十四、天使が見える
学園の図書館に指名手配犯のオットー・アエミリアがいて、学園の生徒の秘密会だと思っていたエルバインスト会がアエミリアを庇ってアエミリアの唱える教義を信奉する本物の悪魔信仰の会だった?
そして私とヴェルナーは秘密を知ったがために、現在絶体絶命という状況だ。
アエミリアはヴェルナーについては絶対に殺すつもりらしいが、私は殺さないらしい。
けれど人質にしてしまうみたいなことを言っている。
単なる助べえ爺なの?気持悪い。
「生徒が消えたら学園が騒ぐわ。私の父も。ヴェルナーのお父様こそ大騒ぎよ」
アエミリアは鼻で笑った。
「ヒルトブルクハウゼンは騒がんよ。その理由は君の騎士こそ知っている。可哀想なお嬢さん。私が君を人質に望むのは、君の家族を抑える為だけだな」
「父は騒ぎますよ。俺一人ならば黙るだろうが、美しき伯爵令嬢を巻き込んだとなれば、父は立ち上がります。そして、彼女は俺が頼むならば黙ります。見ないことだってしてくれるでしょう。アダリーシアの解放を」
「私は黙りませんよ。あなたが殺されるのを知っていて、一人で逃げることだってしません。人質は生かしてこそでしょう。あなたが死ぬ気ならば、私だって一緒に死ぬ覚悟があります」
一度本当に死を経験しているんだもの。
きっと、大丈夫。
多分、ヴェルナーを失った時に受ける絶望と比べたら、絶対に大丈夫。
「君は!!交渉の邪魔ばかりしやがって。いいか?俺は君とは死にたくない」
「わかってる!!私のあなたを好きな気持ちが重いってのは。あなたが他に好きな人がいるのもわかってる。一緒に死ぬのが私では嫌なのはわかるわ。でも、死んだらわかんないんだから、そこは見ない振りしてちょうだいよ」
「ば、バカ!!意味が違うって。ああ、もう!!俺が好きなのはお前だ!!」
私は突然の告白にヴェルナーに振り返っていた。
彼は頬骨の辺りを、いいえ、耳まで真っ赤に染めて、とてつもなく悔しそうに口を歪めて私を睨んでいる。
けれど、彼の翡翠色という瞳は、私の視線を受けるとふわっと綻んで、温かみを増した緑色に変わった気がする。
私に捧げられた彼の瞳は、インペリアルジェイドの輝きそのもの。
「ヴェルナー」
「俺が好きなのはお前だ。そこだけは間違えるな」
「……は……い」
「よし。では前を向け。敵から目を逸らすな。逃げられる時に逃げるために」
「でも!!」
ヴェルナーは私の頭を右手で押さえると、私の顔をアエミリアへと向けた。
それから、彼は私の体を再び強く抱きしめて、私の右肩に顔を埋めたのだ。
「敵から目を逸らすな?」
「君の目は俺の目だ。俺は一分一秒、少しでも長く君を堪能したい。あのケーキ事件から毎日君に待ちぼうけを喰らわせられたんだ」
「毎日?どこであなたは私を待っていたというの?」
「ああ、そこからか。俺はしっかり書くべきだった。出会った場所とではなく、図書館に向かう渡り廊下にてってね。今日に限って正解してくれて嬉しいよ」
「だから、あなたの手紙には、私がウザイしか書いてありませんでしたって」
「……そう。それは後で話し合おう」
「後などないぞ。君達に甘いひと時を与えてやったのは私の単なる恩情だ。ヴェルナーよ、私を裏切り小馬鹿にした報いと、知らないまま死なせたくはない私の優しさを教えてやろう。お前の恋人が嬲られるところを、お前に見せつけながら殺してやる」
アエミリアが右手を上げ、指をぱちんと鳴らした。
図書館に消えていた明かりが灯る。
間接照明でしかない薄暗さでしかないが、二階の回廊に学校には似つかわしくない年齢と外見と服装の男達がずらっと並んでいる、という状況は良く見えた。
彼らの共通項は、金色のバッジが襟元で光る、それである。
そして数人に一人は、魔法を持たない者が所持する武器、前世では銃と呼ばれるものの引き金に指を置いて、銃口を私達に向けていた。
「動くな。いや、撃ち殺されたくなければまずは離れろ。乙女よ。お前がブルーノを脅した台詞、その本当の意味をお前の恋人に実践されたくなければ、来い」
全ての銃口は私達を狙っている。
私達はこのままでは蜂の巣にされてしまう?
私はなにか逃亡手段になるものは無いかと、周囲に目を凝らした。
そして見つけた、これならば、と。
「私は天使を見つけたわ。悪魔に魂を捧げた小者が神に敵うはず無いのよ」
「その神がまやかしでもか?」
「魔法こそがまやかしよ。魔法が無くたって人は大爆発を起こせるのよ」
「ああ、爆弾、か。そんなものは仕掛けられて無いな」
「粉塵爆発よ。あなた方が走り回り、大騒ぎしたことで、図書館は埃が舞っている。まるで告死天使のようにキラキラ輝いているわ。誰かが引き金を引けば、それが爆発の着火点となります。よろしくて?」
これで、銃火器の使用は避けられた?
しかし、周囲で大爆発のような笑いと、拍手まで起きたとは!!
「ああ、どうして君は、自分の生存率を下げる発言しかしないんだろう。でも、可愛らしすぎて俺は今すぐ死にそうだ」
「もう!!あなたが猫みたいに私の肩でゴロゴロしてるだけだから頑張ったのに」
「いいだろ?今を堪能しちゃっても。君がこんなに可愛いんだ」
「え、ええと。いいわ」
「流されてどうする!!」
笑いを含んだヴェルナーの大声は図書館中に響き、それを合図にしたかのようにして図書館がパッと明るくなった。
ただの明るさじゃない。
目が痛くなるほどに魔法照明ランプは煌々と輝き、間接照明として配置されているはずなのに、隅々の影まで消えるほどの閃光が起きたのだ。
その次は暗転し、数秒の後、再び明るさが戻った。
今度の明るさは普通のものだが、私には良く見えない。
一瞬前の明るさのせいで、世界に変な緑色のベールが掛かっているのだ。
陰性残像。
強い光が瞼を通ったせいで血管の赤が目に映り、その補正色として緑を感じてしまうという現象だ。
その見えにくい視界の中でも、私はヴェルナーが為した事が見えた。
私を抱き締めていただけのはずの彼は、今やアエミリアを床に昏倒させて後ろ手に縛っている。
彼が私の肩に顔を埋めていたのは、計画的だった。
二階回廊では、私が出会ったチャコールグレーのあの男とその部下らしき人達によって、アエミリアの部下達は捕らえられ、床に沈められている。
光が行動の合図だったのね。
この茶番は全てヴェルナーの手の平にあったという事か。