prologue
「ターゲット捕捉中。及び脳波干渉継続中」
どこか機械的な、それでいて温かみのある声が響く。
「夢干渉者(Dream Interferer)、ターゲットにアクセス継続を。」
続けるようにして指示が飛ぶ。
「ターゲットとのシンクロ率正常値内…」
声にやや幼さが残るが、冷静な声が返答する。
「ターゲットの状態を報告してちょうだい。」
「ターゲットは睡眠深度レベル2。夢干渉者との相異プラス・マイナス5。シンクロ率95%。
独自世界(The dream world)展開中」
「…お待ちください…
ターゲットに覚醒反応(Awakening reaction)検知…」
「夢干渉者とのシンクロ率95%維持。睡眠深度レベル1。もうすぐ覚醒します。
ターゲットへの干渉を続けますか。」
矢継ぎ早に報告される内容に、
「夢干渉者に帰還を伝えて。ターゲットに影響を与えないよう十分注意するように。」
「了解(Consent)」
「夢干渉者の通常退避確認しました…ターゲットは現実世界へ帰還…」
緊張から開放され、笑みを浮かべながら指示を続ける。
「ミッションコンプリート。お疲れ様…
夢干渉者には十分な休養と報酬を。またすぐに協力をしてもらう可能性もあるから。」
「了解(Consent)。マスター…後の処理は私に。…技術者(Dream Observer)モードより通常モードに変更します…」
「お疲れ様でしたぁ~。」急に声が変化した。どこか機械的な感じのする声が、どこにでもいる女の子の声に…
「さぁってと、霧ちゃんに声かけるのが先か、ここを片付けるのが先かぁ…」
その様を見て、笑みを浮かべながら、
「じゃあ後はお願いね。私は状況を確認してくるわ。」
「わっかりました~」
元気な声が反応する。
仮想現実(Virtual reality)という言葉がうまれ、CPUの高演算が可能となり、グラフィック能力の向上により、ディスプレーの中には現実より現実らしい光景を見られるようになった。
その進化のなかでヘッドマウントディスプレイがうまれ、小型化され、眼鏡型となったときそれまでの仮想現実の世界が一歩現実に近づいた。同様に、骨伝導を利用することにより、音場は自在に作ることができるようになり以前のようにヘッドフォンと呼ばれる両耳を覆う形やインナー型は徐々に姿を消していった。
そして一大転機が訪れる。視神経に微弱電流を伝えることにより映像を直接観せる技術が発見された。もともとはどちらも医療用に開発されたものであったが、転用され一般のユーザーにカスタマイズされたのだった。
そしてその技術の結晶が先ごろ開発された。左右の裏側セットされる装置。と言っても全体の重さはさほどではなく、身につけていても違和感は無い。厚みも5㎜程。表面は吸着形のゴムを使用しているため圧迫感も無い。装置は無線LANを利用したPCによって制御でき、映像配信やコンサートなど現実以上に現実的な感覚で体験できる。もちろんゲーム業界が放っておくはずもなく、莫大な資金提供がなされ、MMORPGやFPSをはじめとしたゲームが発売の予定になっている。噂では最新機種はさらに小型化、ピアス型などウェアブルな形になっていく模様である。
もちろんこの装置にも欠点はある。
映像を見せることができても体験者が目を開けていれば、現実に見ているものに重なる形で認識される。骨伝導を使っていても、実際の耳から入ってくる音は耳栓でもしない限り聞こえてくる。映し出される映像や聞こえてくる音楽に没頭したい人は現実からの遮断が必要となる。技術者はここで簡単な解決法を考え出した。昔見たSFに出てくる冷凍保存用カプセルのようにカプセルタイプの外界遮断装置を作り上げたのだ。セット価格はサラリーマンの1ヶ月分ほどであったが、最新式の多機能ベッドより安価で、ものめずらしさもあって飛ぶように売れた。売れたのだが…
「霧ちゃん。ご苦労様~帰りに何か甘いものでも食べて帰ろ!」
「う…うん…。でも…ちょっと寄り道してもいいかな…」
霧とよばれた女の子が振り返っておどおどと答える。
「いいよ~ってもしかして…また本屋さんだったりする…?」
「う…うん…ダメ…かな?愛ちゃん」恥ずかしそうに顔を赤らめながら上目遣いに見上げる。
二マっと笑った愛と呼ばれた女の子は意地悪く続ける。
「今日はがんばったから、愛ちゃんが特別におごってやろうと思っていたけど…これは6:4で霧ちゃん持ちかな…」
「えぇ~…そんな…だって…私…」
反論できずにおろおろとしているのを面白そうに見ながら
「嘘だよ。ミッションコンプのお祝いに今日は愛ちゃんがおごったげる。さっ帰ろっ」
そう言い放つとすたすたと廊下を出口に向かって歩いていく。あわてて追いかけるようにもう一人の女の子が駆けていく。どこにでもいそうな彼女達こそ夢干渉者(Dream Interferer)そして夢観測者(Dream Observer)だとは、ごく一部の人しか知らないことである・・・
夢の中で夢を見たことがあります。
目覚めたと思ったのにそれが夢であった時の感覚
それを思い出しながらお話を進めていこうかなと思っています。