十七、ここに魔女がいる
学食では私の弾劾裁判が開始されてしまった。
裁判?
一方的な魔女狩りに近いわ。
いえ、魔女狩りそのもの。
身に覚えの全くない罪を着せられて、最初から私を追いこもうとしているのだもの、魔女狩り以外の何ものでもない。
そして魔女狩りには魔女と名指しされた不幸な人を引っ立てる役人がいるように、生徒会役員で剣豪のマルク・ベルンハルトが私の目の前の壁になっている。
彼は言った。
ヴェルナーの手紙を彼の想い人に届けた寮のメイドが許せなくて、彼女に大怪我を負わせたのだ、と。
私がヴェルナーの想い人だし、どうして自分宛ての手紙を渡してくれたメイドに暴行するの?という話だ。
「そうね。私の手紙が盗まれていたらしいことは事実ね。私は一昨日しか手紙を受け取っておりませんが、ヴェルナーは毎日手紙を送っていたって言いますの。それで、手紙が何通もあることを知らない私が、どうしてメイドに酷い事をするの?って、あなたさっき、火傷って言ったわよね。その方は大丈夫なの?」
「あ、ああ。怪我をしている所をユーフォニアが見つけ、彼女の聖女の力で癒したとの話だ。だが、彼女が介抱していた時、そこには彼女だけでは無かった。メイドの訴えはそこに立ち会った者達全てが聞いている」
私はユーフォニアへと振り返った。
最初に私を責めてきた三人は、私からユーフォニアを守るように動いた。
黄色の髪の少女は私への嫌悪感をまる出しで鼻を鳴らし、アッシュブラウンの髪色の少女も腕を組んで私を睨みつける。
ユーフォニアを抱き締めていた男子は、私を殺してやりたいと表情をさらに歪めてぎらついた目で私を睨む。
ただし、ユーフォニアだけは違った。
彼女一人、誰も責めない、という聖女の顔付で私を見返すのである。
ユーフォニアは生贄の処女みたいに胸の前で両手を組むと、修道女が無学な人間に神の教えを教えるようにして私に訴えてきた。
「誰にでも間違いはあります。息も絶え絶えだった人は見てもいない幻を見ている時だってあります。私はただ、お怪我している人がいるから癒して差し上げただけですわ。そして信じています。人を平気で傷つけられる人などいないと」
彼女はそこで言葉を切り、私に微笑んだ。
人には聖女の微笑みに見えるかもしれないけれど、私には女が女をマウントした時の悪意ばかりの笑みに見えた。
「私は男性との未来を望めない身の上ですから、恋の成就など最初から諦めております。だから、恋した方の婚約は辛くとも喜ばしいと受け入れます。ですが、ああ、それが!!他者を守るために責任感ばかりで意に添わぬものだとしたら、私は辛くて悲しくて仕方がありません」
私は息を飲んだ。
そうきたか、と。
彼女とヴェルナーこそが相思相愛で、私とヴェルナーの婚約は、私がヴェルナーを脅迫して手にしたものだと周りに信じさせたのだ。
ほら私を愛さないと、罪もない人を傷つけてしまうよ?
そんな脅しを私がヴェルナーにかけた、と?
私は周囲を見回した。
学食に集まっている生徒達の目つきは、生クリーム事件前の目つきよりも、今日私に向けられている方がさらに悪いものとなっていた。
ヴェルナーはまだ来ていない。
いたらきっと助けてくれるはずのべルティーナも、彼女の取り巻きは学食の奥で固まってこちらを伺っているのに、いない。
アロイスも、イエルクも、ユリウス・シュバイツァーも。
生徒会のメンバーでここにいるのは、マルク・ベルンハルトだけ。
彼は中立者でいようとしているけれど、今は完全にユーフォニア側だし、学食にいる生徒達はみんながみんな、私が責められるのを望んでいるって顔だ。
完全なる孤立無援。
でも、私はくじけるものかという気持ちが沸いていた。
これは前世の私が不倫で弾劾された時にも似ているけれど、今回の私は何にも悪い事などしてはいない。
いいえ、前世だって悪い事はしていない。
独身だって偽った男に恋しちゃっただけなのよ。
私こそ、結婚詐欺で彼を訴えれば良かったのよ。
そして、今、私が全くの潔白であるならば、ちゃんとユーフォニアの言葉を否定しなければ、私とヴェルナーの愛こそ安っぽい嘘の物にしてしまう。
ヴェルナーは私を信じて愛してくれているのだ。
負けるものか。
この場の裁判長のような役割になっている男に、私は顔を向け直した。
「それで、その不幸なメイドはどなたなの?」
「メイドの名前も覚えていないとは。最初から人間として見ていないのか?」
「してもいないことをしたと証言されたのよ?私にはそんな証言をしたメイドが誰かわからないから聞くしか無いでしょう?」
「それは言えない」
ベルンハルトは偉そうに言い切った。
だがすぐに、その理由を私に教えた。
「君の兄はアンドレアス・ミンツ、司法省の役人だ。無力で不幸な彼女を偽証の罪で牢獄に入れたくはない」
2023/10/3 誰アントン?→アロイスに修正しました。