五章 不可視の刃
「早くしないと、動けるようになっちゃうよ?」
シトリーは右手の指先を動かし始め、徐々に体を動かせるようにクリスの魔法の解読を進め始めていた。
「とは言ったものの、一か八かだな……」
「バルト、さっきから私を忘れてないかしら?少し寂しいわ」
リリィが後ろからいきなりバルトに抱きつく。
ハンナとクリスが色々騒いでいたが、リリィは気にせずさらにバルトにくっつく。
バルトは柔らかい感触を少しでも脳に焼き付けようとして、鬼の形相になった。
「き、君、なんかすごい顔してるけど大丈夫?」
シトリーが右手を回しながら、ドン引きしている。
「バルト、今から私は全ての魔力を使って攻撃強化魔法をかけるわ。ただ効果が高い分効果時間も5秒しか持たない。
ハンナの魔力も回復魔法を継続する以外は全て借りたわ」
リリィは小さな声でバルトに伝える。
バルトはハンナの方を見ると、ハンナはバルトを見つめ軽く頷いた。
「だから一撃勝負になるわ。それでいける?」
「最初から一撃の予定だ。問題ない」
バルトは静かに答える。
「ねぇ、そろそろ立てちゃうよ?イチャイチャしてていいの?」
シトリーが呆れながら、左手を回し右足を地面に着いた。
「私にもご褒美はあるの?ないなら辞めるけど」
「あるある、ちゃんとあるから!時間がないから話は後だ」
「約束は守ってもらうわよ。いってらっしゃい」
そう言ってリリィは、バルトから離れ静かに唱えた。
「鬼雨」
リリィが一言呟くと、大量の真っ赤な水がバルトがに降り注ぐ。
バルトは一気にシトリーとの距離を詰めシトリーの胸を目掛けて飛び込んだ。
「強化魔法?だから攻撃しても……」
シトリーが痛みを感じ体を見ると、バルトの剣が胸に刺さっていた。
バルトはシトリーから距離をとり、様子を見ている
「おかしいな……何で……」
シトリーは血を吐きながら、胸に刺さった剣を抜く。
剣を良く見ると握りの部分しかなく刃がなかった。
不思議に思い、あるはずの刃の部分に指先を近づけるとシトリーの指が軽く切れる。
「風魔法だよ。握りを土魔法で作り、風を刃の部分に高速回転させておく。かまいたちって聞いたことあるだろ?
風は物質じゃないからお前の魔法の影響を受けない」
バルトは余程疲れたのか、その場に座り込んだ。
「君は魔力がなかったはずじゃ……」
シトリーが胸を押さえながら倒れた。
「マンドラゴラだよ。って聞いてないか……キース、これ食って早く転移魔法使え。帰るぞ」
バルトは半分残したマンドラゴラをキースに投げる。
「や、やったぞぉ!!流石我が盟友!」
キースはマンドラゴラを受け取り、雄叫びを上げた。
「誰が盟友だ。リリィ、クリス、ずっと気絶してるバカ勇者引きずってきてくれ。ダフネ達も早くこっちにこい、帰るぞ」
バルトはダルそうに起き上がり、動けないカシウスの近くに集まる様に指示をした。
「バルトはん、あんた本当に何者です?まさかシトリーを本当に倒すなんて……わっちなんて見てることしか出来ませんでしたわ」
ダフネが驚きの表情でバルトに駆け寄ってくる。
「ただの冒険者だよ。あと、もうすぐ賞金首じゃなくなる予定だから狙うなよ?」
「勇者様の首を狙う程、わっちもバカじゃありまへん。右手の紋章がその証で……」
「紋章?何の事だ?」
バルトは右手をダフネに見せるが、何も書かれていなかった。
ダフネの顔から一気に血の気が引く。
「バルトはん!シトリーはまだ生きてます!」
「ちょっと油断しすぎたよ」
シトリーはすでに起き上がり、バルト達の方向に巨大な魔方陣を展開していた。
「はは……こんなとこまで異世界テンプレ通りかよ」
バルトはひきつりながら笑う。
「風の要塞!」
ハンナが防御魔法を展開すると同時に、無数の氷の矢が降り注ぐ。
紙一重で、ハンナの風の要塞が間に合ったが徐々に亀裂が入ってきていた。
「君たちの強さは本物だ。まさか無傷で僕をここまで追い詰める奴らがいると思わなかったよ。ここからは本気で殺しにいく」
シトリーの顔は先程までとは別人のように冷たく、凄まじいプレッシャーがバルト達を襲う。
「ハンナ、防御魔法はあとどれくらい持ちそうだ?」
「あと1分持てば良い方です。威力が上がれば、さらに短くなる可能性も」
「キース、もう全員転移出来るか?」
「さっきのマンドラゴラでだいぶ回復したが、まだだ。あと1人分足りない」
「逃げられないし、耐えられないか……なら……いや、なんでもない」
バルトは必死に何か絞り出そうとするが、思い付かず自分が残る提案をしようした。しかし、クリスに言われた事を思いだし、途中で言うのを辞めたのだ。
「バルトはん、わっちと契約して使い魔にしてください。わっちを魔界に戻せば、ぴったりの人数です」
「契約?俺使い魔なんて召喚できないし、やったことないぞ。それに、そんなに簡単に契約できるのか?」
「バルト君に適正があるのは間違いないはずだよ。全属性持ちなら経験上絶対に持ってる。召喚は中級魔法だからバルト君は出来なかっただけじゃないかな?
契約は使い魔さえ認めればできる初級魔法だから、バルト君も使えるはず」
「そう言うことか!それでどうすれば契約できるんだ?」
「バルトはんの血を少しだけ分けてもらって、わっちが体内に取り込めば契約成立です」
「よし!なら今すぐやるぞ!」
バルトは短剣で親指を軽く切って、血を出した。
「ほな、失礼し……」
「ダフネ、本当にいいの?」
ダフネがバルトから血を受け取ろうとすると、クリスがダフネに確認した。
「バルト君と契約するってことは、前の契約者との繋がりが完全に消えるって事だよ?事情は知らないけど、本当にそれでいいの?」
クリスはダフネを心配そうな顔で見つめる。
「死んだ人をいつまでも引きずっていても仕方ありません。今生きてる命を大切にせな……」
「ダフネ……」
ダフネはクリスに優しい笑顔で答えた。
「全知無能」
バルトはダフネとクリスのやり取りを聞いてバルトが使える最後の魔法を唱える。
「バルトはん!?一体何を考えてるんです!?」
「ダフネ、嘘をつくならもう少し上手くやれ。俺は誰も傷付けない方法しか選択しない。それは、体じゃなくて心もだ」
バルトは、ダフネの頭を軽く叩き笑いかける。
「キース、正しい判断を頼む」
「……分かった」
キースは軽く頷くと、転移魔法を展開する。
「ちょっと、バルトはん!1人でなんて無茶苦茶です!皆もバルトはんを止めたってください!」
ダフネが焦りながら、クリスの服を引っ張る。
しかしクリスは逆にダフネをしっかり捕まえ、バルトに笑顔で笑いかけた。
転移が始まり、地面が揺れだし魔法陣の光が強くなっていく。
その光で気絶していたネヴィルが目を覚ました。
「殺さないでくれ!ってあれ?ここはどこだ?」
辺りをキョロキョロと見渡し、バルトを見つけ大声で文句を言った。
「お前!何勝手なことしてんだよ!勇者は俺だ!余計なことするんじゃねぇ!」
ネヴィルは顔を真っ赤にして怒鳴り散らしているが、シトリーのプレッシャーに負け、足はガタガタと震えていた。
バルトはその様子を見て、心底呆れ一言笑顔で答える。
「使えない勇者はどいてください」
バルトのネヴィルへの嫌みを最後に、キースの転移が発動した。
「自己犠牲の英雄気取り……ってわけではなさそうだね」
シトリーがバルトに攻撃が当たらないことを確認し、手を止める。
「まぁな……時間はないがやれるだけやってみようかと思ってさ」
「別に君がすることに興味はないけど、僕はもう油断しないよ。全力で闘わせてもらう」
「まぁ、落ち着け。俺の魔法はあと3分しかもたない。だから2分50秒はシトリー、お前と話がしたい」
「話?別にいいけど、命乞いのお願いとかは聞けないよ」
「しないから安心しろ。んじゃ少しつきあってもらおうか」
バルトは剣をわざとらしく床に落とした。




