十五、前途は多難かもしれないけれど
図書館事件は秘密裏に処理されるそうだ。
この学園に王子様や上級貴族の子弟が通っているならば、その学校に反政府テロリストの指名手配犯が潜伏していたというスキャンダルなど公表できはしない。
そして、ヴェルナーがエルバインスト会に潜伏していたのは、オットー・アエミリアの逮捕の為ではなく、単なる家庭の事情だったそうだ。
「親父の頃のエルバインスト会は単なる学生のお遊びの会だったんだ。ふざけ過ぎた彼らは血判状なんか作ったり、女生徒の少しきわどい写し絵なんかも収集していたんだな。それで、息子の俺が学園に滞在中にそんな黒歴史を処分して欲しいと、親父がくだらない頼みをしてきたんだよ」
「それで素直だった君がグレたのか」
「黙れよ、イエルク」
生徒会室の部屋を借りて私達は話し合っている。
参加者は生徒には絶対に知らせられない内緒話でもあるので、部屋を提供してくれている生徒会長のイエルクと私とヴェルナー、そして、アエミリアを追っていた陸軍省の偉い人という四人だけだ。
その陸軍省の偉い人は、ヴェルナーが私に語った説明を聞くや、口元に拳を当てて咽たふりして笑いを隠した。
ブルーブラックの髪のこの方は、エリアス・シーザ少佐様である。
彼は国内外のテロリストを捕縛制圧する、特殊部隊の隊長をなさっている。
「俺は、この憐れな公爵家嫡男様に同情しきりですよ。こんな悪そうでひねくれている風なのに、貧乏くじの苦労人ときた」
ヴェルナーはシーザ少佐と共闘していただけあり打ち解けているのか、手近にあったメモ紙を丸めてシーザに投げ付けた。
シーザはそれを簡単にキャッチし、どうぞ、という風にヴェルナーに返す。
完全に子ども扱いだわ。
可哀想に。
私は隣に座るヴェルナーの左肩に手を当てた。
すると、ヴェルナーは私の手に自分の右手を重ねる。
で、ええと、私の手を掴んで肩から剥がし、そして自分の口元に私の手を持っていく、とは!!
私を見つめる視線とか、仕草が、もう完全にモテキャラの動きだ。
「あにゃ、ああ」
「いいだろ?俺達は婚約者だ」
「はふう!」
いやだ、フワフワしすぎてまともな言葉が出てこない。
恋が叶うってこんなに幸せで雲の上を歩くような感じになるのね。
「そうか。おめでとうと言おう!!べルティーナがとってもやきもきしていたからね。君達がまとまって良かったよ」
生徒会室の主でありながら、お客様状態でテーブルについていた生徒会長は、やはり人が良い性質のまま私達を祝ってくれた。
私はイエルク様にありがとうと返そうとしたが、性悪な陸軍少尉はやはり嫌がらせとなる言葉を挟んだ。
「殿下。まとまらない方が良かったと、近いうちに思い知りますよ。この可愛いお姫様とヴェルナー様の障壁が大きすぎる」
「障壁など!!俺は何が何でもアディと結婚するぞ」
「そうだ。私もこの二人の恋路については後押しも応援もするつもりだ」
「殿下。それから、ヴェルナー様。こちらの可愛い伯爵令嬢にお兄様がいることを忘れていらっしゃるのですか?ハハハハ。思い出してくださいよ。アエミリアこそ嫌がって、あんなにも必死にアダリーシア様を人質にしようとしていたじゃないですか。無理ですって、無理」
笑いながら無理を連発するとは、なんて酷い男だ。
兄は確かにシスコンの気があるが、それは男子しか生まれない我が一族において、私という女の子が生まれたからでは無いだろうか。
それに、私を大事にしてくれる兄だからこそ、私の幸せを考えてヴェルナーとの恋路を応援してくれるのでは無いの?
「ねえ、ヴェルナー。……え?」
ヴェルナーは頭を抱えていた。
王子イエルクもテーブルに肘をついて、組んだ手に頭を乗せて落ち込んでいる。
あなたこそ何でも解決してきたお方でしょ?
「あの」
「お嬢ちゃん。軍を掌握しているヒルトブルクハウゼン公爵一派と、国内の警察組織を掌握しているノイエンドルフ公爵一派は、油と水、なんだよ。それで、君のお兄さんはノイエンドルフ公爵方」
「でもそんなのは」
「ただの管理方ならね。知と武を兼ね備えた君のお兄さんは銀狐という仇名でね、裏社会の奴らの畏怖対象だ。そしてそんな彼にはもう一つ仇名がある。ノイエンドルフ公爵の飛び出しナイフだ。懐刀ならばまだ話し合いができるけど、飛び道具は避けるだけで精いっぱい。触るな危険の御方なんだよ」
「そんな。お兄様は私が嫌がることなんかしないはずだし……」
テーブルに置いた私の手の上に大きな手が慰めるように乗った。
それはヴェルナーではなく、私を落ち込ませた人である。
彼はそれはもう良い笑顔を私に見せつけた。
「俺は今安売り中だよ。恋人になろうとも結婚しようとも考えていない。慰めが欲しい時はいつでも呼んでくれ。慰めるのは得意中の得意だ」
「あなたは本気でろくでなしですね」
「なかなか恋愛が成就しない人生だと、こんな風にやさぐれてしまうのさ。お兄さんが君達の邪魔をするならば、俺と付き合っていると言いなさい。きっと君達の結婚を許してくれることでしょう」
私は打開策?を授けてくれたシーザに感謝の目線を送るどころか、彼の手の下になっている自分の手を引っ込めた。
怖い、この人。
「いい加減にしてくれ。俺はアダリーシアしか欲しくはない。俺の子供が欲しいなら、俺とアダリーシアを認めるしかない。そして、娘の幸せを考えるミンツ家もそうだろ。そして君こそ、考えが変わっただろ?まだ見合い婚の方がいいか?」
私は大きく首を横に振る。
私はもうヴェルナー以外の相手ならば一生独身でいいとしか思えないから。
ヴェルナーは花が咲いたような笑顔になると、私を引き寄せ、私の顔を彼の胸に押し付けてた。
「それなら、俺と結婚できるまで俺を待ってくれるだろ?」
私はヴェルナーの胸の中で、もちろんだわ、と答えていた。
くぐもった声で言葉にもなって無かったけれど、涙が溢れて止まらないの。
私はヴェルナーに抱きしめられて慰められたそこで、あのケーキの日から、私はとっても傷ついていて、こうして慰められたかったのだと気が付いた。
だから私はようやく心が癒されたのだ。
きっと傷ついてた前世の私の分まで。
この愛する人の真心を得られたお陰で。
お読みいただきありがとうございます。
アディがヴェルナーと幸せになったら困る人がいるわけで。
誰がヴェルナーの手紙を盗んでいたのか、次話から追及が始まります。