないはずなのである。

 するとやはり、ユーフォニアは、動いた。


「そ、そうね。かなり朦朧としてましたから、きっとそうなんでございましょう。私自身助けられるかわからない大火傷でしたから、彼女がかなり脅えていたのは事実ですもの。でも、そんな状態だからこそ彼女の言葉を信じたのですわ」


「そうよ、私も聞きましたわ!死にそうな人が嘘を吐くはずありません!!」


「そうよ!!死んじゃいそうだから、助けてって、本当にあった出来事を私達に語ったのに違いないわ」


 ユーフォニアの言葉をきっかけにして、黄色の彼女とアッシュの彼女は自分達が見て信じている事を叫んだ。

 周囲は再び私に疑惑の目を向けるが、私はユーフォニアの言葉によって新たに湧いた疑問を彼女達に尋ねていた。

 だって女子寮の出来事なのに、私は今までこの事件を知らなかったのよ。


「その哀れなメイドをどこで見つけなさったの?死んでしまいそうな火傷を受けた人が歩き回る事なんかできないでしょう?」


 黄色の彼女とアッシュの彼女は双子の動作のように私を同時に見返し、それから同じ動作でユーフォニアへと振り返った。

 ユーフォニアこそハッとした顔となり、私へと顔を向けた。


 私は口を噤んだまま彼女を真っ直ぐに見返す。

 彼女も口をぎゅっと結んで、私をただひたすらに見つめる。

 しん、と静まり返った学食は、ユーフォニアに、あるいは私の次なる言葉を待っているかのようである。

 そこで私こそ、きっとユーフォニアを追い詰められるであろう台詞を吐いた。


「教えてくださいな。死ぬほどの大怪我をされていた彼女は、いったい、寮のどこに倒れていらっしゃったの?そもそも、彼女が襲われたとされる場所は、寮のどこでしたの?」


「それは」


「厨房で倒れていらっしゃったからあなたの部屋に運んだんでしょう!!」


「そうよ。みんなが大好きなリリーをあなたがお救いになったのよ。動けない人を背負ってお部屋に運ばれたっておっしゃったじゃ無いですか!!」


 ユーフォニアは友人達の援護射撃を受けたが私の質問には答えず、私を睨み返しただけだった。

 その理由は、彼女は言えやしないだろう。


 彼女が選んだ人達による彼女への援護は、ゲーム用語でのフレンドリーファイアにしかならなかったから、とは。


 普通に一階の厨房で倒れた人を見つけたら、それも大火傷であるならば、動かさずそのままそこで治療するものだ。

 一階の厨房で大怪我をしたメイドを、わざわざ三階の自室に運んでから介抱する馬鹿がどこにいる、である。


 その事実は、メイドが大怪我をさせられた場所がユーフォニアの部屋であるという事であり、ユーフォニアが加害者だと言っているも同じなのだ。


「それは事実かな」


 残念そうな声は、ベルンハルトのものだった。

 ユーフォニアはベルンハルトの問いかけには答えず、私に向かって叫んだ。

 全てを失った人間の悲鳴のようであった。


「何が事実よ。私は聖女よ。私の言葉こそ真実だわ。そうでしょう?」


「俺達が知りたい真実は、どうして君の部屋に大怪我をしたリリーがいたのか、という疑問の解消だよ」


 怪我を負ったのはリリーさん?

 あのびくびくしていたメイドじゃなかった、の?

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