急展開 〜結奈視点
お兄ちゃんが家を出ていってしまった。
あの時こうしていたらとか、もっとこうできたのではないかとか様々なことが思い返されるが全ては後の祭りだった。
「えっ…」
最初お兄ちゃんが住み込みでアルバイトをすると聞いた時は耳を疑った。
「お兄ちゃんが住み込みで?」
「そうよ。侑士君は住み込みで働くから土日しか帰ってこないって。」
理解するのに時間がかかった。そして事態を理解すると、
「……なんで!なんでとめなかったのよ!」
私は大声でお母さんに詰め寄った。
「…それが侑士君が望んだことだからよ。何もお願いなんて言ってくれなかった侑士君の希望だもの。例えどんな願いでも叶えてあげたかったの。」
その表情は深い悲しみと罪悪感に満ちていた。
そっか、お母さんも悩んだんだね。
そしてそれは私にも言えることだ。
あの日、義父が帰らぬ人となった日。私達、家族の今の姿を形作った運命の日。
義父を失ったことを受け止めるには私はまだ幼過ぎた。
気が激しく動転してしまい、お兄ちゃんを責め立ててしまった私は、まだその重大さを知るには幼かった。
義父の死を受け止めるには長い時間がかかった。それまで、そのことにいっぱいいっぱいだった私は周りの変化に気づかなかった。
受け止めた私を待っていたのはいまやこの世界で1人きりの信じられる男性の豹変した姿だった。
再び私はパニックに陥った。家族なのにまるで赤の他人に対するような態度。距離と壁を感じさせる話し方。
お母さんから話を聞いて愕然とした。私はなんてことを言ってしまったのかと。
けれど絶賛思春期の真っ只中にあった私は素直に謝ることができなかった。
それに心の中で優しいお兄ちゃんなら許してくれるかもという醜い心もあった。
そして謝ることのできないままズルズルと時は過ぎて永遠にその機会を失ってしまった。
もう取り返しのつかないところにまできてしまっていた。
後悔してもしきれない。お兄ちゃんの優しさに甘えてしまった私はそれを失ってしまった。
心の距離は決定的になり、物理的にも離れてしまっていた。
そうして私は心が諦めてしまった。
お兄ちゃんが離れることを望むならその通りにしようと。
そんな中、薫さんが尋ねてきた。そうして喝を入れられた。確かにもう一度一緒に暮らしたい。
でも普通にしていただけでは一緒に暮らしたいと二度と言ってもらえないだろう。
ならばどうすればいいか必死に考える。
考えた結果思いついたのは愛情を感じてもらうことだった。
お兄ちゃんには愛情が足りなかったのだ。
私にはお兄ちゃんが必要だ。怖かった男の人のうち唯一心許せる人。
だから帰ってきてもらわなければならない。
だからこの家に繋ぎ止めるためになんでもする。
家族の愛も異性の愛も全てあげる。
だから帰ってきて、お兄ちゃん…
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