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十二、図書館に所蔵中の秘密

 学園には存在しなかった男性に出会い、その人にここは危険だと言われた。

 そしてその人に出会ったこと自体が夢に思えるぐらいに、彼がここにいた痕跡など一つも残さずに、彼は掻き消すようにして姿を消してしまったのである。


 漫画だったら、ヒュオウと、擬音と木枯らし描写があるぐらいに、私だけが一人寂しく取り残されているのだ。


「これがイベントフラグによって起きるイベントムービーってやつ?」


 私はぞっとした気持ちのまま周囲を見回す。


 がやがやがや。


「え?いかにもな効果音的なガヤガヤ?帰れと言われたけれど」


 私はそのまま渡り廊下から庭に出ると、適当な植え込みの中に身を隠す。

 するとそれを合図にしたようにして、ガヤガヤを発生させたらしき一団が校舎の方から渡り廊下に歩いてやって来たのである。


 人数は六人ほど。

 男達の内訳は、四人が絶対に十代に見えない痩せぎすの中年男性達で、残り二人は派手なスーツ姿からここの学生だろう。


 そして、ほど、と私が考えたのは、移動する彼らは単に集団で固まっているのではなく、誰かの壁になっているようなのである。

 囲まれている中の人は一人だと思うけど、全く姿が見えないから二人かもしれないので、七人ないし八人かも、なのよ。


「僕はあいつの入会は最初から反対だったんですよ」


 先頭の学生、金髪に碧眼でも小太りで台無し君が急に声を上げた。

 私がしっかり聞ける位置でのセリフなので、彼はもしかして私がここにいるのに気づいたのかしらと私はびくっと震えた。


「僕もそうです。あいつは浮つき過ぎている」


 もう一人の学生も追従する。

 彼は痩せているが、痩せているだけの茶髪ちゃぱつで地味な人だ。

 同じ茶髪でも生徒会のマルク・ベルンハルトは存在感が凄いよな、と思い出していると、彼らが話しかけていた相手からの返答が聞こえた。


「そのことも踏まえての今日の会合だ」


 何の事は無い台詞で普通の声なのに、私の背筋には冷たい何かが走る。

 縮こまった私に気が付かないまま、彼らは渡り廊下を渡り切ると、当り前のように図書館へと消えた。


 私は植え込みから立ち上がると、彼らが来た方角ではなく彼らが向かった先へと歩き出していた。

 彼らが話題にしていた、あいつ、が、ヴェルナーの気がしたからだ。

 気がするどころじゃない、絶対にヴェルナーだわ。


 そして私をさらに煽りたてるかのようにして、図書館の扉には、立ち入り禁止、の札が下がっているではないか。

 入っちゃ駄目だよ、絶対にダメだよ?


「蔵書点検中?そういえば、いつも木曜日は使用禁止だったわね」


 木曜日に彼らが会合するからお休みだったの?

 私は図書館の扉に手を掛ける。


「きっと鍵がかかっているでしょうけれどって、へ?」


 拍子抜けするぐらいに扉は簡単に開き、私の目の前には見慣れた図書館の風景が広がっている。

 見慣れていると言っても、私がこの学園に入学してから何度もここを訪れていたからであり、前世で見慣れた図書館の風景ではない。


 木と石で造り上げられたこの三階建て建物は、一階の床は大理石、フレスコ画の天井まで吹き抜け場となっているという、聖堂のような大図書館なのである。


 二階三階は本棚を置くためのスペースがある幅の広い回廊となっているので、一階から見上げても、天井画は二階の床裏でドーナツ状に隠れている。

 全景を見たいのであれば三階まで上らねばならないが、その三階は閲覧禁止の希少本や発禁本が並べられている一般学生には立ち入り禁止区域だ。


 私は周囲を伺いながら図書館の奥へと歩き進む。

 図書館は薄暗いが、いつもより暗かった。

 大事な書籍を直射日光から守るためにか、一階と三階には窓は無く、二階の窓は殆ど暗幕なカーテンで覆われている。


 図書館の明りとなるものは、三階の壁の上部にフレスコ画を囲むようにして施されたステンドグラスと、要所要所で輝く魔法照明の明りであるが、その魔法照明が全て落とされていたのだ。


「どうしよう。暗すぎるわ」


 この世界にはもちろんランプや蝋燭だってあるが、大事な蔵書を守るために図書館ではそれらは使用不可となっているため、明かりは魔法照明一択なのだ。

 しかし私が魔法が使えないようにして、この世界は魔法が使えない人の方が大多数の世界である。


 よって、司書は魔法ランプを点灯できる魔法力が必須とされており、司書になればかなりの給与が約束されているので、下級貴族の遺産を継げない三男以下や庶民の子供には司書は目指したい職の上位となっている。


「魔法学って化学でもあるから、そのうちに電気も出来て電気ありきが当たり前の世界になるのかしら。そうしたら、魔法こそいらない世界になるわね」


 私は天井を見上げながら、虚しくなりながら呟いた。

 天井画はこの国の聖女信仰を描いており、白いユリに囲まれた美しき女性が赤ん坊を抱いている図を中心にして、この国の神々が彼女を支えるように周囲に配置されているという構図だ。

 聖女の姿は前世の世界のマリアの姿にも似て、私が望む赤ん坊を抱く未来をも体現しているようである。


 ヴェルナーを愛し続けると、私にはこんな未来を選択できないかもよ?


「ふふ」


 勝手に笑いが零れていた。

 自嘲という笑いだ。


「君は意外にも先見の明があるな。そうだ。魔法学を下々にまで教えるのは危険だ。信仰心が無い奴らは魔法学を悪用しかしない。魔法力が無いのにあると見せかける不心得者が無邪気なものを食いものにしてしまう」


 私は突然の声に振り返った。

 そこには杖を突いた老年に差し掛かった痩せぎすの男が立っている。

 渡り廊下で隠されていた人だと私は直感し、そのまま息を飲み脅えた。


 だって彼は、国外逃亡していた指名手配中の政治犯だわ。

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