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心霊刑事楓 ー最低賃金バイト編ー 1-9巻発売中!  作者: 亜空間ファンタジー&弥剣龍
暗黒界編 序章
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宿鼠4

 アールヌーヴォーのシックな店内、円窓からは煌びやかなブティックのショーウインドウと道行く人々の姿が見える。客層も洗練されていて、安月給の高見澤と最低賃金バイトの楓には似つかわしくなかった。


 普通なら気後れしそうなハイソなカフェ。


 しかし、背が高くて俳優のような顔立ちの高見澤は、周囲の(めか)し込んだ女性客の視線を集めていた。お忍びで女性とデートしている芸能人か何かに見えるらしい。


 楓は窓際に座りたかったが、空いていなかったので少し奥まった席になった。楓はフォークを手にもぐもぐ口を動かしていた。 


「それ何個目だ?」


「四個目です。一つって言いませんでしたよね」


 楓は肉類は苦手で一切口にしないが、ケーキは無限に食べ続けられる。


 高見澤は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 一個いくらのケーキだと思ってやがるんだ––––––


 折角もらった高見澤の表彰金はあっという間に消えていきそうだった。


「それで不知光(しらぬい)の巫女を味方にするアイデアは何か浮かんだか?」


 高見澤は空になったコーヒーカップを手に持ったり置いたりしながら、食欲が止まらない楓を恨めしそうに眺めていた。


「浮かびました」


「早く聞きたい」


「もう一つケーキを食べてから」


「もう一つ食べてもいいから、先に聞かせて欲しい」


不知光(しらぬい)の巫女に恩を売ります」


「どうやって?」


「占い師と同じやり方で」


「どういう意味だ」


「私の眼を貸します」


「ふむ、それは喜ぶかも知れんな」


「眼を貸している間は協力することを約束させます」


「いい考えだけれど、その間楓はどうなるんだ?」


「眼を貸している間は霊感に頼ります。細かい仕事はお休みです」


「でももし眼無し巫女が眼を返してくれないと困ったことになるじゃないか」


「その時は眼のスイッチを切ります」


「あ、なるほど」


「あとはどうやって不知光(しらぬい)の巫女に会うかです」


「占い師が面談をセットしてくれそうだったがな」


「それはいつになるのかわかりませんから、待っていないであのフードの男を探しましょう」


「妖気の宿主の?」


「そうです」


「あの宿(すく)()って言う妖怪は、妖気を宿らせて麻痺(まひ)させる力のある善妖らしい」


「妖気殺しの巫女と、妖気を麻痺させる善妖の組み合わせはいけるんじゃないでしょうか」


「妖怪の宿鼠なら、妖気の眼無し巫女にコネクトできるかもな」


「あれを」


 楓が目配せした。


 でき過ぎた偶然なのか、カフェの外に窓から覗き込んでいるフードの男が見えた。


「あっ、見つけた!」


「噂をすれば影––––––人じゃなくて妖怪ですけど」


 高見澤は急いで席を立とうとした。


「ちょっと待ってください」


 楓が高見澤を制止した。


 瞳に星屑のような光が渦巻いている。


「あの宿鼠は、誰かに追われているようです。三人––––––多分人獣です」


 ––––––楓の霊感が働いた。


「あそこに立って何をしているんだ」


「私達に助けを求めています。宿鼠は妖怪ですが、大人しくて気が弱く、中に入ってくる勇気がないようです」


「行こう」


「まだ五つ目のケーキが––––––」


 ケーキに未練のある楓を振り切って、高見澤は急いで支払いを済ませた。


 高見澤と楓が外へ出た時、フードの男は歩き去るところだった。


 二人は小走りに追いかけて、フードの男の両側に並んだ。


 フードの男は俯いたまま歩き続けた。


「安心してください。私達はあなたの助けになれます」


 楓が歩きながら話し掛けた。


「私の名前ははロルルルといいます。楓さんと高見澤さんのことは占い師の店でお会いしたので知っています。尾行されているので歩きながらお話します」


 宿鼠は俯いたままぼそぼそとしゃべった。


 高見澤はチラッと後ろを振り向いた。革ジャンパーの男達が三人––––––人獣の匂いがぷんぷんした。


「実は仲間のルルロロが捕えられていて、助けて欲しいのです」


「その話は占い師から聞きました。不知光の巫女に捜索を依頼したと言っていました。そのために自分の眼を貸したと」


「お陰で仲間が捕えられている場所はわかりました。人獣でも妖気でもなくて、人間の家でした。でも場所がわかっても私達には、ルルロロを助け出す力はありません。かえって捕まってしまうのが落ちです。不知光の巫女は人間には関心がないので、あなた方に救出していただきたいのです。私もこのままでは、それ以前に尾行している者達に捕えられてしまいます」


「私と高見澤刑事がついている限り、そんなことはさせません」


 尾行している三人は、宿鼠に高見澤と楓が寄り添っているので、距離を置いてついてきていた。


「マサさん、マサさんが遠慮なく殺せるよう、人獣が正体を顕わすように仕向けましょう」


 楓が言った。


「どうするつもりだ」


 楓は懐から不知光の巫女の武器、降魔の杭を取り出した。


「それどこで手に入れたんだ?」


「百均です」


「そんな安物で人獣に対抗するのか」


「最低賃金バイトですので。私がこれで人獣を挑発しますから、正体を顕わしたところで、マサさんが殺してください」


「こんなに人がたくさんいるところで発砲できないぞ」


「では仕方ないので、私が一人で戦います」


 楓はそう言うと、(きびす)を返して三人の尾行者に向かっていった。


「おいおい、無茶するなよ」


 高見澤は仕方なく、ホルスターから銃を抜いた。


 至近距離から撃つしかない––––––


 三人の人獣と相対した楓は、百均の降魔の杭を振りかざして啖呵(たんか)を切った。


「降魔バイト水神楓見参!この降魔の杭の餌食になりたくば掛かってこい」


 降魔の杭の先端が殺気を放ってキラリと光った。


 それを見た人獣は獣に変身し始めた。


「正体を顕わしたな!」


 そう言って楓は人獣にくるりと背を向けて、高見澤のところに逃げ帰った。


「マサさん、あとはよろしく」


「ええっ」


 (いのしし)のような牙がある三人の人獣は高見澤に向かってきた。


 危険だったが高見澤は人獣を外しようのない至近距離まで引き寄せた。人獣の手が届くほど間近に迫った瞬間、銃の引き金を立て続けに引いた––––––目にも止まらぬ早業で、それぞれの人獣に二、三発ずつ銃弾を撃ち込んだ。


 人獣は怯んで二、三歩引き下がったが、それくらいでは死なない。


 高見澤が空になった弾倉を引き抜いて取り換えるうちに、一匹の人獣が爪を立ててつかみかかってきた。


 高見澤は咄嗟に前蹴りで人獣をのけぞらせ、新しい弾倉で連射して倒した。


 もう二匹––––––


 その時、高見澤に向かってこようとしていた二匹の人獣が夜空を見上げた。


 グウォッ


 二匹の人獣は空に向かって咆えた。


 そこには青白い妖気が浮かんでいた。


 不知光(しらぬい)の巫女が鷹のように舞い降りて、人獣の一匹に降魔の杭を打ち込んだ––––––ただの一撃で人獣は倒れた。


 三匹目は四つ足になって高見澤に突進してきた。


 高見澤は、猪人獣の進路から身をかわしながら、しこたま銃弾を撃ち込んだ。人獣は勢い余って通り過ぎたが、倒れて動かなくなった。


 何とかなった––––––


 高見澤がほっと一息吐いた時、三匹の人獣の死骸から妖気が分離し、煙のように立ち昇った。


 不知光(しらぬい)の巫女はまるで強力な換気扇のように、一息で妖気を吸い込んだ。


 妖気を喰って満足した不知光(しらぬい)の巫女は、今度は高見澤に向かってきた。


 暗い奈落のような穴の開いた顔が高見澤の目の前にいた。


「うわっ」


 眼が無い不知光(しらぬい)の巫女は相変わらず(こわ)過ぎた。


 高見澤の頭上に浮遊したままで、不知光(しらぬい)の巫女は懐から眼を取り出して、自分の暗い眼窩に押し込んだ––––––占い師からの借り物の眼だ。


 不知光(しらぬい)の巫女は、美しく輝く青い眼で、初めて高見澤を見た。


「た、高見澤正雄。怪奇事件捜査の刑事で悪者ではありません。こちらは水神楓、私の助手です」


 占い師の眼を得た不知光(しらぬい)の巫女は清楚な感じの美人だった。


 不知光(しらぬい)の巫女は、高見澤の容姿を見て微笑んだ。


 高見澤も美しい妖気に微笑みを返した。


 なんか俺の好み––––––


 しかし。


「やはり、眼で見ると心が惑わされる」


 そう言うと不知光(しらぬい)の巫女は、また眼を外して懐にしまいこんだ。


 また底知れぬ暗い奈落の眼差しが高見澤に向けられた。


「お前達は私には眼が無いのでものが見えないと思っているのだろうが、それは大きな誤りだ。眼があるとうわべに惑わされ、真実を見失う。私は眼を失ったことで、ずっと多くのことが見えるようになったのだ。お前達には理解できないだろうが––––––」


 不知光(しらぬい)の巫女は諭すように言った。


「それはわかるような気がします。私は眼はありますが、金がないので、金持ちよりはいろいろなことがよく見えます。金がたくさんあって物事が見えなくなり、大切なことを見失っている人間がこの世の中にはたくさんいます––––––ちょっと(たと)えが違うかも知れませんが」


 高見澤が咄嗟の思い付きで言ったことに、不知光(しらぬい)の巫女は深くうなずいた。


「面白いことを言うではないか。見た目よりも中身が善いかも知れぬな」


 意外なことに、高見澤の言葉を不知光(しらぬい)の巫女は気に入ったようだった。


「宿鼠が囚われている居場所はわかった。山手の一番大きな邸宅を捜査するがいい。妖気をたくさん宿している宿鼠はどこにいても臭うからな」


 そう言うと不知光(しらぬい)の巫女は手にしていた降魔の杭を、楓に投げ渡した。


 楓は既に右手に百金の杭を握りしめていたので、左手で受け止めた。


 そのまま何も言わず、不知光(しらぬい)の巫女の姿は消え失せた。


「行っちゃった。もう少し話をしようと思ったのに」


「でも、ちゃんと眼をつけてマサさんを見て微笑みましたよ。喩え話も新鮮なものがあり、結構気に入られてしまったと思います」


「怪奇事件捜査に協力を要請しようと思っていたのに、そんな暇はなかった」


「でもこの降魔の杭をゲットしました。ともに魔と戦おうという印だと思います」


「なるほど、そう言う意味だったのか」


「ちゃんと霊感でマサさんの気持ちを()み取ったんですよ」


「心が通じたんだな」


不知光(しらぬい)の巫女が味方なら心強いです」


 不知光(しらぬい)の巫女公認の降魔バイト水神楓は降魔の杭を高々と掲げた。不知光(しらぬい)の巫女の霊力が宿った降魔の杭の先端がきらきらと煌めいた。

「心霊刑事 楓」をお読みいただきどうもありがとうございました!


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