宗教勧誘1
「あのですね」
僕は立ち上がって女をにらみつけた。女もじっとこちらをみて聞こうとしている。
「仮に神様がいて、そいつがすべてを創造できる全知全能だとしましょうか。ではどうして彼は、人間を平等にはつくらなかったのでしょう。平等につくる能力だってそなえているはずです。なのにそれをしなかった。どうしてでしょう」
女はだまって聞いている。
「人間が、自分より優れた人間をねたんだり、あるいは劣った人間をさげすんだりするのをみて、楽しむためだったのではないですか。いえ、そうに違いない。それ以外に不平等にする理由が考えられますか」
僕は詰問を続ける。
「それなら、どうして人間の側から、そんなやつに感謝したり、畏敬の念を抱いたりせねばならないのですか。人間のいがみ合いのもとを作った存在をたたえる必要なんか、どこにもない!」
言い終えて僕はもう一度女をにらみつけた。どう返してくるのだろうか。
「合格よ」
予想もしなかった女の返答に、脳がしばらく停止していた。呆然とする僕に女の言葉が降ってくる。
「神とかそういうモノとは、私の思想は相いれないの。そういうモノにすがっているような人間は私の思想に値しないわ。でもあなたは」
女は一度目線をそらし、もういちどしっとみつめてきた。
「あなたにはぜひ、私の考えを聞いてもらいたいの」
もうなんだかよくわからない。あからさまな宗教勧誘を拒絶したらなぜか合格判定をだされ、さらに勧誘をうけようとしている。立ち上がったときの勇ましさはどこへやら、僕は混乱したままゆっくりとベンチに戻りお茶を口にした。
「ちょっとおちつきましょうか。あなた、名前はなんていうの」
女は僕の混乱を察してか、思想云々の話をやめて、そう聞いてきた。
「瀬川といいます」
「瀬川くんね。あなた、ここに死ににきたのよね」
「そうですが」
「ここに来るまで、怖くなかったかしら」
「怖かったですよ。でも、決めたことですから」
「どうして怖かったのか、説明できる?」
「そりゃあ、どれだけ苦しいのかなとか、あとはその、」
言葉につまった。死ぬときの苦痛がどんなものかわからなくて怖かったというのは確かにある。でもそれだけじゃなく、何か取り返しのつかないことになるんじゃないかという、言葉にできない漠然とした不安が、怖さを助長していた気もするのだ。
「いいわ。ところで瀬川くん、腕時計をしているわね」
「はあ。突然ですね」
「それはあなたが買ったもの?」
「そうですよ」
「その時計の所有権はあなたにあるわけね」
「そうなりますね」
「それを今ここで壊せと言われたら、怖いかしら。痛いかしら」
「いえ別に。安物ですし」
「私にくれと言われたら?」
「欲しいならあげますよ。ていうかなんの話ですか」
どうもこの年ごろの女の人というのは、話があちらに行ったりこちらに行ったりする印象がある。
「私はね、人生って所有権みたなものだと考えているの」
今夜は混乱してばっかりだ。